第45話 流石の俺でも知らんぞ
「は、初めまして、花沢詩音です」
「こんにちは、花沢さん私は異世界課の加賀美です」
「僕は結城煉と言います」
「「「……」」」
沈黙が痛い。
「まず、君の事について聞かせてくれないか?」
「はい、鹿児島県鹿児島市出身、13歳っあ、14歳になりました。両親は健在で姉と弟が居ます。この世界にはどうやって来たのかわかりません。村の上空をヘリがとんでいったのでもしかしてと思ってここまで来ました」
「そっか~、王都までどうやって来たの?」
「馬に乗ってきました。乗馬クラブに通っていたので…、近くの街まで行って、そこからは冒険者さんに護衛してもらってここまで来ました」
「何時頃この世界に?」
「3か月くらい前です」
実にしっかりした娘さんである。
渉が同年代の頃、こんなにしっかりしていた記憶は無い。厨二全開だった闇の記憶しか存在しない。
改めて詩音を見つめる。
茶色に近い黒髪、瞳の色も同じ。身長はまだまだ成長途中なのか150cm無い程度。実際14になったばかりであればそれも納得である。
そんな幼さを残した少女が一人この王都まで来た。
その行動力と度胸の良さ、おそらく同年代の少女どころか少年ですら出来ない事だろう。
「私、帰りたいです…。お願いします、日本に帰らせてください!家族に、友達に、みんなに会いたいんです!!」
そう、その一心で詩音はここまで来たのだ。
だが、渉の言葉は彼女に冷たく突き刺さる。
「…それは出来ない」
「何故ですか!?」
「召喚では無いからだよ」
「え……?、何、何ですそれ…異世界に来たんだから異世界召喚者ではないんですか?」
渉の横に座る結城は、黙ってそのやり取りを見つめていた。すでに大学に通う彼はも、中学時代に異世界科を履修している。
結城はこの授業が嫌いでは無かった。
特に課外授業は大好きで、キャンプ場で火起こしの訓練や、自然物を利用した武器の作成、護身術等普段やらない事をやるため、男子生徒のほとんどがはしゃいでいたくらいだ。
そんな授業で習った項目。結城、彼はその項目を覚えていた。
転生は理、転移は”事故”。
そう、事故なのだ。
世の中には色々な事故がある、仕事場での事故、交通事故等だ。
そんな中、転移事故は自然災害と同一にみられている。地震、噴火、津波等そう言った自然災害で死亡する人は多い。それらと同一にされている。
召喚事件で在れば異世界課の探査で判明するが、転移に関してはその痕跡すら残らない。転生なら尚の事、死後の話であり輪廻での出来事、神々の領域なのだ。
そんな説明を詩音は黙って聞いている。その表情は居た堪れないほどだ。
中学2年生、異世界科履修途中、彼女はまだそこまで学校で習っていない様子だ。
もっとも、習っていたとして納得できるかと言えばそうではない。
元の、日本へと帰れるかもしれないチャンスが目の前にあるのだ。
偶然とはいえ、結城が召喚されたことで異世界課職員が来ている。それに縋る事が悪い事とは思えない。
結城自身、同じ境遇であればそうしただろう。
「あの!加賀美さん!」
思わず2人の遣り取りに口をはさんでしまう結城。
「ん?」
「あの、あのですね。僕はこの世界に勇者として残ると決めたんで。じゃないな、何て言って良いか、上手く言えないですが、僕が帰る分を彼女に渡すっていうか、僕の権利?を彼女に渡すことはできませんか!?」
「「え?」」
2人は同時に声をあげたが内容は全く異なる。渉はその台詞に驚き、詩音は結城が何を言いたいのか理解していない。詩音は結城も異世界課の職員だと思っていたからだ。
結城の言葉に渉は考え込む、渉自身こんなパターンは初めてであった。
転移は事故、確かにそう決められている。
中学校すら卒業していない詩音に対し、渉も思うことはあった。それでも神々の決めた事、独断で連れ帰る事は出来ない。
つたない言い方で在ったが、結城が言いたい事は頭では理解できる。だが、そんな権利譲渡は聞いた事が無い。
「う~~~~~~~~ん、少し時間をもらっていいかな?一度上司に聞いて来るから、流石の俺でもこんなレアケースは今迄なかったから時間をくれないか?」
「はい!ありがとうございます」
結城は笑顔で渉にそう答える。
話に置いてけぼりにされたのは詩音、ポカンとしたまま固まっている。
「だがあまり期待はするなよ?言っちゃなんだが事故で死んだ人間が、突然生き返るみたいな事だからな」
「それでも彼女にチャンスは出来ました、加賀美さんが不在の時は僕が彼女の面倒をみます。ダメならダメで僕が彼女の生活を、面倒を見ます、何とかします。してみせます」
「えっ?ちょっと待ってください!一体何の話をしてるんですか?私にも分かるように話をして下さい!面倒見るって私どうなるんですか!?」
「安心して、僕は勇者だ。何があっても僕が何とかするよ、この世界も、君の事も!」
「良い顔して言ってますけどきちんと説明してください!言葉が足りなすぎます!」
勇者あるある。思い込みが激しく、自己完結する。
「んじゃ、ちょっくら行ってくるから。君は彼女にきちんと説明しといてくれ」
捲し立てるように詩音が結城を言葉攻めにしている。どうどうと両手で壁をつくり、なだめている結城は困った顔。
出会った当初のしおらしい感じは彼女から消えていた。
──この様子なら大丈夫かな。
「後よろしく!」
「えぇ!?本当に行っちゃうんですか!?」
結城の言葉を最後まで聞くことなく、渉はその場から消えた。
突然消えた渉に驚いた詩音は、思わず結城にしがみつく。しばらく呆然とした後、自分の状況を思い出し顔を真っ赤にしながら椅子へ腰かけるのだった。
〇●〇●〇●〇●〇
「神様~いらっしゃいますか~?ツクヨミ様~」
渉はそう言いながら神社のような場所を歩く。神社のようなというか神社なのだが、日本に現存してはいない。
神々の暮らす場所、高千穂なのか出雲なのか、いずれにせよ
「騒々しい、静かにせよ」
簾の向こう、そう声が上がる。先程迄の気軽さを消し、下手に座り頭を下げる渉。
「失礼いたしました」
「何用じゃ、等とは言わん。事情は理解しておる」
「流石にございます」
「なれば結論から言おう、無理じゃ」
「……左様でございますか」
話が早いのは助かるが、結論も決断も早すぎである。結城の持ち出した交換条件どころか、話を切り出す前に終了でる。神の理は覆らなかった。
「では、これにて失礼s」
「まあ、聞け」
「はっ」
再び平伏する渉。そこに呆れが漂ってくる、発生主は当然ツクヨミ。ジトッとした目が完全に何かを疑っている。
「まったく、どうせ心の中では薄情者とか思っておるのじゃろう。丸わかりじゃ」
「おっりゃるとおrゲフンゲフン、失礼しました。その様な事は…(ございますん)」
「話は最後まで聞くが良い、理由についても話をしてやろう」
ゆっくりとした口調で渉に事情を説明居ていくツクヨミ。その話を最後まで聞き終えた渉は、尚の事困惑していた。
「その様な事、起こりえるのでしょうか?」
「当然起こる、アレらもまた生命の一つじゃからな」
「納得いたしました」
「では行くがよい」
「はっ」
渉は素早くその場を立ち去ると、結城や詩音の元ではなく、異世界科へと向かう。
ツクヨミの言葉を疑うつもりは無い。だが……。
渉が座っていた場所を見つめながらツクヨミは呟く。
「まったく、あわただしい奴じゃ。とは言えそう在る事を決めたのは我ら。歯痒いのぉ~…」
盃に注がれた酒を見つめ、そうツクヨミは独り言ちる。
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