第17話 この世界について考える

「やっと解放されたわ」


 昼までの勉強会を終えた真紀は、昼食を済ますと、そのまま王宮の中庭へと歩き出していた。


 慣れない事ばかりの日々、この世界に召喚されすでに9日目、未だ現れない異世界課職員に少し不安も覚え始めていた。


 この世界については日々勉強している。そんな話の中で聞いた聖女の役割。


 真紀にとってはどうでもいい話ではあったのだが、聖女の役割がどれ程重要であるのか、マンツーマンでコンコンと説明されれば、嫌でも頭に入ってくる。


 聖女の役割、それはこの世界中のどこかで発生する瘴気を浄化する役目であり、瘴気から発生する魔獣討伐に同行し、結界や回復、強化魔法で兵士達の補助をする立場らしい。


 らしいというのは、それ以外にも聖女には色々な役目がある。どうやらこの世界は女神信仰で、聖女はこの世界では神の使い。多くの役割を説明されたが、覚えきれなかった真紀は、輿として出番が多いようだ。という感じで認識していた。


 そんな話を聞きながら、つくづく自分は聖女で無くて良かったと感じている。


 だが、そんな真紀もそろそろ焦り始めていた。


 教育係が言うには、ある程度の教育が済めば、支度金を受け取り、この城を出ていくことが決定していたのだ。


 聖女で無い者は不要、との王子の判断である。


 還せないのに放置する。捨てられるのだ。


 その話を聞いた真紀は、やっぱりそのパターンか、等と思った。良くある物語でも巻き込まれた人物が城から放り出されていた。自分もそのパターンなのだと。


 だがテンプレだと、この後放り出された人物が実は真の聖女だった、というパターンが殆どだ。


 物語としてはそれが盛り上がるのであるが、実際巻き込まれ、適正を調べた結果、どうやら真紀は聖女では無いようだ。


 捨てられる前に、回収に来て欲しい。などと考えてもおかしくは無いのだ。


 そんな事を考えながら歩いていると、生垣の向こうから諍いが聞こえてくる。


 なんだろう、兵士を呼んだ方がいいのか、等ど考えながらも好奇心からその現場を覗いていた。


 若い男性だ、その男性は正面に居る2人に対して深々と頭を下げ、何度もお願い事をしていた。


 正面の2人には見覚えがあった、


(あれは、召喚の時に居た人かしら…、それにもう一人は私と一緒に召喚された人だわ)


 彼女を護るような体勢で、正面の人物を睨んでいる。彼の後ろで怯えるように隠れる女性。


 そんな彼女の服装を見た時、「あ、やっぱり私って扱が酷かったのね」と真紀は思った。

 彼女の服装は、この世界で初めて見る豪華なドレス、首元や耳には奇麗な宝石が見て取れる。


 あれが聖女の扱いなのかしら、などとこんな状況であっても不満が出てくるのである。


 覗き見る状況を確認する、依然繰り返し頭を下げ言い続けている人物に目が行く。


「どうか、どうか聖女のお力を我が国にお貸しください!」


 そう頭を下げる彼の見た目は、彼女を庇う男性よりも精悍な感じだ。ぱっと見どちらも稀にみる美男子だが、どちらも違うタイプ「さしずめ2人とも物語で出てくる王子かな」流石異世界などと思っていると、会話の内容からどうやら本当に王子らしいと解る。


「くどい!何度頭を下げられようと、彼女を貴国に向かわせることは出来ない。こちらも何度も言っている。彼女は召喚され間もない、召喚の影響で体調も優れず、未だ聖女の何たるかも教わっていないのだ。そんな彼女を現在もっとも危険である貴国に向かわせるなど、出来るはずがなかろう!!」


 会話の内容から、断っている人物の言い分も、もっともだと感じる真紀。だが実際は…真紀、知らぬが華である。


 それでも余程切迫しているのか、頭を上げようとしない男性。


「行くぞ、サク。不愉快だ!」


 そう捨て台詞を残し、去っていく2人。

 そんな2人の気配が無くなると、男性はその場で膝から崩れ落ちた。

 慌てて真紀は彼に近づき声を掛ける。


「大丈夫ですか?」

 

 どう見ても大丈夫な感じはしなかったが、言葉を掛けずにはいられ無かった真紀。掛けられた声に反応し、顔だけを声の方向に向けたが、その瞳に力はなく、まるで縋るように真紀を見つめた。


「…君は?」


「あ、突然すいません。中庭を散歩していたんでが、大きな声が聞こえて来て…、それで、その気になって覗いてしまいました」


「そう…か、それは見苦しいものを見せてしまったね」


「いえ、そんな…、盗み聞きしてしまい申し訳ありません」


「いや、いい。こんな所で話をした私が悪いのだ」


 物悲し気に見つめてくる彼は、その見た目と裏腹にとても弱々しく感じた。そんな彼を見た真紀は一瞬ドキッとしてしまう。


 精悍な美男子の弱り顔、いわゆるギャップである。少し自分の顔が熱くなることを感じ、私ギャップ萌えなのかしら、などと考えながらも言葉を続ける。


「もしよろしければ、そこの椅子にでも腰かけてお話しませんか?何か悩み事があればお聞きします。もっとも聞くだけでお力にはなれませんが、少しは気分が晴れるかもしれません…から」


「そんな、初対面の名も知らぬ女性に不躾ではないか?」


「いいえ、名も知らぬ者同士であればこそ言えることもあるかと。なのでこの場での自己紹介はやめましょう」


「なるほど、そんな解釈もあるのか、では少し聞いてもらうとしよう」


 本来であれば彼女に対し、話す事ではないだろう。だが、彼女の優しげな瞳が、気遣いを感じられる声が、何故か弱みを見せてもいいのでは?と、彼に不思議な気持ちを持たせたのだった。


 二人は微笑み合い、椅子に腰かける。言葉を選んだゆっくりとした会話ではあったが、真紀は彼の事情を把握していく。




 彼はこの国から、南に国境を2つほど超えた国より使者として来たようだ。温かい気候の国で、数年前まではとても平和な国であったとの事。


 だが、3年前に小規模な瘴気が各所で発生した。


 当然かの国でも騎士団が出向き対応した。


 だが、その場に聖女は居なかったという。


 瘴気発生の半年程前に前任の聖女は天寿を全うしていた。


 本来ならば、聖女が亡くなる前に新たな聖女が誕生する。

 誕生した聖女は前任の聖女より教えを受け、女神の聖地と呼ばれる場所で修業をするのだ。


 だが何時まで経っても次代の聖女が誕生しない。


 そんな筈は無い。


 各所、各国で聖女を探索する。何とか見つける事ができた聖女。だがそれは1歳に満たぬ幼子であった。


 聖女の力が借りられぬ。そんな状態で、魔物の討伐に向かう兵士達は多くの命を失うこととなる。


 それでも何とか民への被害は最小限に抑え続けていた。しかし晴らせない瘴気はどんどん大きくなり、遂に聖女の力無しでは人の手に負えなくなる。


 各国でも、次第に瘴気が発生しだした。


 他国で発生した瘴気は、かの国程大きくは無い。だが、今後のどのような事態に陥るのか。これからを考えると、かの国へと応援を出すことが出来なくなる。

 

 聖女が成長するまで、どのようなことが起こるか分からない。結果、かの国は孤立し始める。


 状況は最悪。各国への応援要請もままならなくなって行く。


 状況を打開するため。と、この国が聖女召喚を行った。と聞いたのは4日前。


 当然、現在一番被害を受けているかの国は、聖女の援助を求めた。

 だが結果として先ほどの会話である。


 この国に彼が辿り着いたのは2日前。睡眠も取らず、本来なら数日掛かる道のりを「祖国の為」と馬を走らせ、わずか2日で一人この国まで辿り着いたのだ。


 そんな彼に、召喚されて間もない、修業を行っていない、故に協力はできない。と、この国は断ってきた、それは実に残酷な言葉であった。


 当然と言えば当然ではある。だが、古文書に記された召喚されし聖女は、その力を最初から理解していた。とも書かれていたのだ。


 故に彼はこの国まで来た。一縷の望み、それこそ藁にもすがる想いで。





 そんな彼の話を聞き終えた真紀、その心中は複雑であった。


 もし、自分が聖女でこの話を聞いてしまったら…。だが、自分は聖女では無い。


 目の前で悲しみを浮かべる彼の力になれればいいのに…。力の無い自分でも、何か出来ないだろうか?と考えている自分が真紀には不思議だった。


 だから、つい彼にこう言ってしまったのだ。


「ごめんなさい」


「何故、君が謝るんだ?」


「私、聖女様と一緒に召喚されてきたの」


「一緒に…召喚?」


 彼を見つめながら自身の事情を説明する。聖女とともに召喚されてはいても、何の力も無い自分。


 一緒に召喚された聖女である彼女が、未だ何もしていない現状を先ほどの会話で何となく把握もしていた。


 力が在るからやれ、そう言われてそれに従うのは嫌だ。とも真紀は思っている、彼女の在り方を否定する気持ちも無い。


 そのうち異世界課が迎えに来て、自分達は日本に帰るのだ。この世界の事はすっぱり忘れることになるのだ…。


 だが、教科書の言葉でどうしても考えてしまう言葉が有る。その台詞が胸に突き刺さる。




  『あなたはその世界を救いたいですか?』




「傲慢ね…、私には何の力も無いのに、救えない自分に腹が立つの」


「ハハ、それを言ったら私にも力が無い。民を護れていないのだから…、力が無い故この国まで救いを求めて来たのだ。結果、こんな無様な有様さ」


「そんなことは…あ、ごめんなさい。そろそろ時間なの」


「いや、付き合ってくれてありがとう、少しはすっきりしたよ」


「そんな…」


「いや、確かに君に話をする事で気分を切り替えられた。今は気分を切り替え、別の手段を考えようと思う」


 彼の瞳に、力強さが戻ったと感じる真紀。これで少しは大丈夫になったかしら、自分は少しでも力になれたかしら。等と考え立ち上がり、その場を去ろうとする。と、後ろから声を掛けられ振り返る。


「ありがとう、名も知らぬ美しい君よ、最大限の感謝を」


 とても美しい姿勢でお辞儀をしてくる彼。そんな台詞を臆面もなく述べられ、真紀の顔は真っ赤になるのである。






〇●〇●〇●〇●〇






「彼、本当に大丈夫かしら…」


 その夜、自室で就寝の支度をしていた真紀、頭の中には昼の出来事が思い出されている。

 

 もし自身に力が有り、この世界を助けると決めた時。


 それは二度と地球に、日本に戻らない。


 そんな決別を意味している。

 何故、二度と戻ることを許されないのか、その理由までは教科書には書いていなかった。


 そんな考え事をしている真紀に、突然声が掛けられる。


「こんばんは、河田真紀さん」


「誰!?」


 部屋の中を見回しても、誰もいない。だが、良く見ればフワフワと光の玉が浮いていた。


「何これ?」


「私、異世界課の加賀美渉と申します。夜分の訪問失礼いたします」


「い…せ、かいか?」


「聖女召喚の対応のため、日本から参りました。この光の玉は音声のみ伝える能力です。何分夜遅くなってしまったので、部屋への直接の訪問はご遠慮させていただきました」


 さらりと、訪問という不法侵入を告げてくる渉。


「そう、なのね」


「はい、明日にも王宮へ出向きます。その前に事前報告と確認ですね」


 光の玉から聞こえてくる声は、若い男の声。その声は若いのに、声音は随分老成されている。真紀はそのまま光の玉に尋ねる。


「そうなのね、それでこの世界ってどうだったの?私ほぼ監禁状態だったから、講師からの知識以外は何も調べられなくて…、もっとも調べられたとしても、私には何も力が無いですけどね」


「ふむ、そうですね~、この国やその周辺国ではそれ程被害は出ていません。ですが、ここから少し離れた国では、かなり被害が出始めていますね」


 その渉の台詞に、昼間の彼の言葉を再び思い出す。

 現状、世界としては滅ばない。だが、彼の国は滅んでしまうのかもしれない。真紀にはそんな言葉に聞こえていた。


「それまでは沢山の人が死ぬんじゃないの?」


「そうですね、ですが我々日本国の介入は、その世界の危機が条件です。現状では手助けができません。それに……」




 続く渉の言葉に真紀は絶句する。


「そんな、そんな事ってあるの……」


 真紀のその顔は今にも泣き出しそうであった。


「確認の結果です。ほぼ間違いありません」


「そんな…」


 再び言葉をなくす真紀、そんな真紀に渉が問いかける。


「もしあなたに聖女の力が在れば、この世界を救いますか?」


「そうね、私は確かに自分が大事、友達も大事、でも私の手で誰かを救えるのなら救いたい。目の前に救える命があるのなら手を伸ばす、そう考えるだけ傲慢でもあるのよ」


「その選択が、日本には帰れない結末だとしてもですか?もっとも、現状あなたには力はありませんが」


「どっちもわかっているわよ!そんな事!」


「聖女の力ってそんなに必要ですか?」


「は!?この世界にとっては重要な力なんでしょ、何言ってるのよ!!」


 渉の訳の分からない問いかけに、困惑する真紀。一体何が言いたいのか理解できない。


「では、私からの助言です。その上でどうするのか良く考えてください。いいですか?確かにあなたには聖女の力有りません」


「聖女の力、…?」


 ちょっとした言葉遊びのように渉が言ってくる。

 まるで光の向こうで渉がニヤニヤと笑っている、そう感じた真紀はイライラを爆発させ渉に逆襲する。


「そんな、遠回しな言い方しないでハッキリ言いなさいよ!貴方絶対モテ無いでしょ!!」


 図星を突かれ、光の向こうで崩れ落ちる渉。


 そんな二人の会話は深夜を過ぎても続くのであった。





 尚、遅くまで話し込みすぎたため、もう一人の召喚者の元へ渉が行くことは無かった。








──────────────────


 いつもお読みくだる方々、ありがとうございます。


 説明文や背景などを増やし、行間など手を加え、読みやすい文章を目指しています。


 拙い文章で恐縮ではありますが、色々試行錯誤しながら、ゆっくりと進めて参りますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。

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