第28話 逃げた渉と新たな事件
突然、執務室に現れた渉に、一瞬驚く岩田。日本時間は深夜であった。にもかかわらず待機していた岩田である。
「おう、お疲れって、本当に疲れてる様子だな」
「ええ、疲れたというか憑かれたというのか、ちょっと手に負えそうにない獣の相手を…まあ、助かりました。って、そんな事はどうでもいいです。緊急の呼び出しって今度は何があったんです?」
「そうか?まあ少し待て、今大地にここへ来るよう言ってある。現状を一緒に聞こうじゃないか。コーヒーでいいなら用意するぞ」
「それじゃ、お言葉に甘えます」
そんな岩田の労いに、安堵する渉。ソファーに座ると岩田がコーヒーを差し出してきた。
10分程で執務室の扉がノックされると、井上が入ってくる。
「岩田室長、加賀美さん、お疲れさまです」
「おう、お疲れ~。で?今度はどんな事件なんだ、大規模召喚って話だけは藁科さんから聞いたんだけど」
井上の挨拶にそう答える渉と、頷くだけの岩田。井上の表情は芳しくない。
「自分がこの課に配属されてから、それどころか、過去に例を見ない大規模召喚ですね、対象人数は1000人超えますから」
「1000人だって!?嘘だろ!?」
「嘘でも冗談でもありませんよ、残念ながら事実です。事件発生推定時刻は本日昼前、今は職員総動員で召喚当時学校に居無かった教員や生徒の確認、外部からの来校者、食堂なんかの業者の確認させてます。発見が遅れたのは全員攫われた為です。夕方以降、生徒の家族が騒ぎ出したことで判明しました。聞き取り調査でも、午前昼前に対象の学校へ出かけた人物と、連絡が取れていない事も判明しました。ですので推定で昼前か昼頃です。データ送ります」
「マジか、召喚光とか無かったのか?てか、1000規模とか俺だって初めて聞いたわ。それで場所は?」
「静岡です。県内でも生徒数が多い事で有名な高校ですね。そして今回その敷地内すべての人達が召喚されました」
少子化の現代日本、そんな中で1000人近い生徒を持つ学校はかなり少ない。統廃合された学校も少なくない。合併を繰り返した高校でも、1学年200人程度いれば多いと言えた。
「静岡かぁ。首都圏への移動時間もそんなに掛からないし、雪の影響も少ないから今人気なんだっけ?」
「そうですね。土地もそれほど高くないのでマイホームが欲しい世代に人気です。その為それなりの規模の学校も多いですね」
2150年代、東京=静岡間は遠くない、通勤でも1時間掛からない。都内の移動を考えても、1時間そこそこで仕事場である。県は居住を推奨しており、通勤費の一部負担もしている。そのため家を持ちたい30代や40代に非常に人気であった。
「幸いをいうか大人も一緒に召喚されています。生徒のみではないので協力を求めることも出来るでしょう」
「でも、義務化以前の世代だろ?大丈夫なのか?」
「教師への講習も義務化されてますから、おそらく大丈夫でしょう」
うんざりする渉に対し、おそらくと言いながらニコリと告げて来る井上。だが、真面目な顔に戻ると、怒りを抑えながら渉に告げる。
「今回の召喚、規模を考えると兵士の増強の可能性もっとも高いです。ならば早急な対応が求められる」
「おそらく処か、それで間違いないだろうね。だけど1000人…、1000人か~俺1人で1000人とか、無いわ~」
「仕事です、諦めてください」
渉の事情を正確に理解していない井上。対して岩田は渉を心配そうに見つめていた。
日本から救援として向かうことが出来るは渉だけ。たった1人で対応するのは大変だろう。井上的にはそんな考えである
だが事情を知る岩田は違う。1000人分の能力吸収が、果たして渉にどんな影響を及ぼすのか、そんな心配をしているのだ。
「教職員や生徒名簿も送信しました、後はその時間外部からどんな人物が訪れていたかです、加賀美さんにはすぐにでも現地に向かっていただきたい。現場検証の結果や、必要なデータに関しては随時送信します、時間との勝負になります。早急の対応をお願いします」
「ハイ」
そう答えるしかない渉。イギリスダンジョン事件中も召喚事件に同時対応していたため、すでに彼の中では5か月以上休みなく働いていることになる。
「岩田さん、今度の事件が解決したら、俺休暇をとりますからね!」
「お、おう。わかった」
渉の休暇、それは1日だけの休み。だが、それは地球時間であれば、である。
実際は、観光気分で異世界に行き。数年過ごしてくるのだが、10年すごしても1日後に戻れる渉にしてみれば長期休暇だ。
(次のバカンスは大賢者の所にでも遊びにいこう。あ、まだ生きてるかな?まあ、くたばっていても英霊か守護者になってるはずだから、会いにでも行こうかな)
すでに宿泊施設を大賢者の家に決めている渉。彼の家は僻地にあるが、環境的には穏やかな気候であり、近くに水辺もあるため、快適にであり最適である。
たとえ死亡していても、家は残っているだろう。そんな考えの渉。間借りする気満々である。
「あ、静岡行く前に皇居とか寄っていきますから、岩田連絡しといて下さい」
「ああ、そうだな。許可書の発行依頼はこちらでしておく」
「ありがとうございます、それじゃ行ってきますね」
「私も後で合流します、現地でお会いしましょう」
渉の言葉にそう返事をする岩田と井上、手を振り退室していく渉を見送っていた。
〇●〇●〇●〇●〇
「失礼します。加賀美参りました」
そういって、入室した場所は皇居門に作られた一室。高貴な方々の居住まで加賀美が入ることは無い。
数年前建築されたその場所。そこで皇族や、その使いの人と遣り取りをする事が決まりとなっていた。
「ご苦労様です」
そう言ってソファーに座る人物が渉に声を掛けた。
「あれ?皇女様いつ日本にもどったんですか?」
「すでに教育課程は修了しています、早めに帰国しても問題ありません」
海外の大学へ留学していた彼女。本来なら秋に卒業、帰国のはずだった。
「
「いいえ、強面のおっさんより何百倍も素敵ですね」
「ふふふ」
何気ない振る舞い、だがその所作はとても美しい。
現代の大和撫子。
国民から絶大な人気を誇る皇女である。その高貴さと美しさ故なのか、国民から皇女様と呼ばれているが、名前で呼ばれている事を見たことが無い。
その名を呼ぶことですら恐れ多いと、皆口々にそういうためである。
そんな人物に対して大変失礼な態度の渉。後ろに控えた護衛から強烈な視線が突き刺さっていた。
「今回の召喚は大規模だと伺っております。どうか我が国の国民をお守りください」
時刻はすでに深夜を越えていた。にも拘わらず、渉に許可書渡す為その場に居た皇女様。憂いを帯びた顔で許可書を手渡すと、立ち上がり深々と頭を下げる皇女様。
国民一人一人を想う姿勢。それは過去から現代まで脈々を受け継がれている。
そんな彼女の行動は、渉の気持ちを引き締めてくれる。
「お任せ下さい。必ずやお守りして見せます。そして無事に帰国させることをお約束いたします」
「はい、信頼しております」
ニコリと微笑み合い一礼し退室する渉だが、皇女様は見送りのため、わざわざ外まで送ってくれた。
皇居門の前で、皇女様は渉に励ましを告げる。
「無事の帰還をお待ちしております」
「はい、ではいってまります」
ふわりと地面から足を離し浮かんでいく渉。その様子を護衛はびっくりしながら見ている。
微笑みを浮かべ手を振る皇女様。そんな彼女に手を振り返し、ある程度の高さまでたどり着くと、渉は一気に加速した。
月明りの中、空を駆る渉。
月明りが照らし出した渉。幻想的な光景、彼が見えなくなっても皇女様はその場に佇んでいた。
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いつも、読んで下さりありがとうございます。
お知らせです。
第一話から第七話までですが、改訂が完了致しました。以後の話については現在未定になります。
今後とも、よろしくお願いします。
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