第48話 手伝えなかった理由

 渉は今、かの世界を調査していた。


 自衛隊の派遣期間は終了し、何とか人族が抵抗できる状態まで持ち直している。後は結城と詩音の役目となる。


 実際、世界の危機となれば渉が手を貸すのは吝かではない。


 だか、神々から許可が下りることは無く、別の依頼を受ける事となったのだ。そう、この世界の魔族に影響を与えた波動の調査である。


 世界各地を巡り、波動の痕跡を探す渉。


 しかし、今もってその痕跡を辿ることが出来ていないのが実情であった。


──魔力の波動ではないのか?


 そんな考えが渉に浮かぶ。


 渉の魔力感知には何も感じられない。

 この世界の広範囲に影響を与え、魔族を変異させた波動。


 本来であれば渉が携わることは無いのだが、今回に関しては神々の依頼である。


 どうやら例の波動は、この世界だけでなく他の世界にも影響を与えているらしい。


 一世界の出来事であれば偶然か偶々か、そんな出来事ではあるのだが、いくつかの世界に同様の影響を与えている。ならば、神としては調査しなくてはならない。


 そこで白羽の矢が立たのが渉である。


 複数の神々の依頼だ、当然断る理由もない。影響のあった他世界へと移動し、様々な角度から調査する渉。


 調査結果は芳しく無かった。


 何度か波動が影響を及ぼした他世界に赴くも、やはり結果は同じ。発生した波動は一度きり、その後は発生していない為、痕跡を辿れないのだ。


 結果は結果、調査結果を神々へと伝えると深刻な顔をしている。


「ふむ、今回はご苦労であった。また何かあれば依頼する事となろう」


 そんな言葉を掛けられ、一応は調査終了と相成ったのだ。


──まあ、おそらく他の世界の神が関与しているんだろうな~


 神に対抗できるのは神である。


 今回の事件の裏側に、他世界の神が関わっている事は間違いないだろう。


──とはいえ、俺本来の役目は日本人の召喚事件だからなぁ、何かあれば行ってくるでしょ。


 不可解な波動が何処から来たのかは不明のままである。

 渉が日本に戻ったのは2日後。およそ20年を調査機なんとして費やしたこととなる。






●〇●〇●〇●〇●






 鹿児島にあるとある病院、渉が帰還してから

 意識不明だった少女は目を覚ます。


「ここは…?」


 目覚めた少女を最初に確認したのは看護師であった。


「何処か気分が優れないところはありませんか?」


「いいえ、特にはありません」


 医師の質問に答える詩音、目覚めたばかりの影響なの、自分の現在の状況を確認したからなのか、呆然としている。


「うん、3か月寝たきりだったのに身体に悪い影響は見られないね。これならリハビリ機関も短くて済むでしょう」


「はい、ありがとうございます」


「本当に良かったわ」


 医師の言葉に詩音はお礼の言葉を述べ、彼女の母親は喜んでいた。


 医師が去り、両親との面会時間を終えた詩音は未だ呆然としている。

 暗がりの中、窓から見える景色を唯々眺めていた。


「夜分に失礼、お嬢さん」


 何処からともなくそんな声が聞こえて来る。


「いいえ、ご無沙汰しております」


「おや?あの世界での記憶が有るのかい?」


「??はい、何故入院したのかまでは覚えていませんが、道を歩いていて…今日も桜島が…。あれ???」


「ふむ、少し調べてみても?」


「あ、はい。構いません」


 何処か心ここにあらずの彼女。

 目覚めてから数時間経過しているにも関わらず、今の自分を把握していない様子だ。

 記憶の混濁、とも違う様子であった。


「ああ~なるほどね」


「何か分かりましたか?」


「まあ大体は、かな」


「聞いても構いませんか?」


 未だ窓の外を眺め、声の主にそう訊ねる詩音。


「う~ん、これまた説明が難しい」


「ふふ、何だか聞き覚えがある言葉です」


での事はどこまで覚えてるのかな?」


「えっと…、貴方が何が言いたいのか私には分かりません。ですが…何となく、何となく聞き覚えが有るのです。それがいつ、どこでなのかは思い出せません」


「なるほど、となると、君の中にある記憶は中学生活を過ごしてきた記憶までかなぁ~、覚えている最後の記憶を聞いてもいいかい?」


 そんな質問に、詩音はクスリと笑う。


「おかしな事を聞いてきますね。覚えている最後の記憶なら、中学校から帰宅していて、桜島を見ていたくらいです。お医者様の話ではその帰宅途中に倒れたと言う話です」


「そうかい、それならありのまま、そのままで良いんじゃないなかな」


「そうなんですか?」


「ああ、きっとそれが一番いい」


 窓から目を離し、声の方向へと顔を向ける詩音。そこには誰も居なかった。


 その人物が居た場所へと詩音は告げる。


「とても幸せでした」


 と。






●〇●〇●〇●〇●






「詩音!け、結婚してくれ!」


「何ですか唐突に、やっとこの世界に平和が訪れたのですよ?もっと平和を噛み締めてください」


 呆れた顔で結城を見る詩音。


 この世界に召喚され早7年、結城は二十代半ば、詩音も年齢が二十を超えていた。


「あ、え?えぇ~、今俺プロポーズしたんだが!プロポーズしたんだが!?」


「ええ、聞いていました。ですが、忘れていませんか?私のこの姿は仮初の物、共に過ごすことは出来ないでしょう…。この世界に平和が訪れれば私は消える存在なのですよ」


 悲し気にそう答える詩音、彼女もまた結城を愛していた。

 苦楽を共にし、いつも、いつでも詩音の事を考えてくれる結城。


 気が付けば、詩音は心の底から彼を愛していたのだ。


「忘れて何ていないさ!それでも、何時消えるか分らなくても構わない!俺と結婚して欲しい」


 いつ頃からだろう、自分の事を僕ではなく、俺と彼が言うようになったのは。


 少し懐かしく感じながら、優しく彼を見つめる詩音。出来る事なら…。


「私には無理、あなた一人を残して消える位なら結婚なんてしない。煉はこの世界で他に愛する人を見つけて幸せになって欲しいの」


「それは出来ない、それこそ無理というものだ」


「煉…」


 一歩も引くまいと、覚悟の表情で彼女を見つめる結城。


『では、その望み叶えてあげましょう』


「「え?」」


 何処からともなく聞こえて来た声。二人は思わず声を上げる。


 何処からか感じる存在。強烈な存在感に二人は天を見上げる。


『平和となったこの世界、帰還はいつでも構いません。魂が戻る先は決まっているのです。それが今すぐでも、そのからでも問題は在りません』


「「……」」


『私からの細やかなプレゼントです、どうかお幸せに』


 優しく告げるその声の主、いつかどこかで聞いたような、その声はそれだけ告げる。

 感じていた存在感が消える。


 何だったのだろう、などと2人は思わなかった。


 神が自分達認めてくれた。


 片膝を付き、詩音の手を取る結城。


「詩音、改めて言うよ。結婚して欲しい」


「ひゃい、結婚しましゅ」


 顔を真っ赤に染めた詩音の指に結城が指輪を嵌める。






 数十年後、勇者の逸話は伝説へと変わる。


 勇者の伝説。


 彼の傍らに、その生涯を寄り添った『星の巫女』が居たという。

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