第40話 いやいやいやいや
渉がその世界の辿り着いたのは召喚から5日目であった。
出た所は城の地下。
現れた渉に掃除中のメイドが驚き声を上げる。そこに城の兵士も現れてんやわんやである。
取り敢えず日本国の使者である旨伝えると、王城の一室、会議室のような場所へ案内される。
当然当初は疑われた。
なにせ突然現れたのだ、この国のお偉いさんに囲まれ質問攻めにあう。
持参した証明を見せる事で文字の違いを把握させる。
敢えて知らない文字を見せる事で、本当の事ではないか?と相手に考えさせるのだ。
その後何度も丁寧に日本国の使者である事、全権委任者であることを伝える。
ようやく話が通じ、召喚された者達の所在について確認し終わる頃には夕闇が過ぎ、辺りは暗くなっていた。
会議室に召喚された者達が案内され、現れたのは夜も遅くなってきた頃であった。
だが、そこで問題が発生する。召喚されたのは5人、会議室に現れたのは4人。一人足りないのだ。
「えーっと、一体どういう事でしょうか?」
「それがその…突然いなくなってしまいまして……」
そう告げて来るこの国のお偉いさんの1人、その言葉を聞いた渉は頭を抱えたくなった。
「攫っておいていなくなったとは…国際問題にでもしたいんですか?」
「いいえ、決してそのようなことはございません。召喚した者達は国として大事に扱っています故」
「無断で召喚という名の拉致しておいて、大事にですか。随分と上からの言い訳に聞こえますがね。これは日本国としても遺憾を示すしかありませんね」
何人か並ぶこの国の役人たちに威圧を放ちそう答える渉。
今迄は召喚さえしてしまえばどうとでもなった。だが、今回召喚した世界の住人はこちらの世界に渡ってくるだけの技術や力があったのだ。
そうなるとこの国はただの誘拐犯、隣国からも非難される事となる。
「しかしですな、今回召喚した事にも理由があるのです。それに勇者様方から逃げ出す者がでるなど到底考えておりませんでした」
「言い訳の必要は有りません。どのような理由があるにせよ、我が国の住人を攫った事実は変わらないのですから」
「……」
「で、どうして行方不明に?警備体制は如何なっていたんでしょうか?」
「それがその、散歩に行くといって裏門から抜け出したようでして、裏門からは森も近くそこに逃げ込まれたとの事です」
なんともお粗末な話だ。召喚して5日目で勇者の1人に逃げられる。
「勇者として召喚させていただきましたが、その人物の適性が勇者向けではなく悩んでいたようでして、それで気分転換の散歩を許可した次第でして」
言い訳がましい。
そんな事を考えた渉だが、その場に居る他の召喚者達にも話を聞く。
「君たちはどんな仲なんだい?」
召喚され残っている4人は顔を見合わせると、ひとりの男子生徒が代表し答えて来る。
「クラスメイトです」
「仲は良い方なのかい?」
「いいえ、彼と会話したことは殆どありません。この3人も同じような感じじゃないでしょうか。何度かこちら挨拶はしたことがありますが、まったく返事が無いんですよ」
「どんな人物かも良く分からないってことかな?」
「はい、この世界に一緒に召喚されたので、色々みんなで相談しようと声も掛けてたんですが、黙ってこちらを見つめるだけで…そのうち睨むようにしてきてその場から逃げてしまうので…」
「典型的な無口キャラか、陰キャか…イジメに在ったりしてた様子とかある?」
その言葉に彼は他の3人に目で訴えかける。残りの3人は困惑するが首を振ている。どうやらイジメの線は薄いようだ。
「良くは知りませんが、僕たちのクラスは比較的仲も良くてイジメとか聞いた事もありません」
「う~ん」
井上からもらった資料でも家庭に問題が在るように思えなかった。
となると後は本人の資質や考え方だ。
「これは早急に探しに行かないとかなぁ」
渉の言葉に反応したのは役人たち。一瞬で青ざめ渉に問いただしてくる。
「な、何か問題が!?」
「いいえ、この国の問題ではなく彼の問題ですのでご安心を。もっとも警備体制については問題しかないでしょう。彼を探しに行きます、なので捜索後もう一度お話はさせていただきますよ」
「我が国にどうせよと?」
「それを決める為の話し合いです。まずは彼の安全確保が最優先です。連れ帰ったら話し合いの続きをしましょう。この場に国王陛下はいらっしゃらないようなので、相談するなら私が捜索に出ている内に済ませてくださいね」
渉はニコリと微笑み浮かべるも、その目は笑っていない。役人達を牽制する。
話の内容はわかっても、自分たちが如何すれば良いのか判らず、困惑している残りの召喚者4人へと声を掛ける。
「安心していい、俺が何とかするから君たちは部屋で休んでいるといいよ。戻ったら今後の事について話をしよう」
「はい、わかりました。此処に居る4人については、すでに話し合いで今後どうするか決めてあります。僕たちの話を聞いてください」
「しっかりしているなぁ」
「3年間も授業で習っているんです、当然どうするか考えますよ。自分がその立場になるとは思っていませんでしたがね」
「そりゃそうだ。んじゃ、ちょいと連れ戻しに行ってくるわ」
そう言い残し、その場を後にする渉。メイドの案内を受け裏門へと向かう。
すでに夜は深け月明りだけが辺りを照らしていた。
──森、と言ってもそこまで深い森ではなさそうだ。
裏門から出ると川が有り、橋の先には少し小高い山。後ろからの攻めに対して川と山を盾にして建築されたのだろうが、この川幅と山の高さでは壁にもなるまい。
渉は橋を渡りながら探査能力を発動する。少し距離があるが何人かの気配や魔力を索敵する事が出来た。
問題はこの中のどれが本命であるのかだ。
直接彼にあった事のない渉は、その気配や魔力がイコールにならない。
「仕方ない、近場から当たっていくかね」
夜になっていても活動する人間が居なくなるわけではない。
街に帰る者もいれば、夜間にしか取れない獲物を求める狩人や採取者もいる。
渉はそんな動きを察知し、こちらに向かって来る者は恐らく帰還者であると判断すると、奥へと向かう人物の動きに当りを付け月明りの空へと舞い上がる。
「う~ん、この辺りはモンスターらしき気配も感じないな」
城からそう離れていないのだ、当然と言えば当然である。
街の傍でもある。居るのは野生動物ばかりだ。
こんな近くにモンスターが発生しているようなら、かなり危険が迫っているとも考えられたが、現状ではこの国に危機は迫っていない様子。
ならばどうして勇者召喚を行ったのか。
渉は思考の片隅で考えながら目的の人物を探す。
すると急激に生命反応が落ちていく人物が居ることに気が付く。
──あっ、コイツだわ。
こんな浅い森で命の危機に瀕するのは、平和な日本で生きている若者以外考えられない。
身近に危機が多い世界、そんな場所で暮らす子供達は自ら危険な夜に出歩かない。夜活動する大人であれば目的が有って行動するくらいだ。
辿り着ていてみれば案の定というかなんというか。
スマホで辺りを照らしているのだが、アレではいい標的だ。
次の瞬間、蛇に足を噛まれもがきながら抵抗しているのだが……。
渉はあえて傍観する事に決めた。
──少しお灸を据えるべきだな。
格闘の末、森の奥へと元気に逃げていく蛇、対照的に動けず這いずる彼。
恐らく近くを通ったことで反射的に噛みつかれたのだろう。野生動物等のテリトリーに入れば当然の結果であった。
──神経系の毒だな。猛毒者なくて良かったじゃないか。
そんな考えを浮かべ、上空から降下し彼に治療を開始していく。
「やれやれ、こんな事になっているんじゃないかと思っていたら案の定か」
治療しながら彼の惨状?を確認し、渉は思っていたことを口にする。
「いや、まだ死んで無いし。十分助かるからいいけどさ」
取り敢えず治療をしたが、当然呆れても居た。なにせこの様である、何故彼は逃げ出したのだろう。
その理由は簡単に思いつく。
「もう治してあるから平気でしょ。さっさと立ち上がってくれないかな?」
渉にしては随分と突き放した言い方をするが、この手のタイプは思い込みも激しく夢見がちなのだ。
甘やかしすととことん付け上がる。
立ち上がる彼の手に拾ったスマホを渡すと、森での行動に文句も言いたくなってくる。
「いや、君は阿保なのかい?こんな暗闇で灯りを点けるなんて自殺行為もいい所だよ。野生の獣に寄って来てください、襲ってくださいって言ってるようなものだ」
一瞬ムッとした表情を浮かべる彼。
助けられたにも関わらず、そんな表情を浮かべる。その考え方もまるで小学生くらいの子供だ、嫌味も言いたくなる。
「それに只の蛇にあそこ迄やられるとはね~、モンスターでもない只の蛇に」
「え?」
彼から思わず声がでた。
そう只の蛇、モンスターではないのだ。
「森に住む野生の蛇だね~、まあ地球で言うならアナコンダみたいなものかな。巻き付きにはかなりの力が有ったみたいだから」
「そう、なんですか…。え?地球?」
存在証明という訳ではないが、敢えて”地球”言葉を発する。マジマジと渉を見つめてくる彼に対し、自己紹介をしていく。
「そりゃそうさ、地球から来たんだから。始めまして
「い、異世界課…」
──いや、召喚事件なんだから来るでしょう。コイツは中学時代何を習って来たんだ。
完全に呆れてしまった渉。呆然とこちらに視線を向けている安達に追求する。
「そう、異世界課。召喚事件なんだから当然来るに決まってるでしょ?てかさ、何で大人しく待てないかな?」
「う!そ、それは」
やれやれ、このパターンか。そんな事を想いつつ安達に告げる渉。
「まあいいや、取り敢えず城に戻るよ。別にこの世界で生きていくのは構わないけど、手順は踏んでもらわないとならないからねぇ」
「は、はい……」
「もっとも野生動物程度で死にそうになるくらいだから、この世界でやって行けるかは知らないけどね」
もの手の人物は、物語が自身に起こると英雄になれると勘違いしがちだ、まさにその名の通り浪漫の見過ぎである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます