第10話 何を想い
「ふっふっふっ、これで準備は万端」
不気味な笑いを浮かべる渉。書物を調べ、大体の当たりをつけた渉が向かったのは南方面であった。順々に町や村をめぐり、彼の足取りを追う。
結果は順調であり、彼の痕跡を追える事となる。
「しっかし、本当に何も無いなぁ」
どこまでも続く果てしない荒野、この星の南半球、さらに言え南側でも南極点に大分近い。地球で言えば、南アメリカ大陸の南端に近いくらい、と思ってほしい。
渉はそんな荒野を歩いていた。
最後に寄った村は名も無き村、だがそこでも彼の話を聞くことが出来た。
どうやら彼は、渉が予想した通りの場所を探しているらしい。
彼が村に着いたのは1年ほど前。村長の話を聞きたいと現れた彼は、村の手伝いなどをしながら二カ月ほど滞在して、また旅に出て行ったそうだ。だが、村人の話ではここから先に人の集落は存在しない、とのことであった。
「ここまでヒントが出れば、広域索敵しながら飛んで行けばあっという間に見つけることもできそうなんだけどなぁ、なんかなぁ~なんだかなぁ~…」
渉は思う、彼が何を想いながらこの旅路を選んだのか、普通に考えれば勇者は英雄である。いくら彼が異世界の住人だとは言え、貴族の位など簡単に手に入る程の功績を残したのである。
だが彼はそのすべてを断り、一人、旅に出てしまった。
そんな彼の気持ちを
「急いでいる様子は見られないし、こちらもボチボチいきますかね。せっかく最終兵器も持ってきたことだし、会えるのを楽しみにしておきますか」
何もない荒野、鼻歌を歌いながら渉は歩いてい行く。
〇●〇●〇●〇●〇
彼は、荒野を歩いていた。風が吹き抜けるたび、肌寒さを感じる。
見つめる先は、草と岩ばかり。そんな中を歩いている。
厚手の服装に、包まればそのまま寝れそうなマントを羽織っているが、どちらも大分痛んできている、まだ使えない程ではなかったが、寒さが身に染みていた。
最後の村を出てどれくらいだろうか、などと考えながら歩く。人恋くなる時期もあった、だが当時のことを思えばそんな感情も薄れ、目的の為ただ黙々も歩いていく。
後どれ位歩けば目的地に着くのか、それでも前だけを見て歩いて行く。
その胸には過去の戦争、仲間たちの顔が浮かんでいた。
彼が召喚されたのは21歳の時である。
大学に通い、周りの友人とはどのような企業に就職するかなど話をした。
合コンで友人の気に入った女性との仲を取り持つフリをしながら、自分の彼女を探したりもしていた。友人達と勉強し、講義の後は酒を飲みどんちゃん騒ぎ、翌日二日酔いで、もう酒は飲まないと言ってはその日のうちに飲み会に出掛けていた。
楽しい時期を過ごしていた。
今思い返してみても、もっとも楽しい時期であった。
だが、突然異世界に召喚されたことにより、すべてを失った。
神殿、そんなイメージを思い浮かべながら周りを見渡せば、多くの人たちに囲まれていた。そんな人たちの中から一人の女性が歩み出てくる。
彼女の言葉を信じるのなら『聖女』という立場の女性らしい。
「選ばれ、召喚されし勇者様。どうか…どうかこの世界をお救い下さい!」
透き通るような声音で発せられたその言葉に彼は困惑する。
勇者召喚とか異世界転移とか、そんなものは物語でしかない。これは絶対に夢だ。
だが、聖女に案内され見た景色は、今自分の住んでいる世界とは異なっていたのである。
石とレンガを中心とした建物、窓は木製、どう見ても自分が居た時代より古く感じる。少し前を歩く聖女や、すれ違う人々の服装からしてまったく見たことがない。そんな現実を目の当たりにする。
案内された部屋で、この世界の現状を説明される。魔王軍との戦争、すでに人族の4分の1が亡くなっており、このままでは滅んでしまうという事実。
当然彼は質問した、魔王軍とは話し合いができないのか、と。
しかし聖女から語られたのは、魔王軍とは魔王を中心とした軍隊で、悪神により人族を滅ぼすべく生まれた存在である事。彼らは本能で人族を殺す事を定められた存在であると、話し合いは不可能なのだと。
魔王の軍勢はおよそ150年周期で現れる。
周期の確認が出来ている。当然人族も対応は怠ってはいなかった、だが今回は間が悪かったのだ。直前に大国同士の諍いがあり、戦争が起こっていたのだ。王が世代交代したその二国は、それぞれが己の意を主張し、衝突してしまった。
前回の魔王軍との戦争では大勝した人族。当然今回も圧勝できると考えたそれぞれの国の王は、領土拡大に踏み出したのだ。自分の国がもっとも優秀である、どれ程の相手で在っても負けはしない。傲慢な二人の王は、愚かにも戦争しながらでも魔王軍を相手取れると考えてしまったのだ。
しかし、160年を過ぎても魔王軍は現れなかたった。
もう魔王軍は現れないのでは?そんな考えが人々に思い浮かぶ。
二つの大国はそれぞれが疲弊し始めていた、それでも戦争を続けている。ここに魔王軍襲来との知らせがあれば、戦争終結の言い訳が出来たのだが、魔王軍が来ない。ならば、と威信を懸けて戦争を続けるしかなかったのである。
完全に疲弊した大国を、嘲笑うかのように魔王軍が現れた。
しかもそれは最悪のタイミングで、最悪の場所へと現れたのである。
大国同士の戦場、そのど真ん中である。
負傷した兵士、損傷した武具、食料配給も行き届かない状況であった両軍は、あっという間に全滅したのである。
誰一人生き残る事が出来なかった。
戦場からの連絡が途絶えた両国の偵察からもたらされたその事実は、停戦する大きな理由と、それぞれの国の王が退位するほどの出来事であった。
そこからは魔王軍の快進撃が続く。
本来の準備期間を延ばし、大国の戦争で人族が消耗する時を待っていた魔王軍は強かった。
もちろん人族も全戦力を傾け魔王軍を迎え撃った。その中にはこの世界で選ばれし勇者も居たのだ。
だが、その勇者が育ち切る前に魔王軍幹部を含む、総勢500人程に襲われる。
育ち切っていない勇者、その場に居たのは勇者含めたった5人であった。勇者達は死に物狂いで戦う、魔王軍から5人来ていた幹部の3人まで倒して見せたのだが、力尽き亡くなってしまったのだ。
人類は希望を失ってしまう。
本来合流予定であった聖女は、この時を境に古文書を調べは始める事となる。
この世界を救う方法、人々を救う方法を。そして見つけるのである『勇者召喚』という、禁忌の技法を…。
聖女からそんな話を聞かされる。見るほどに引き込まれる美しさを持つ彼女の顔は苦悶に満ちていた。が、そんな聖女に対し、それでも彼は帰して欲しいと懇願した。突然見知らぬ世界に呼ばれ、我々を救ってほしい。戦ってほしい。と、言われても答えられるはずがなかったのだ。
だが、聖女からは出た言葉は、帰る手段がないという絶望であった。
彼は絶望し、9日間程引き籠ってしまう。
だが、10日目ともなると、その部屋を出て聖女のところに向かう。毎日のように様子を見に来てくれていた聖女、そんな彼女に戦うと告げるために。
「決心はついたよ、俺はこの世界の勇者になるよ」
「ありが…とう…ございま…す」
涙なららにそう語る聖女に、彼はこういった。
「俺はこの世界に疎い、できればこの先ずっと君には傍に居て欲しいんだが」
「それは、結婚の申し込み。ということでよろしいでしょうか?」
「ええっ!?いや、その、あの、う~ん…うん、そうだね結婚の申し込み」
「!!!!」
照れくさそうに言ってくる彼、場を和まそうと冗談半分でいってみた聖女。9日間、ずっと側に居て感じたお互いの印象。それは二人が惹かれあうには十分な時間であった。
「喜んで、よろこんでお受けします」
顔は真っ赤にし再び涙ぐむ聖女に、照れくささを隠しながら彼は言う。
「ありがとう、申し出を受けてくれて。
結婚式は戦争の後になるのかなぁ、まずは平和を取り戻さないと。だなぁ~。
では聖女様、まず何から始めればいい?」
そして彼は戦場に向かう。
〇●〇●〇●〇●〇
そんな過去をふと思い出しながら、彼は歩く。
(はは、こんな事を思い出すとは、それもこれもすべてこの漂ってくる……)
はっとなり彼は風上を睨む。何事か考える前に全身に強化魔法を掛け猛然と駆け出す。しばらく走り続けると小さな灯りが見えてくる。鋭い表情でその灯りを目印に走り続ける彼。
(これは、これはまさか!?)
風避けにでもしているのか、大きな岩の前、石で作った竈に火を灯して居る人物が目に入る。
だが、そんなことはどうでもいい。とばかりに駆け込んできた彼は叫んだ。
「カレーじゃなか!!!!!」レーじゃないか!!!」じゃないか!!」ないか!…」
強化魔法で響き渡る残響。
「あ、こんばんはぁ」
まるで戦闘態勢の彼に、のほほんと日本語で声を掛ける渉。
シリアス君退場。
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