第33話 神の審判
旧人類の大陸の端、そんな村や町からその奇病は発生する。
手足が動かなくなる。開いた口が塞がらなくなる。そんな奇病であった。
突然発生したその奇病に人々は恐怖した。奇病に侵された者達は翌日には高熱にうなされ、数日後に死んでいく。
一度発病してしまえば治ることは無い。死後は何事も無かったように消えていく。
そう、跡形もなく消えてしまうのだ。
大人達を中心に流行り出した奇病。
では子供たちはどうなったかと言えば、眠ったまま死んでいくのだ。
前日まで元気に遊んでいた子供達は、翌日突然死んでいた。
苦しんだ様子も見当たらない。
朝起きてこない子供を不思議に思った両親が起こしに行けば、冷たくなっているという。
大騒ぎする大人達だが、昼を過ぎる頃には奇病に掛かった者達と同じように消えていた。
民達はこの奇病に恐怖する事となる。
だが、この症状を知った兵士達は恐れ慄いた。
理由は自分達が自国に逆らう者達にしてきた行為や、他国から攫った者達に実行してきた事に類似していたからだ。
大陸の端から始まった奇病は、次第に帝都へ向かい浸食していく。
そんな領内の状況が帝城に報告が入るまで、2週間ほど要する事となる。
「一体どうなっている!」
報告を受け怒鳴っているのは皇帝である。
軍団長は両手を失い今この場には居らず、副軍団長が代行している状態だか、報告を受けた彼もまた戸惑っていた。
「わかりません。この様な症状は見た事も聞いた事もございません、現在医師達に調べさせていますが、今のところ何も判明しておりません」
「役立たず共が!」
汗をかき、そう答える副軍団長。会議室には多くの官僚や軍師団長、高位貴族たちまで集まていたが、誰からもいい返事は無い。
皇帝の怒りは増すばかりである。
今までに無い出来事。
相手が国や人であれば武力で蹂躙し制圧してきた。しかし今回の相手は病気である。
医師でも手の施しようがないのだ、当然城の者達では対応出来ない。
「奴か!?奴が何かしているのか!?」
皇帝の頭に浮かぶのは、数日前城に現れた男。
不気味な男であった。
あの男は一体何者なのか。
あの日、召喚した者達は突如として消えた。
副軍団長が皇帝からの命令を実行する為、向かった監禁場所。足を踏み入れ辺りを見回した時には、確かに居たのだ。
だが、押さえつけるために伸ばした手は、身体すり抜けてしまう。
つかみ損ねた?そう感じ再び手を伸ばせば、今度は目の前から消えてしまった。
ならばと闘技場に向かうが、そこには誰も居なかった。
この時すでに全員が日本へ帰っていた。
兵の目を誤魔化す為、渉が用意した幻に過ぎないのだ。
だが人が揺らぎ消えていく様は兵士達に恐怖心を植え付けている。
見せしめを作るよう命じた兵達も未だ消息不明であった。
兵力は消え、奇病が蔓延する。どれだけ頭を悩ませても解決策は浮かばない。
時折怒鳴る皇帝の声が響くばかりで、ほとんどが沈黙している。
そんな会議室にさらなる報告がもたらされる。報告の内容を聞いた時、その場に居た者達はさらに言葉を失った。
町が消えた。
報告の内容は、奇病に掛かりすべての人が居なくなった町や村から、今度は建物が消えたという。それだけでは済まず、服や家具、食器等人が居た痕跡を抹消するように消えたという。
「奴は何と言っていた…抹消する、そんな事を言っていたはずだ。ではやはりすべて奴がやったのか?楽しみにしていろとはこの事なのか…」
報告を聞いた皇帝はブツブツと独り言の様につぶやき、膝から崩れ落ちていた。
〇●〇●〇●〇●〇
皇帝は城のテラスから自分ものだった街を見つめる。
僅か3ヶ月、皇帝が全てを失う迄の期間である。
すでに栄光は無く、帝都も城を残しすべて茶色な地面が広がっている。建物どころか石畳すら無くなっていた。
虚な視線の先、遠く離れた山々が青く見えるだけ。
皇帝はやつれ果てていた。
渉が初めて見た頃は40代に見えたその見た目。今は60過ぎと言われても疑われない、そんな見た目に変貌していた。
食事や水もすでに2か月以上口にしていない。
皇帝の妻や側室、世話をする者、兵士達もすべて死んだ。
骨と皮、皺だらけになった皇帝。次は自分であろう。そう思っていたが自身だけは死ぬ事が無かった。
死に逝く人々、滅びゆく町を今も尚生きて見つめている。
恐怖に駆られ自殺を図ったこともある。だがその刃は自身に刺さる事は無く傷一つ付けられなかった。
ならばと食事を断ってみたが空腹を感じる事もなくなった。
死に救済をもとめ毒も飲んだがやはり死ねなかった。
恐らくこの大陸で生き残っているのは自分だけであろう。そう考えながら帝都であった場所を見つめる。
「やっと終われるのかね」
「ああ、この報告を告げれば俺の依頼は終わりだよ」
ふと感じた気配にそう質問した皇帝。そのに居たのは渉であった。
「その報告とやらを聞く前に一つ問いたい、以前聞いた神という存在とは、一体何なのだ」
「言っただろ、この世界を創った存在。人だけでなく、草木や動物といった全ての命を創り、水や石、大地に海、すべてを生み出した存在だよ」
「そうか…、その様な存在が居るのか」
テラスから元帝都を見つめたまま、淡々とそう語る皇帝。
「なぜこうなった」
「自分達がした事、それがそのまま自身に還って来ただけの事。ただそれだけだよ、身に覚えがあるだろう?」
「そうだな、逆賊の手足を切り落とし拷問し情報を聞き出す。用が無くなれば顎を砕き鉄板に縛り付け日の元に晒す。焼けた鉄は其奴らを焼き殺す。飲まず食わずで放置すれば、出血や飢えでまその内死ぬ。逆らう者すべてそうしてきた。見せしめのため、それこそ女子供ですら殺してた」
「その状況をこの国どころか、この大陸の民全てが娯楽として考えている。本当に救えないな」
「そうかね?当然の事ではないか。我に逆らうとはそういう事だと今でも考えておるし、皆それを楽しい事だと思っておる」
「その考えには全く共感出来ないな、力で支配する人物の話も聞いた事はあるけど結末は皆一緒だよ」
「滅んだか」
「滅んだ」
変わらぬ姿勢で言葉を告げる皇帝、渉もまた立ったまま腕を組みそう答える。
「だが、ここ迄する必要があったのか?」
すべてを失った皇帝は渉に問うてくる。
皇帝自身も数えきれないほど殺してきた。町や村を燃やしてきた。
だがここまではしていない、使える者は使っていたし残していた。
故に聞いたのだ、人がいた形跡すら残さず消す必要があったのか?と。
「若い世代や使える物は残しても良かったのではないか?」
「いや、上がすげ変るだけでこの先もやる事は変わらない。この大陸で生まれた者すべての血が狂っている。お前たちは誰かを殺す事に喜びを感じる種族だ。結果同じ事を繰り返すだけだな。それに今回の依頼は抹消だ。お前たちが存在した形跡すら残さない」
「そうかね、では我はいつ死ねる?」
「今までの罪を償うまで死ねないな」
「…それはどれくらい掛かる?」
「さてね、10年か100年か俺の知った事ではないな。この会話が終わればお前も皆と同じ症状になる、苦しんで後悔して死んでいけ。精々早く死なせてくれと神にでも祈ればいい」
「苦しみも、痛みもいらぬ、あのような状態にはなりたく無い!今すぐ死なせてくれ!」
皇帝の言葉に反応する者は居なかった。
渉はその場から消えていた。
皇帝が塵となったのは、それから410年後のことであった。
〇●〇●〇●〇●〇
新大陸の一角。突然現れた海からの襲撃者。そんな者達を捕らえた牢で異変が起こる。
捕らえた後も牢屋で喚き散らし暴れる捕虜達が、急に大人しくなったことで判明する。
どうやら手足が動かない上に口もきけない様子。高熱を発っし苦しんだ挙句数日後に死んでしまう。
そして跡形もなく消えてしまう。
発見したのは牢屋番。食事に手を付けていないうえ静かすぎることから発覚する。
その奇妙な出来事は、上司にも報告されるが手立てがない。
死んでいくのは侵略者のみで、自分達に同じ症状は見られない。原因がわからない、自分達に影響がない、であれば様子を見るしかない。
何とか助ける方法が無いか?そんな意見も出たが手段が解らなかった。論議している間に次々と死んで消えていく。
牢に居た最後の1人が亡くなるまでにそう時間はかからなかった。
突然現れ襲ってきて、唐突に消えた存在。数年もすればその存在は人々から忘れ去られる。
覚えているのは精々学者くらいであった。
時代は流れ、今度は新人類が海へと船出していく。
そこで彼らは新大陸を発見する事となる。
学者の中には、忘れられたかの蛮族が居る大陸だと考えられたが、人が住んでいた形跡すらなく、野生動物しか居なかったという。
新大陸発見から数年、大陸の発見が祝福であったかのように、人々の中に魔法を使う者達が現れる。
人々はこの出来事に対し、神々に感謝を捧げたと言う。
後年
彼らの技術が発達しても、かの蛮族を発見することは無かった。学者達は正体不明の存在に対し「彼らは人では無かった」と結論付ける事となる。
侵略者たちを悪者や蛮族と呼んでいたが、魔法が発達する頃には『悪魔族』と呼ばれる存在となる。
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いつもお読みくださる方々、ありがとうございます。
お知らせです。
ここまでで書き溜めが終わったので少し更新ペースが落ちます。
別の物語の構想も湧いてしまい、そちらも書いてみたいです。
鋭意努力しますので今後ともよろしくお願いします。
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