第12話 彼の願い
「本当に辿り着いたな」
渉と別れてから二か月ほど、俊三は大きな祠の前に着いていた。その外観は如何にもといった感じの神聖な入口、洞窟に近い大きな穴を石の門が囲っていた。
最後に寄った村で聞いた言い伝え。
南の果てに悪神の祠がある、そんな言葉を思い出す。
「さて、行くか」
小さな呟きを残し、俊三は中へと歩を進めていく。入った祠の中はうっすらと明かりが灯っており、視界が塞がれることは無かった。ただまっすぐ、緩やかに降っている。左右は崖なのか底は見えず暗闇が広がっている。落ちたら一溜りも無いだろう。道幅は十分あり、横風に煽られて足を踏み外さなければ、落ちる事も無い。俊三はそんな考えを浮かべる。もっともこんな洞窟に風が吹き荒れる事も無いだろう。などと考えながら進んでいく。
どこまで降ればいいのだろう、半日ほど歩いた俊三の感想である。薄暗がりをひたすら歩いていく。
歩けど歩けど同じ景色であった。魔物が襲って来る事も無く。ただただ同じ景色。入口の光はとっくに見え無くなっている。そんな薄暗がりを進む俊三の目に変化が見えたのは、日付の感覚が無くなって来た頃であった。
最初は、ただの光の点にしか見え無かった。が、変化が見えたことで内心ほっとする。
光に向かい歩を進める俊三、だが一向に近づいている気がしない。遠くの灯りは近く見える、なんて言葉があったかな。そんな考えが頭に浮かぶ。
祠に入りどれ程の日数が経過したことだろう。
ひたすら歩き続け辿り着いた場所。
そこは唯何も無い広い場所であった。随分前に確認する事が出来た光の形から、四角い場所であろう事は解っていた。
地下にこんな広い場所があるとは、などと感想を浮かべる。広場に入る手前で強化魔法を使用し、周りを見渡す。
どこ見ても同じ作り、まるで大理石、いや宝石に近い白く輝く石が敷き詰められている。建物は一切存在していなかった。
ざっと見渡した俊三は有る物を見つけた。
(なるほど、そこが最終地点かな)
何かを確認した俊三は、その場で身支度を始めた。
収納から風呂桶を出す。魔法を使い湯を沸かし風呂に入る。せっかくだかと渉からもらった石鹸やシャンプーで体を奇麗にしていく。ここに来るまでは洗浄魔法で済ませていたが、何故か自身で身綺麗にするべきだと考えたからだ。
伸びた髭を剃り、長くなった髪を一纏めにくくる。
風呂桶を収納に仕舞い、湯浴みした場所を魔法で奇麗に掃除し終わると、痛んだ旅人の服装から、修理し奇麗になった武装へ。
魔王討伐時の勇者装備に変更した。その腰には聖剣を携える。ふと思ったが、盾は敢えて出さないと決めた。どうせ……であろうと。
(では、逝くとするか)
自分の皮肉に少しの笑顔を浮かべながら、俊三は歩きだした。
目的の場所に辿り着いた俊三、そこには巨大な椅子だけが鎮座していた。
椅子の前まで来た俊三は、その場で座り込む。
本当は正座でもした方がいいんだろうな。などと思っているが、鎧では正座が出来ない為、胡坐をかいて座る。剣は腰から外し、左手横に置いた。両手は腿の上に、そのまま頭を下げて待機する。
座して待つこと暫し。
強大な気配が上から降りてきた。
その気配が椅子に座った、と感じると、低く圧し掛かるような声が呼びかける。
「良い、頭を上げよ」
ゆっくりと、頭を上げる俊三の目に入ったのは、如何にも神、という重圧を振りまく一人の男。だがその身体はゆうに5mは超えていた。
そんな重圧を感じながらも、その場で黙って見つめる俊三。
「人族よ、そこまで畏まる必要は無い、発言を許す」
「はっ!ありがとうございます。私の名は新藤俊三、異世界よりこの世界に呼ばれ、勇者をやっております。この度はお目通り戴真ににありがとうございます」
「して、何用だ?」
口上を告げる俊三に対し、気にする事もなくさっさと要件を述べるよう告げる神。ならばと早速俊三は告げる。
「神にお願い奉りまする。魔王及び魔王軍の侵攻、これらを止めていただきたい」
「それは出来ぬ」
「何故ですか!?」
「この世界の理に反するからだ」
「理、ですか…」
「そうだ、この世界はそう在れと作られている」
この世界は、魔王ありきで考えられている。そう神からの答えに俊三は絶句する。
簡単に言えば、魔王軍が現れ、人族を蹂躙する。それがこの世界の自然の摂理である。神はそう俊三に告げたのだ。
暫し言葉を失う俊三、ならばと次の提案をする。
「ならば1000年、いや、500年。今の倍の300年でもいい、人族に平穏を戴けないだろうか」
「そんな事をしてどうする?人族は増え続けこの世界を破壊するばかりではないか…そも、人族とは何故にあれ程争うことが好きなのだ。
自分達こそが選ばれた者であり、神の代弁者であると考えている。己の考えが正義と考え他者を蹂躙する。同じ人族であるにも関わらずだ。
愚かとしか言いようがない。人族とて、この世界の生命の一つでしかないと言うに、誠愚かよな…。
この世界を作った我が姉にも問い質したいものだ。何故斯様に不完全な生命を生み出したのか、とな」
「それは…」
俊三は答えられない、自分が居た元の世界。この世界でもそうだった。大小様々ではあるが、人は争い続けている。
考え抜いた結果、俊三はこう答えた。
「人は考える生き物であり、多くの感情を有するから、でしょうか」
「ならばその感情も、考える力も奪えば争う事も無くなるのか?」
「いいえ、それらが無くなってしまっては人では無くなるでしょう。人はその多くの考えや感情をもって人であると愚考します。
その中でも特に重要だと考えられる事が有るとすれば、それは他者を敬い愛する事が出来る事です」
「だが同時にその愛と言う感情や考えは、他者を憎む元でもあろう?やはり人族の感情なぞ我には良くわからぬ。
我が彼の地よりこの世界に呼ばれ降臨する際、前任でありこの世界の神であった我が姉は魔王と魔王軍の仕組みを実行する手前であった。故に我はその仕組みを引き継ぎ実行した、ただそれだけの事なのだ。
だが、その結果、我が人族から悪神と呼ばれていることは承知している。自分達を生み出した姉は女神である。だが、自分たちに害を及ぼす、我は悪であると決めつけた。
本は姉が考えた仕組みであるにも関わらず、それを知らぬがゆえ実行した我は悪で在る、とな。
勇者よ、これをどう思う?」
言葉が出ない。そう、人とは過去より自分に都合の良いことを善とし、都合の悪いことを悪とする。その考えに共感した人々が最初の呼びかけを行った者を長とし、集まり集団を作る。その集団は都合の悪いものを悪と称し排除していく。排除対象にされた者達は当然抵抗する。小さな諍いが、気が付けば命の遣り取りへと変わっていくのだ。愛する者を失うことで憎しみが生まれ、その憎しみはさらに多くの命を奪い増大する。小さな火種は大きな災いへ、命をただ奪い合う戦争へ発展していくのだ。
「もう帰るがよい、勇者よ」
「帰りません、なにとぞ、なにとぞ考慮戴けないでしょうか」
「話にならぬな」
頭を下げ続ける俊三を、神はじっと見続ける。
「ならば、この命を以って貴方様を楽しませましょう」
「突然だな。何を以って楽しませると言うのだ」
「私は勇者、貴方様と戦います」
本当に、突拍子もないことを言い出す俊三、一体何を考えているのか神ですら伺い知れない様子が見て取れた。
「愚か、それこそ諍いでしか無いではないか」
神は呆れた、この上まだ戦う事を選ぶ俊三に。何故戦うのか理解できないのだ。
「それでも私は戦う事しか出来ません。
私は異世界の出身ではありますが、この力はすべてこの世界にて得たもの。今の人族がどのような存在なのか、御身を以って感じていただけないでしょうか?
此の身、此の命、全身全霊を以って全力で挑みます。その上で何か少しでも感じる事が在るのならば、先ほどの話、ご考慮願えないでしょうか?」
「誠、身勝手な言い分であると理解しているか?」
「分かっています。ですが私には他に考えが及びません。この願い聞き届けて戴けないでしょうか」
真剣な眼差しで神を見上げる俊三。
都合の良い理不尽な言い分に心底呆れる神であったが、これが呆れると言う感情でり、考えでもあるか。などと思ってもいる。
どのような言い分であれ、久方ぶりに神である自身の感情が多少なりとも揺さぶられたのだ。
「よかろう、掛かってくるが来るがよい。だが我は神、一筋縄ではいかんぞ?」
「元より承知、人の身で神に敵うとは思っていません、せいぜい楽しんで戴きますよ」
そう言って俊三は剣を持ち立ち上がる。
神を見つめながら、後ろ歩きで少し間合いを取ると、鞘から剣を抜き構える。神は椅子に座したままであった。
「では、参ります」
うなずく神を確認した俊三は、その場で極大魔法を連発する。様々な光が入り乱れ視界を塞ぎ轟音・爆音が響き渡る。
どれ程魔法を撃ち込んだのか。眩い魔法光が収まった俊三の正面には、最初と変わらぬ姿で佇んでいる神が見えた。
「魔法は我らが作った理ぞ?効く訳があるまい」
なるほど納得である。そう考えた俊三は剣を握る手に力を入れ構え直す。
やはり盾は必要なかったな。
この場に来る前、俊三は一瞬だけ神の反撃を考えた。が、恐らくそんな事にはならないだろう、とも考えていたのだ。
「では、剣技を以って参ります」
ふと、俊三はこんな時どんな台詞を言うべきか思いつく。恰好付ける訳ではないが、この言葉が良いだろう、と。
「改めて。新藤俊三、押して参る!!!」
気合を込め、俊三は突貫する。
全身全霊、己が命を燃やす。
己の命が尽きるその時まで…。
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