第8話 日常1
昼食後の時間、とある部屋の扉がノックされ、返事も待たずに男が入室してくる。
「岩田さん。ただいま、戻りました」
「お疲れさま」
加賀美のそんな声に、部屋に居たもう一人の人物が答える。
「これ、今回の事件の報告書です」
そう言って加賀美は、彼が座っていた机の上に置いてある端末に自分の携帯端末をかざす。メールでもいいのだが、機密が多いため直接データを持ち込んでいた。
「おう、後で確認するよ」
低く渋い声だが、見た目とは裏腹に軽い感じで返事をしたきた。
「今回の召喚事件、生徒達の聴取は終わったんですよね?」
「ああ、昨日終わっているよ」
「何か書いてありました?」
「聴取書を見る限りでは特に無いな、まだ全部に目を通したわけではないがカウンセリング手配はしてある。
あの年代の子供達がどう考えているかなんて、私達には解らん、それでも心のケアはしておくべきだ」
「戦場に出なかったとはいえ、一歩手前まで行きましたからね。違う世界、違う文化、何かしら思うこともあるでしょ」
「そうだな…」
二人は思う事があるのか、少し遠い目になっていた。
「ところで加賀美君、聴取書の中で少し気になる事柄があったのだが、聞いていいかい?」
「ほう、なんでしょう?」
「学生たちが帰還する前日に行われた出立式、君は自衛隊服を着ていた。と。書かれていたんだが。君何時から自衛隊になったの?」
「あー、異世界だと隊服って見慣れないでしょ。箔をつけるってわけではないんですがね、結構目立つんですよ」
「で?」
「で、レンタルしました。もちろん借用申請して許可も取ってありますよ」
「生徒達は君が自衛隊の人間だと思っているようだが」
「それも思惑の一部ですね、日本を護るイコール自衛隊って感じじゃないですか」
「本音は?」
「一回着てみたかったんです。毎回背広とか動きにくいし、つまらないじゃないですか」
「………」
岩田、呆れる。
もっともこんな仕事をしていると、いろいろ感じることもある、ちょっとした変化を求めるのも当然か、と考える程度には岩田の頭は固くない。
そんな考えを遮るように加賀美が言ってくる。
「それより岩田さん聞いていいですかね?」
「何だね」
「私たちの肩書とか、なんとかなりませんかね」
「どういう意味かな?」
「なんていうか、今回もそうなんですが、自分で言葉にしてみると違和感があって、それに長すぎるんですよ」
「そこは諦めろ、ネットスラングに浸食され、当て字だのなんだのかっこいいからこう使おうなどと、いろんな表現ができた。今どき正しい日本語の使い方なんか専門家といった一部の人間しか理解していない」
「古き良き美しい日本語ってどうなったんでしょうね」
「時代の流だ」
顰め面の加賀美に、笑いながら答える岩田。複雑な表現方法で構成される日本語は、この時代では迷走する結果となっていた。漢字・ひらがな・カタカナそこに英語が混ざる、地方独特の方言も統一されているわけではない。そこにネット用語が当たり前のように常用されれば混沌となるのであった。
「それよりこれからの行動を確認しておこうか」
「特に召喚事件は発生してないし、報告も終わった事なので、昼食取って一息ついたら例の事件を洗いますよ」
まだ、飯食ってない腹減ったなどと愚痴をこぼす加賀美。
「今追っているのは千葉の事件だったか」
「はい、そろそろ大詰めですね、五年くらいあれば決着がつくんじゃないでしょうか」
「そうか、では次に会えるのは明後日だな」
「もどったら直帰するので出勤は明後日ですね」
ここで加賀美の能力の一つについて語ろう。
それは『
以降は10年ごとに24時間換算されていく。例えるなら40年異世界にいても4日後には戻ってこれるのだ。ただ、この能力過去には戻れない、地球のみ異世界のみでも使えない。今いる時間を遡ることは出来ないのだ。
異世界に渡る、または帰ってくる時以外使えないのだ。
それは異世界が『異なる時間軸』に存在するからこそ出来る事であったのだ。
そして加賀美の言い分を解釈すると、少しのんびりしてから異世界に渡り、同じような時間に帰ってくるが、中途半端な時間だからそのまま帰宅する。と言っているのだ、いい度胸である。
「良い結果になるといいんだが」
「毎回言いますけど、こればかりは本人の意志ですよ。八百万の神々もそれを望んでいます。強制召喚とはいえ最終的に何かを決めるのは本人ですから」
「転移・転生とは違う、か」
「そうです、転移は事故。転生は
「救われたいと思うことも欲望かね?」
「そうですね、ですから召喚された者に問うんです。君はこの世界を救いたいのか、とね。今回召喚された生徒達もしっかり考えてましたよ」
「せめて成人してくれていればな…子供たちに命のやり取りを強要する。なんとも気分が悪いものだ。まあ、平和な日本にいればどんな年代であれ忌避することではあるんだがなぁ、年齢が高ければ良いという訳でもない」
「仕方ないですよ、召喚先の世界のほとんどが貴族ありき、魔法・魔獣が当たり前の世界。命の価値が、人一人の命の価値がかなり低いでしょう、価値観が違いすぎるんです。まして自国の住人ですらない異世界人など、使い捨ての駒ですよ。その上で扱いやすく、成長しやすい年齢、あの年齢が一番伸びる時期です。言っては何ですが、いろいろな意味で扱い易い」
複雑な表情を浮かべる岩田に対し、加賀美が言う。
「俺も召喚被害者の一人、思うことはありますよ。一番はもっと対応できる人を増やして欲しいってことですがね」
「神々の”ネ”は辛いかい?」
「”ロ”ですよ、岩田さん。それじゃ昼休憩いただいてきます」
「おう、いってらっしゃい。あっそうだ、五日後にイギリスへ出張してくれ」
「はあ!?イギリスですか?」
「そうだ、数年程前から研究されていた場所があるんだが、手に負えなくなって来たらしい。詳しくは明後日話すから、まず今の仕事に集中してくれ」
「ちなみに簡単に言うと?」
「異世界”化”だな」
「今度はバケですか…わかりました、そのつもりでいます」
「よろしく頼む」
なんでもイセカイカで済ませるな、とぶつぶつ文句をいいながら退室していく加賀美を見送り、閉まった扉を見つめながら岩田はつぶやく。
「がんばってくれとしか言えない自分がつらいところだな…」
その表情は悲痛であった。
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