第32話 戒め

 渉は今、今回召喚事件があった召喚元の国がある大陸の上空にいる。

 そらからこの大陸すべてを見廻している。


 眼下に見える大陸には、所々人の手が加えられ生活の様子が上が伺えた。


 を滅ぼす。


 それが神の意志であり、今回の依頼でもある。


 この世界に渡る際、神に招かれた出来事を思い出していた。





〇●〇●〇●〇●〇





「おや?随分と急な招待ですね」


 突然景色が変わった景色にも慌てず、そんなことを言う渉。


 その目には3人の人物が目に入る。美しい庭園の中央にテーブルと二脚のイスが配置されている。


 その一脚に若い美丈夫の男性が座っている。左右には2人の美女が佇んでいた。


「突然ですまんな、此方へ座ってくれまいか?」


 そう声を掛けられると、素直に椅子に座る渉。席に着くと美女がお茶の用意を始める。


「今急いでいるんですが」


「安心しろ、この空間の時間の流れはかなり緩やかにしてある。1時間過ごしても外では精々1秒に満たない時間にしておいた」


「そうですか、ではお茶でも飲みながらゆっくり話を聞きましょう」


 そんな彼の存在は、どう見ても神であった。渉の想像ではあったがこの世界の創造神で間違いないだろう。3人ではなく3柱か、そんなくだらない事を考える。


 左右の美女もまた神だな。


 そんなことを考えながら支度を待つ渉。

 突然の招集、あまり良い事があるとは思えなかった。それでも神からの招集だ、配慮もされている為、準備されたお茶をその場でゆっくり飲み始める。


「君の存在についてはすでに知っている。今回は私の創った世界の者が迷惑をかけたな」


「いいえ、この手の存在の理不尽さは心得ております、どうかお気になさらずに」


「そうか…、どこの世界でも変わらぬか」


「変わりませんね」


 渉の言葉を聞き、どこかやるせない雰囲気の神。自身が作った存在がしでかした出来事に心を痛めている。

 同じようにこの世界の何かを司る女神も、悲し気な表情を浮かべている。


「それで?本題は何でしょう」


「そうだな、私の依頼を受けて欲しい」


「わかりました、受けましょう」


 即答の渉に対し、一瞬驚きを見せる創造神。


「随分と即決であるな、内容もまだ言っていないのだぞ?」


「必要ありません。神々が苦悩の果てに出した決断です、私が手を貸さなくても実行していたでしょう」


「そうかね…」


「はい、すでに決定している事。それでも躊躇いがある、そこで私の力を借りたい。そんな処でしょう。なら、私が補うことはやぶさかでは有りません」


「……少し話を聞いてくれるかね?」


「お聞きしましょう」


 そう言って話始める創造神、それはこの世界に人族が誕生したことで始まった悲劇についてだった。


 生まれたての世界に誕生した人族。


 もちろん最初は順調かに見えた。神を模したその姿に愛らしさ覚えていたという。だが、そんな人族は年月を重ねる度、争いごとが絶えなくなってくる。


 人々が1つの集落を作り出す。集落がとなりの集落と争い出す。集落は村となり、隣の村と争い出す。村は町となり同じ事を繰り返す。その規模が国となってからは酷い状況であったという。


 何百年と争い合う人族の姿を見た時、これが神々が口々に言う出来事だと、その時初めて創造神は実感したのである。


 それでも見捨てずに見守って居た創造神であったが、ふと別の事を考えてしまった。


 この星にある大陸は、現状では1つ。ならばこの大陸の真逆、裏側に別の大陸を創り、そこに新たな人族を生み出してみようか。

 新たな大陸の住人は、現在の人族よりも、ほんの少し理知的で理性的で在るように作ってみようか。


 創造神はそれを実行してしまう。


 結果、旧大陸は神から見放される事となる。


 神の存在を知らず過ごす事となった彼らの心は、次第に人族から離れて行く事となる。


 その後も数百年間を争い続ける大陸は、いつしか創造神の中では旧大陸、旧人類と区別されることとなった。


 そんな国々が、いつしかまとまり始める。


 大陸を統一する人物が現れたのだ。その人物こそが今の皇帝の先祖であった。

 だが、その国の在り方にも大きな問題があった。


 全てを暴力で解決する。恐怖で縛り付ける。自国民以外はすべて下等な存在。他国の者は奴隷、皇帝に逆らう者は一族すべて殺していく。搾取する事が当たり前。そんな人族しかいなくなってしまった。




 同じ星に存在しながら、結果別の存在になってしまった旧人類。


 そんな新旧人類が出会ったのが、丁度13年ほど前。


 奪う事しか知らない彼らは、搾取先を求めて海へと出てしまう。

 数か月の航海の先、新大陸とそこに住む人々を発見した時、彼らは歓喜したという。

 何人かの現地住民をあっという間に攫い、情報を聞き出したのだ。その情報の入手方法は非常に残忍であった。


 聞き出した情報を伝える為、本国へを帰還した兵士達。生き残ったのはほんの僅かであった。

 そんな状況を見ても皇帝の決断は早かった。


 即座に侵攻を決定する。


 軍船を手配し、侵攻に備えるために2年を費やす。距離があり、航海に月日が必要なため、より屈強な兵士を育成するよう命令を出した。


 新たな大陸を手に入れるべく出航していく帝国軍。だが多くの問題も発生する。


 距離が有り過ぎたのだ。


 航海の途中、嵐に見舞われ沈んでいく友軍。

 即席で作られた海軍、大陸での戦闘に慣れている彼らは、海を良く知らなかった。

 その準備もいい加減であり、腹が膨れればいいと用意された食事は、栄養のバランスも悪く多くの者を病気にしていく。

 

 新大陸に辿り着く頃には、多くの船と半数近くの兵士を失う事となる。


 結果、侵攻するほどの兵力が無い彼らは、野盗のような行動をする。海岸に隣接する町や村から奪うだけ奪って去って行く。


 生き残った兵士達は、その大陸での出来事を皇帝に話す。

 兵さえ居れば簡単に手に入ると。


 何度も多くの犠牲を払う事となるが、皇帝の欲望は止まらない。その欲望は皇帝のみならず、兵士や民、幼子にいたるまで伝播していく。

 何度も送り出される軍隊。次第に環境に対応した軍備は整い、次の侵攻ではより多くの兵士を送りだす準備が完了したのだ。




 そして兵力の増強のため、異世界よりの召喚を行う事となる。




「不思議な物だ、この世界に魔力はあっても魔法は存在していない。私は敢えて魔法という軌跡を人族に与えなかった。だが偶然他の世界からの迷い人が現た。魔法の存在を皇帝に進言したのだよ。もちろん勇者召喚についても話をした。だが、異なる理の為魔法は発動できなかったのだ、そしてあろう事か供物での召喚に辿りついてしまった」


「魔法ではなく、魔術で召喚しましたか」


「その通りだな。迷い人は皇帝にさらに取り入るため、その勇者召喚方法を進言した。多くの人々の魂を供物とする魔術での召喚。そんな召喚方法を生み出した。今回は試験的に100人を犠牲にし、より多く、より強い存在を召喚する。そう進言し、召喚が行われた。結果、大規模召喚は成功した。だが、それは不完全な召喚であったよ」


「人数的には達成できているようですが、不完全ですか?」


「うむ、本来召喚された者達には様々な能力が与えられる、違いはあれど大小様々な能力だ。だが、今回の召喚ではそれが発現していない。何の力もない普通の人々が召喚されたのだよ。術式も不完全であったため、召喚の中心になった本人も101人目の供物として死におった。その知識と共に永久に消えたのだよ」


「呆れますね」


「私もそう思うよ…。そして今回の召喚で決心がついた。もともと旧人類が新人類に侵攻を始めた頃には、そうすべきだと考えていたのだ。あ奴らは私の庇護から離れてしまった…。違うな、見放したのは私だ、であるなら創造した私が決めなくてはならない。旧大陸の人族すべてを抹消する決断だ…」


「心中お察しします」


 渉はそう言って、創造神をみつめる。

 自身が創造した存在、見放したといえど、それでも心に残るものが有るのだ。


の旧人類の抹消、それでよろしいのですね?」


「かまわぬ。ついでだ、この映像も見ると良い。これを観ればわかる、感じることが出来る。すでにそのおる。これは私の意志で、私からの依頼だ、気に病む必要はない。対象はすべてで頼む」


「これは…わかりました」


 すべてと強調した渉。それは赤子や幼子も含むという意味だ。

 理由の一つとして映し出された映像は酷い物だった。創造神のいう事も納得できる。

 その上で創造神は自身の言葉を強調する。この決断はあくまで自分の責任であると。


「俺の事は気にしないで下さい。であれば色々あるでしょうが、この俺は問題ありません」


「そうかね…。君の世界の神も中々にな存在を作ってくれたものだ」


「神々にとってはそうでしょうね」


 そう言って笑い合う1人と1柱。


「では、依頼には報酬が必要だな。本来ならば後で、と言う事ではあるが、今回は事情が事情でもある、先払いで行こうではないか」


「随分と含みのある言い方ですね」


「まあ聞け、君が私の世界に辿り着くのは、本来であれば2日後、召喚された者達はすでに5日過ごしたこととなる、だがそれでは間に合わぬ。多くの者が壊れ、死ぬ事となるだろう」


「そうなんですね…」


「そこで、少し私が力を貸す。君が辿り着くのは彼らが召喚された3日後の昼前、手遅れになる前に辿り着けるようにしよう」


「その日その時間であればすべて間に合う、そういう事ですね」


「その通りだ、悪い話でもあるまい?」


 なんだかんだ渉を気に掛けてくれている。


 助けようとした存在の喪失。

 

 人として、憎しみを以て旧人類を手に掛ける。それではいけない。創造神はそう考え渉に提案した。

 渉自身もこの提案は嬉しかった。皇女様との約束以前に、召喚された人達をすべて救えるのなら、帰還させられるならこの上ない事だ。 


「最高の報酬です、まあ報酬が無くても依頼はお受けしましたよ」


「そう言うな、を行使するにも理由は必要であろう」


 フフフと笑う創造神。渉の事情も知っていた。




 そう、渉は普段その力の殆どを遣っていない。




 現代の人々からみれば途轍もない力。


 それでも渉が何気なく使っている力は、あくまで『勇者時代』の力までであった。

 異界渡りも記憶操作も、勇者時代すでに使うことが出来ている。そんな渉でさえ神の力は途轍もなかったのだ。




 神の力を行使する。それは計り知れない事象を起こす。そう、簡単にこの星を消滅できてしまう程に…。




 故に自身に制限を設けたのだ。


 特に誰かに決められた訳でも、神々と約束した訳でも無い。それは神の力に対し、自身で鎖を着けた。


『その世界に危機が訪れない限り使わない』


 それが渉が設けた鎖。


 人を越えた力を持ち、結果を失った渉。そんな渉が人で在ろうとした心がもたらした制限。


 神であると、人としての


 そんな渉の存在は、神々ですら戒めとして考えられている。


 自身と同じ神々により歪められた存在…。





 手を振り去って行く渉を見送り、3柱は言う。


「彼が我らの戒めか…」


「そうですね、私もいつか自分の世界を持つかれもしれません。心に止めおきましょう」


「ええ……私も。彼の行く末に、幸あらんことを」





〇●〇●〇●〇●〇





 神々の間で交わした依頼。


「さてと、今日のは一味違うぞ、覚悟しておくがよい」


 そして渉は実行する。


 旧大陸を、旧人類を破滅へと導いていく。






 



 



 




 

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