第11話 勇者と元勇者の語らい
「カレーうまぁあ!」
「沢山あるので遠慮なくおかわりしてください」
「ありがとう、遠慮なんてするものか!腹が破裂するまで喰うんだ!」
日本人への最終兵器、カレー。渉は彼の行動を予測し、カレーを作って待機していた。この匂いに逆らえる日本人は少ない。大鍋で具沢山に作られたカレーは非常に美味しいのだ。
話掛けるなとばかりの雰囲気を醸し出し、その後も無言で食べ続ける彼を見て、渉は笑っていた。
「いやぁ、ごちそうさま」
「いえいえ、お粗末さまでした」
これ以上はもう入らないとばかりにお腹をさすりながら、二人はそんなやり取りを交わす。ちなみに作ったカレーの量は10人前、見事に完食である。
「名乗りが遅れたな。俺の名前は
「俺の名前は加賀美渉です」
「やっぱり日本人か?」
「日本人ですよ」
そして二人は語りだす。
「そうか、日本人にはこの世界で初めて会ったよ。俺と同じように召喚されたのか?それとも転移とか転生とか?」
「いいえ、どれも違いますね。俺、自分でこの世界に来たんですよ。ちなみにどんな異世界にも行き来可能ですよ」
「すごいスキルだな、なんでまたこんな世界に来たんだ?」
「もちろんあなたを探しに来たんですよ」
聞きようによっては、すこし気持ち悪いで台詞である、嫌そうな顔をしながら俊三は答えてくる。
「うげぇ…俺にそんな趣味はないから、他を当たってくれ。そういった趣向を否定するわけじゃないが、俺は純粋に女性が好きなんだ」
「そんな目的で探すわけないじゃないですか、俺も女性がいいです」
この時代の日本、もちろん同性婚も可能である。
「それじゃなんで俺なんか探してたんだ?」
「そこは話が長くなりますが聞いてくれますか?」
「聞かないと始まらないんだろうな、聞こうじゃないか」
そして渉は語りだす。現在の日本について。
「今の日本では召喚誘拐事件が社会問題になってるんですよ、高齢社会を直走る日本にとって、若者の誘拐は死活問題ってわけですね。召喚痕跡用調査機が出来てからそんなに年数は経ってないですが、この10年程で調べた限りでは年間5千人、10年でざっと5万人誘拐される計算ですよ」
「マジか…」
「これが大真面目、1億人を超える人口の年間5千人って聞くと少なく感じてしまいますが、相変わらず出生率が悪い我が国です。召喚なのか誘拐なのか、はたまた家出なのか、そこから調べるので警察だっててんやわんやですよ。
召喚される年代に多少年代にバラつきがあったとしても、若者がいきなり居なくなるわけですから、残された家族なんかは事実まず誘拐や家出、または事件に巻き込まれたと考えますよね」
「そうだな」
「そして更なる問題が、召喚された人達の帰還率が99.99%以下という現実です」
これは大問題、とばかりに両手を広げ強調する渉、そんな渉の台詞で気になった事を俊三は聞いていた。
「え?そんなに戻ってこないの?あ、でも戻って来た人も居たのか」
「その戻ってきた人も、向こうの世界から自力で戻ってきたパターンですね、決して異世界側の協力で帰って来た訳じゃ無いんですよね」
「なんてこったい」
「そして日本の神々が怒った」
「えっ?日本に神様ってまだ居たのかよ!」
「当然いますよ、いわゆる八百万の神々がね…。で、怒った神様の怒りを鎮めるために日本政府が立ち上げたのが異世界課、そして俺はその異世界課の職員ですよ」
「はぁ~、なんともスケールのでかい話だな。で、そんな異世界課職員様が20年以上前に召喚された俺に、一体どんな用事がるんだ?」
「いや、ほんと探すの大変でしたよ。何せ日本だと30年近く前の話でしたから。召喚時の魔力残滓もめちゃくちゃ少なくて。まあ、残滓が残っていただけ有難かったですが。中にはそんな痕跡すら無くなっている、なんて事も少なくないですから。
で、その少ない魔力を辿ってこの世界を探し出したんですよ。見つけるにも結構時間が掛ったですし、こっちの世界に来て探してみれば、新藤さんは終戦後どっかいっちゃってるしでもう本当~にいろいろ大変でしたわー…」
もう時効にしちゃえばいいのに、などとブツブツ文句を言う渉。だが、今の日本には召喚事件に関しての時効は定められていない。それはもしかしたら日本に帰ってくるかも知れないという希望的観点からだ。
だが、召喚された家族を待ち続けるだけの家族もまた辛い。そんな気持ちを待ちを考慮し、親族たちの申し出次第では、5年を経過することで死亡認定できる制度が出来た。それでもどこかに希望を残したい家族のため、召喚事件に巻き込まれた確認が取れている場合に限り、戸籍の復活が可能になっていた。
「ですので今回は確認にきました」
「確認?」
「ええ、確認です」
じっと俊三を見つめ、真剣な顔で渉は言う。
「今回はどうしても。と、諦めきれなかった貴方の母親からの依頼です。日本に帰れるとしたら、新藤さん、貴方はどうしますか?」
俊三は絶句した。日本に帰れる?そんなバカな話は無い、だが現実目の前の人物はその日本から来たという。母親からの依頼?まだ生きていてくれたのか、今どんな生活をしているんだろう。いろいろな思いが駆け巡る。
「………」
深く逡巡する俊三、その顔は苦悩していることが見て取れる。そんな俊三を黙って見つめる渉。
「…今すぐ返事をしなくてもいいんですよ?」
「いいや、今、この場で答えよう。答えはNoだ。俺は帰らない」
帰らない、その言葉を聞きやはりか、といった感じの表情を浮かべる渉。この調査を進めていく上で、こうなる結果はすでに感じていた。
「俺は、俺にはどうしてもやっておかなければ成らない事がある!」
真剣な表情で答える俊三。決心は硬く揺るがない。
「この20年余り、ずっとその事を考えながらここまで来た。あと少しで辿り着ける筈なんだ、だから、どうか母さんにはこう伝えて欲しい。
生んでくれてありがとう、俺はこの地で最後まで、この想いを全うすると。小さい頃母さんが俺に教えてくれた生き方を全うすると」
「母の教え、ですか?」
「ああ、子供の頃はその意味すら良く解らなかった」
「どんな言葉かお聞きしても?」
うなずく俊三はこう答える。
「どんな小さなしがらみだとしても大事にしなさい。だな」
「しがらみ、ですか」
「そう、俺はこの世界で沢山のしがらみに囲まれてきた。愛した人、大事な仲間、多くの戦友たち、俺はそんな多くのしがらみに囲まれて幸せだった」
「……」
「しかし、そのすべてを失ってしまった…。だが、思いのしがらみだけは失っていない!これだけはどうしても俺がやらねばならないんだ!!」
激情を露にし、気合とともに放たれるその台詞、彼の覚悟はすでに決まっていた。
「死にますよ?」
「元より覚悟の上の話だな」
じっと見つめてくる渉に対し、俊三は自分が感じたことを聞いてみた。
「君は…。いや貴方はきっと、私よりずっと年上でいろいろな辛い事にも出会っているのでしょうね」
「こんな見た目ですが、わかりますか?」
「ええ、なんとなくですが感じますね、強者のオーラと醸し出す雰囲気がそれと解らせてくれる」
「流石勇者」
見た目、十代にしか見えない渉だが、俊三にはそう見えてはいなかった。確信が宿ったその瞳に、素直に答える渉。
「だからかな、俺の気持ちなんとなく解るんじゃないですか?」
「まあ、俺も元勇者ですからね」
溜息をこぼし、苦笑いで俊三に応える渉、同じ勇者という過酷な立場を味わった者同士、気持ちは十分すぎるほど理解出来ていた。だが、渉は日本に帰るという選択をした。俊三は残ると決めた。唯それだけである。
「そうですか、では見事な死に華を期待してますよ」
「ふ、生き残るかもしれんだろう?」
「そうですね。まあ、今のペースだとまだ二か月くらい掛かりそうだけどね。辿り着くその日まで、残りの人生を楽しんでください」
「ふっ、そうか後二か月もあれば辿り着けるのか。だが、この何もない荒野でどうやって楽しむんだ?」
どちらともなく笑いだす、お互い此れが今生の別れだと解りながら。
結果、大地に陽が昇るまで一緒に語り合った二人、固い握手を交わし別れ告げ…ようとしたところで、渉が悪い顔をしながら俊三に聞いてくる。
「あ、そうだ、空間収納持ってますよね?二か月分程の日本食材あるんですがいります?米はもちろん、カレーとかラーメンとかいろいろありますよ?」
俊三、喜びのあまり小躍りする。
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