第37話 異世界での過ごし方4

「これは楽しいのう」


「うむ、我もこのような経験は初めてであるな」


 そう言いながら飛び跳ねているの大賢者と元魔王。

 月面の重力はこの世界の月でも高くはなく、普段より軽くなった自身の身体で飛び回っていた。


「お子様か」


「そう言うでない、こんな経験は初めてじゃ、何よりワシらの文明ではこんな所まで来れん。精々空を飛ぶだけで精いっぱい。魔法を使っても星の外まで出よう等とは考えんよ」


「そうだな、星の外か良い表現だ。我も空の向こうがこのように広大だと思ってもみなかったぞ」


「なるほどね~そう考えると文明の違いって大きんだな。人工衛星とかいっても通じないだろうし、ロケットでといっても意味が解らないか」


 楽し気に動き回る二人に呆れてはいるものの、初めてでは仕方ないと諦めている渉。


 当然周りに空気は無いため魔法で結界を作り、酸素の供給も地上と空間をつなぐことで行っている。

 体温調整も同時に行っているのだが、2人は恐らく気が付いていないだろう。


 見上げる宇宙空間は、成層圏という膜が無いため星が奇麗に見える。

 文明が発達していないこの世界の夜空は、人口の光で星が見えなくなることは無い。

 それでも成層圏という存在は星を遮ってしまう。


 月から眺める宇宙空間は、どこまでも奇麗な星の海が見える。


「いろいろ調整はしているから大丈夫だけど、目を遣られるから直接太陽は見るなよ」


「そういわれると見たくなるんじゃがな」


「爺は失明したいらしいな」


「大賢者がどうなろうと知った事ではない。そんな事はどうでも良い、早く魔法を見せてくれ。ダンジョンでは手加減していたのだろう?」


 あれから数か月、武術の次は魔法とばかりにここまで付いてきた元魔王も期待に胸を膨らませている。


 自身の知らない魔法には興味が尽きないのだ。


 そうじゃ魔法を見に来たのじゃ、と元魔王の言葉に賛同し、早くやって見せろとばかりに渉を見る大賢者の顔がイラついたのは言うまでもない。


「いや、魔法の範囲が広くなる程度だろ?そこまで期待されても困るぞ」


「いいからさっさと始めるが良い」


「そうじゃそうじゃ、はよ始めろ」


 2人が初めての月面ではしゃいでいたので遠慮していた渉。今は何故そんなことを考えたのか、呆れて物も言えない状況である。


「まあいいや、それじゃ始めるから少し離れて見てろよ」


 魔法範囲に巻き込んでやろうか、一瞬そんな事も考えたが身体がデカい子供だ、相手にするのを諦めた。


 真面目な顔つきに戻り、一瞬で魔力を練り上げると渉は前面に大きな氷を生み出す。


 その大きさはまさに巨大。


 直径が1kmはありそうな氷の塊であった。


「これは…どれほどの魔力を使っておるのじゃ?」


「さてね、感覚的にはそんなに使っていない。ダンジョンで発動していた魔力量に能力を乗せたりしただけだな」


「ふむ、実に見事。我もこれほどの魔法は使えぬな。なにせ魔王とは名ばかりの武闘派であるからな」


「ほっほっほ、こんな魔法使えたらワシらはとうに負けておるわ。こんな物を直上から落とされるだけで全滅してしまうわい」


「まさに、だな。戦術など有って無いようなものだ。これ一発で終わってしまうわ」


 渉の生み出した氷の塊。


 その質量は簡単に一つの街を滅ぼしてしまう。冷静に発動された魔法を分析し始めた2人だが、その効果のほどを考えると難しい顔をしていた。


「そんなに魔力は込めていない。そう言っておったな。では魔力を込めたらどうなる?」


「ふむ、そうだなせっかくだし試してみるか」


「おう、どんどんやってやれ。どうせここには何もないのだろう?遠慮はいらん。我もどうなるか見てみたい」


「それもそうだな、それじゃ一気に…は流石に危険だからゆっくり魔力を込めて行くから検証よろしく」


 そう言った渉の手から魔力が上乗せされていく。

 

 氷の塊は見る間に大きくなっていく。


 最初は喜んで見ていた大賢者と元魔王だが、その塊が際限なく大きくなっていくと、渉に声を掛けた。


「いや、どんだけデカくなるんだよ…」


「まったくじゃ、それでまだまだ行けそうなのかの?」


「いや、まだまだ行けるんだが…これ如何しようか……」


 見た感じ月と同じくらいの大きさ。

 氷の衛星を生み出してしまった渉。


「太陽とやらに撃ち込めばいいのではないか?確か高熱の塊であろう。勝手に溶かしてくれるだろう」


「それがいいかのぉ、そんな物ワシらの星に落とされてはどんな生き物も死んでしまうぞ」


 2人の呆れを含んだ台詞に、若干引きつりながらその考えに賛同する渉。


「そうだな、そうしよう。流石にこれは怒られる」


 太陽の方向を確認すると、衛星魔法を撃ち出す渉。


 地上で打つ魔法と同じ要領で魔法を放ったのだが、ここは無重力。

 空気抵抗も何もない。放たれた衛星は彗星となり太陽へと向かっていた。


「あ~……なんかすごい勢いで飛んでったな…」


「そうじゃな…、ワシはなにも見なかった事にするぞい」


「なぁに、ただの魔法だ気にするな。その内溶けて消えるんだ心配することも無かろうて」


 その様子を見つめ、そんなことを呟く大賢者と元魔王。だがその勢いと威力を目の当たりにし、ふと疑問に思った事を大賢者が渉へと問いかける。


「そうじゃな、溶けて消えるんじゃ…本当に溶けて消えるんじゃろうな?」


「ええ!?流石に氷だから消えるでしょ。いや消えるよね?」


「生み出したのはお主じゃ、何かあったら責任はワシらではなく、お主が取るんじゃな」


「その通り!我もしらん!神からなにか言われてもお主が何とかしろ!」


「いやいや、やれって言ったのお前らだろうが!一蓮托生だぞ!怒られるときは一緒だぞ!何逃げようとしてんだよ!」


 そんな渉の様子を見て、責任転嫁されては困るとばかりに大賢者が言ってくる。


「ふっ、ワシらはあくまで助言。実行したのはお主じゃ。言葉に左右されるのは未熟な証明であろう。すべての責任はお主に在る」


「その通りであるな。誰に相談しようとも最終的に決断し、実行したのはお主。我らはその結末を見守っただけの事。神に怒られるのは貴様1人でよかろう」


「うわ~、ここで裏切るかね?ただでさえ大戦中に口出しして説教迄したんだぞ?

ここぞとばかりにやり返されるのが目に見えるわ!」


「いやいやそこまで心が狭いわけでもあるまい。それに女神なのであろう?美しい女性が自分を叱ってくれる事に興奮を覚えるのではないか?お主にはそういった一面が見えるぞ」


「まったくそんな趣味も趣向もないわ!」


 あらぬ誤解を生みだしそうになる大賢者の台詞、流石の渉でも許容できない。


「だが今そんな事はどうでもよい。まずすべき事があるだろうが」


「「?」」


 二人の遣り取りに冷静に返す元魔王。


「戦略的撤退。早急にこの場から離れる事を推奨する」


 3人はお互いの顔を見つめ頷くと、素早く撤退を始めた。








 が、転移に干渉され呼び出された先。神の説教は待ったなしであったとい。






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