第14話 日常2
「ただいま、戻りました」
ノックの音とほぼ同時に部屋へ入ってくる渉。そんな彼に顔を向けながら岩田はねぎらいの言葉を掛け、事の顛末を訊ねる。
「お疲れ様、今回も大変だったかね?」
「そうですね、結果は残念でしたが、帰ったきたその足でご両親のもとを訪ね、彼の結末を報告してきました」
「そうか…、戻っては来なかったのだな」
「立派な最後でした」
立派な最後と言えば、言葉は良いかもしれない。だが、その結末は彼の死亡で終わったのだ。
渉は俊三の両親に彼の最後について報告した。悲痛な面持ちで報告を聞いてくれた彼の父親。その場で泣き崩れ嗚咽をもらす母親。その情景は胸に来るものがあった。どれだけ年齢を重ねても、親は親なのだと。
俊三は最後まで己の意志と、母の教えを貫いた。
彼が満足しているのに渉が落ち込む要素は無かった。
渉の報告を、岩田は真剣な顔で聞いている。もし自分の子や孫が同じように召喚された場合、自分はこれ程長い間待つ事が出来ただろうか。
考えても無駄なことだ、何せその気持ちは残された家族にしか解らないのだから。
そんな岩田の胸中だが、渉の顔はすがすがしく見えた。一つ事件が解決した、だけではないだろうと渉に聞く。
「辛い事ではあるが、その割にいい顔をしているな」
「あ、わかります?実はご両親に報告したその足で、強面のおっさんの所に行って来たんです。男神様から頂いたお土産を持ってね。
俺の後ろで待機する神様達が目に入った瞬間、顔を引きつらせて、いきなり下手てに出てましたよ。いつも偉そうにしてるのに、実に愉快な光景でした。
でもって、お土産と一緒に向こうの世界の男神様の言付けを伝えれば、顔から汗が噴き出して狼狽える、その姿は実に滑稽。最高でした」
渉は修復が終わった魂を閻魔様の所に持ち込む際、どうせならと賛同してくれた神々も連れて行った。文句を言われる前に先手を打ったのだ、実に強かである。
もちろんそんな交渉(?)は即決で解決である。
二人の魂を持ち去っていく閻魔様。哀愁漂う背中からブツブツ文句が聞こえてきたが、当然無視した。
「そうか、よかったな…」
岩田、それしか言葉が出ず。
落ち込んでいないのであれば、と前回途中で終わった話を切り出す。
「それじゃあ明後日からの、イギリス対応について話しても大丈夫そうだな」
そんな話を切り出してきた岩田。渉の機嫌は急降下するのだった。
「あぁ~、言ってましたねぇ…そんな事、随分と前に聞いた話なのですっかり忘れてましたよ」
「私からすれば、前々日の話なんだがね」
「俺からすれば、何年も前の話なんです。それに今回の依頼は現実世界なんでしょ?異世界関連じゃ無い。てことで断りませんか?」
「外交筋での依頼、無理だな。もっともそれ程期待されている訳でもない。相手側も、異世界課がどれ程の事が出来るのか、詳細に詳しい訳では無いからな。今回のケースだと、単純に異世界に詳しい人材に意見を聞きたい、ってところだろう」
うへぇ、などと言いながらもしっかり話を聞く体勢を取り、端末を取り出す渉。そんな渉に今回の依頼についての資料が送信されてくる。
「この資料を見る限りだと、事の始まりは4年前だな。読めば読むほど頭が痛くなってくるな」
そう言われ、資料に目を通す渉。
「これ、本当なんですかねぇ、モンスターが現れたって書いてありますよ?」
「事実らしい、何度か討伐隊を組んで討伐もしたらしいが、しばらくするとまた復活した、との事だよ」
「へぇー、同じ魔物が時間でリポップとか、まるでゲームですねぇ。俺の知識からすれば、何処かに魔力溜まりでも出来てるんでしょう、そこから魔物が発生しているように感じますよ」
「その資料だけで解る事なのか?」
「大体ですけどね、転移じゃない事だけは解りますよ…なるほど『異世界化』か、納得の内容ですね」
「それで、対応出来そうかね?」
「そうですね、後は現地に行ってみないと何とも言えませんね」
真剣な顔で資料に目を通していく渉。
転移であれば単体がほとんど、リポップなどすることは無い。と口にする渉に対し、岩田はふと疑問に思っていたことを訊ねてみる。
「異世界のモンスターが、こちらの世界に転移してくることが在るのかね?」
「当然在ります」
渉の返事、その言葉は力強く真剣な声音であった。
「この世の中には多くの神話・伝承・おとぎ話があります。そのすべてという訳では無いでしょう。が、転移してきた魔物の物語も確かに存在しています。
そうでもなければ、あれ程完成された物語なんて生まれてきませんよ、実在した出来事だからこそ、その光景がリアルに描かれているんです。妄想だけでそんな物語が作れるとしたら天才ですね。
今も脈々と受け継がれている物語。現代の作品は、そんな過去の事実に妄想と想像が加わっただけですね」
納得できる話ではある。
過去、日本の物語に出てきた鬼は異人であった。という話も聞いた事がある。
だがドラゴンはどうだろう?巨大な翼をもち、その口からは火を吐くという。その存在は数千年前まで生き残った恐竜だったのかもしれない。だが、なにかしら目にしなければ創造できるものではない。
未だ、解明出来ていない事など、山ほど有るのだ。
(もっとも現代社会に神々が居る。今更であったかな)
神が居れば、おそらく悪魔もいるだろう。モンスターが現れても可笑しくはない。岩田はそんなことを考えながら、机の上に置きっぱなしだったコーヒーを飲む。冷め切ったコーヒーは苦いだけであった。
〇●〇●〇●〇●〇
二日後、渉はイギリスに向かうため、電車の中に居た。
眠気を誘う電車の揺れ、あくびを噛み殺しながらボウっと外の景色を眺めていた。そんな渉が急に体を強張らせる。鋭い目つきでとある方向見つめる。そして飛び込んで来る光景。
光の柱が立ち昇る。
その光景を見た渉は、素早く携帯電話を取り出し、岩田に連絡する。
「おう、加賀美どうした?」
「岩田さん、イギリス行キャンセルでお願いします」
「なんだ、藪から棒に」
「召喚光です。魔力も感知しました、誰か招かれたんですよ!」
「なんだと!?」
怒鳴るように告げる渉。電車の窓から見えた光景、それは召喚の光であった。
「調査協力を要請します、至急職員の派遣をお願いします!
どんな人物が召喚されたのか解らないと即対応は難しい。大至急人物の特定を。呼ばれた世界との狭間時間も気になるので依頼は後回しです!場所の当たりは付けたので地図データ送ります!
俺も次の駅で降りて現地に向かいます。到着次第魔力を辿り確認のため一度異世界に渡ります。よろしくお願いします!!」
早口で要件を述べる。逸る気持ちを抑えながら渉は岩田にそう伝えた。
召喚された人物が、そのままその場に留まることは殆ど無い。場所を移動するケースが殆どだ。
異世界は地球と似た環境、年月の仕組みや時間計算が多い。人が生きる為には、もっとも適しているのだろう。
だか、異世界に渡る際通る事となる『次元の狭間』は違う、そこではどの様な時間が流れるか解らないのだ。
結果時間の相違が発生する。
召喚された者が、どれ程の
渉の『刻渡り』も万能では無い、一度その世界に在る事が最低条件。最初にその世界に存在した時間が基準となるのだ。今を基準とする『刻渡り』は過去には戻れない。
召喚された人物が、そのままその場に留まってくれていればいいが、実際は留まっている事が稀。すでに移動しているケースばかりである。
そのため、異世界で速やかに召喚された人物を特定するためにも、誰が召喚されたのか確認しなければならない。
「わかった、すぐ応援を送る。依頼については心配するな、他の者を先に向かわせ対応しよう」
「ありがとうございます。では」
渉は電話を切り、次の駅で飛び降りると階段と真逆に走り出す。周りに迷惑を掛けない場所まで来ると、そのまま空へ飛んで行く。
たまたまそんな光景を目にした人々は、皆一様に唖然としている。あっという間に黒い点となっていく渉。人って空を飛べるんだなどという呟きが漏れていた。
人は飛べます。(※ただし一部能力者に限る)
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