蹂躙という言葉の意味

 ほの暗いとある洞窟。迷宮と化しているその場所には、大量のモンスターがいた。モンスターはそれぞれふざけあい、時にはケンカし、楽しい時間を過ごしている。

 そんなモンスターの動きが一斉に止まった。全員がある方向へ視線を向け、心に呼びかけた存在を見つめる。注目を集めたそれは怪しく笑みを浮かべると、手下であるモンスター達にこう告げた。


『同胞達よ! ついに時は来た! 人間を、いや我が神に仇する者達を蹂躙する時間がな!』


 ゴブリンが、オークが、サイクロプスが、スライムが、その場にいる何もかもが大きな雄叫びを上げる。そう、彼らが待ちに待った進撃の時がついにやってきたのだ。

 これから始まる人間への蹂躙。どう八つ裂きにし、遊び、殺し、死体を転がすか。モンスター達はそんなことばかり考えていた。


 ボスであるオーガも似たことしか考えておらず、その邪悪に染まった目で興奮する手下達を見て悦に入る。

 満足げな笑顔を浮かべながらも、手下達を引き締めるためにボスはこう告げた。


『いいかお前ら。今この近くに祭りをやっている村がある。そこは憎き英雄が生まれた村だ! 手始めにそこを襲撃し、根絶やしにする! 住んでいる人間は殺そうが弄ぼうが勝手だ! 好きなようにやれ!』


 ボスの言葉を受け、手下達は大声を上げた。勝てば好き勝手にできる。それがさらに手下達の心に火をつける。

 やる気満々となった手下達を見て、ボスは高笑いをした。負けるはずがない、負ける訳がない、負けなんてない。絶対に勝利できる。この戦いを足がかりにし、人を支配するんだ。

 そんな野心を抱き、ボスは笑う。勝ち誇ったかのように、もう勝利をしたかのように。

 だが、そんな祝杯ムードの中で思いもしないことが起きた。


『なんだ?』


 大きな揺れが迷宮を襲った。

 地震か、と考えてみたがすぐにボスはそれを否定する。この地は地震が滅多に起きない場所であり、例え起きたとしても迷宮が揺れるほどの激しさはない。

 では何が考えられるか。

 まさか、ボスが事態に気づく。だが、気づいた時には遅かった。


『た、たいへんですボス! 迷宮が攻撃されてます!』

『なんだと!? 一体どこのどいつが――』

『人間です! しかも一人です!』


 人間、と聞きボスは慌てて迷宮の外へ向かった。すると入り口付近で何やら騒ぎが起きている。

 見てみるとそこには男がいた。


「ぼ、ぼ、僕は! 英雄アクセルが大好きだぁー!」


 男は何かを叫びながら暴れている。取り押さえにかかろうとする手下達だが、ひたすら殴り飛ばされていた。

 タフなオークですら力押しに負けている状態だ。何が起きているのかわからず、ボスは呆然とする。


『ボ、ボス! 指示を!』


 手下であるスライムが呼びかける。おかけで正気を取り戻し、ボスは頭をフル回転させ始めた。

 ひとまず暴れている男どもを取り押さえなければ。だが、オークですら手に余るのだ。

 しかし、よく見ると男はたいした体つきではない。さらによく見てみるとパンチがへなちょこだ。

 にもかかわらず手下達の手に負えない状態である。そこから考えられるかことを導き出すと、ボスはある結論に辿り着いた。


『魔術だ! どこかにそいつを強化している魔術師がいるぞ!』


 ボスがそう叫ぶと、手下達が目をギラつかせる。正体がわかれば怖くないというものだ。男をどうにか抑えつつ、強化している魔術師を探し始めた。

 しかし、どこかに隠れているはずの魔術師が見つからない。おかしい、と感じ始めた矢先に、一番の力自慢であるオークが殴り飛ばされた。


「わああぁぁぁぁぁ!!!」


 どんどんと手下達が倒れていく。

 飲んだくれとヒョロガキにやられていくその光景を見て、オーガが奥歯を噛んだ。 こんな奴らなんかに、と不甲斐ない手下達を見てその目は怒りに染まっていた。


『ええい、オレがやる! どけ!』


 ボスはついに堪えきれなくなり、前線へと出た。その瞬間、背中に悪寒が走る。

 思わず振り返ると一人の少女が駆け抜けてきていた。視界の端には倒れている手下の姿があり、それに気づいたボスは咄嗟にガードを固める。

 突撃してきた少女はお構いなしにナイフを突き立てると、その刃は深々と腕に刺さった。

 ボスは腕に力を入れ、ナイフを抜けないようにする。そして少女を捕まえようとした。だが少女はすぐに武器を放し、ボスの身体を蹴って離れる。

 そのまま体勢を立て直し、新たなナイフを出すと鋭い殺気を放ち始めた。


『てめぇ……!』


 ボスは怒りに染まっていた。

 この襲撃によってせっかくの機会が潰れてしまったからだ。手下の補填をするには時間がかかる。それをわかっててきたのだろうとボスは考えた。

 しかし、少女は不敵に笑う。


「思ったよりも弱いね」


 この一言が、この簡単な挑発が、ボスの心を燃え上がらせた。

 考えることはもういい。とにかく目の前にいるこのガキをわからせなければならない。

 もう考えることをせずに突撃する。奇声に似た怒号を放ちながらボスが迫っていった。

 だが、少女はそれを鮮やかに回避する。


「本当に弱い」


 少女が躱し際にそう評価すると、ボスは手足に痛みが走った。

 どうにか踏ん張り、振り返って攻撃しようとする。だが、なぜかそのまま転んでしまった。

 何が起きたかわからないまま足を見る。するとそこにあったはずの足首から下がなくなっていた。


『あぎゃあぁああぁぁぁぁぁッッッ』


 認識すると共に激痛が走り、ボスは悲鳴を上げた。何をされたのかわからないまま、這いつくばって逃げようとする。

 だが、それは許されない。


「ねぇ、こんな言葉を知ってる?」


 ヒヤリとした空気がうなじを撫でた。恐れながら振り返ると、そこには冷たい目をしている少女の姿がある。

 彼女はゆっくりとボスに近づき、微笑む。ただただ冷たい笑みを浮かべ、そして身体にナイフを突き立てた。


『ぎゃあぁぁぁぁぁ!』

「あなたがやろうとしてた蹂躙ってこういう意味だよ」

『や、やめっ……』

「やめると思う?」


 それはひどく冷たい目だった。

 その目を見て、ボスは震える。

 そう、これが人間。そしてその人間にやろうとしていたことをボスはやられていた。

 泣いても叫んでも、許しをこいても、振り下ろされるナイフは止まらない。


 いつしか腕に力が入らなくなり、意識も闇の中へ飲み込まれていった。

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