第30話 本当に…
「おい!お前達喜こぶが良い!」
3日目の昼過ぎだろうか。室内の温度が少し高い。
そう言いながら、5人程兵士がこの建物に入って来た。その手にランプと銅羅を持ち、下卑た顔を浮かべながら全体を見渡している。
「「「「「「……」」」」」」
誰もが無言、返事を返すことは無い。兵士達は気分がいいのか、そのまま言葉を続ける。
「いいか!?聞いて喜べ!お前たちの中から、我々兵士達の夜の相手が1名選ばれることとなった!選ばれた女は泣いて喜ぶが良い!!」
最低な言葉であった。とこかで女生徒の「ひぃ」という悲鳴が聞こえて来る。
「俺達はその選考のためここに来てやった。感謝するがよい!」
声高々にそう告げる騎士。
──最悪だ。もう見せしめを作るのか。
そう考え、辺りを見回すが。女生徒たちは顔を伏せ震えている。
選ばれたくは無い。そう考えるのは当然であり、顔を伏せる事で逃れようともしている。
男子生徒も同様に、ただ黙って膝に顔を伏せている。
そんな生徒達を見て、彼女は無理だと判断するが、身体が動かない。声も出なかった。
──駄目よ!みんなを護るために私はここに居るんだから!
パチンと両頬を叩くと彼女は立ち上がる。そして兵士達につげるのだ。
「私が、私がお相手します。それではダメでしょうか?」
「ふむ、そこの女を連れて来い!」
2人の兵士が策まで来ると、彼女を確認し引っ張り出した。声を挙げていた、兵士の前に連行される。
5人の兵士達は、厭らしい目で上から下まで彼女を確認している。
今回兵士達が此処に来たのは、何も夜伽の相手だけが目的ではない。もちろんそれも有るのだが、主導者となりうる人物を見つけ出す目的もあった。
男なら拷問し貴族女性に引き渡す、女なら壊れるまで犯す、目的は見せしめである。
勇気を出し、声を上げる人物はいずれ邪魔になるのだ、早めに潰す。そんな指令でここに来ていた。
今回名乗り出たのは女。ならば思う存分犯す楽しみが出来たのだ、兵士達の顔が厭らしく歪んでいる。
そんな視線に晒され、羞恥にたえる彼女だが、次の兵士の言葉に心が折れそうになる。
「見た目は悪くない。が、態度がなっていないなぁ!?まず服を脱げ!そして膝ま付き懇願しろ!どうか挿れてくだい!犯してくださいと我々にお願いしするんだよ!!」
心が折れそうなのはなにも彼女だけではなった。生徒達もまた、今も言葉で砕けてしまいそうだ。
何を言っても…いいや、何も話せない。伝わらない、すべて奪われる。そんな感情に支配されそうになる。
すると彼女はにっこり微笑み、スカートからブラウスを引っ張り出す。
その姿を生徒達に見せつける。恐れる必要は無い、そう語り掛けているようでもあった。臆す必要は無いのだと、その姿勢で生徒達に訴えかけているのだ。
態度で示す。その覚悟をもってブラウスの最後のボタンに手を掛けた時、彼女は自分の瞳から涙が伝っていることに気づく。
その涙が何故で出たのか、複雑な感情が入り乱れているが、一番強い感情は『悔しさ』であった。
心の何処かで思っていた。召喚者には何かしら力を与えられるのでは。この二晩考えていた。その内異世界課の人が来て助けてくれると。
生徒達は助かるかもしれない。だが、大人達と彼女については助からない。
校長と教頭に託された生徒達、自分が狂ってしまえば、その事も忘れてしまう。守ことが出来なくなる。そんな悔しさと悲しさから彼女は泣いてしまったのだ。
だが、兵士達の容赦ない言葉が耳に届いくる。
「どうした?さっさと服を脱ぎ全裸になれ!」
いっそ狂ってしまえば楽になるんだろうか…。そんな考えが頭を過る。
「ホント、聞いていた以上に最低な国だな」
どこからともなく聞こえて来た声。兵士達は一瞬驚くが、即座に剣を抜き構えを取ると辺りを警戒する。
「誰だ!何処に居る!姿を現せ!!」
「…うるさい」
次の瞬間、兵士達は崩れ落ち、ピクリとも動かなくなる。
「ごめんね、遅くなって。これでも最速で来たつもりだったけど…。ここまでひどい状況は見た事は無いな」
気が付けば彼女の正面に誰か立っていた。涙を堪え、顔を上げ、どんな人物なのか確認しようと試みるが、薄暗がりで、良く確認できない。
パチリ、そんな音が響き渡ると、辺りが徐々に明るくなっていく。彼女は光の眩しさに瞼を閉じる。
「慌てないでね、いきなり明るくすると目を遣られるから、それから結界も張ったから、誰か入って来ることも無い。異臭も消した、みんなの汚れも落としたよ」
閉じていた目がゆっくりだが光に目が慣れてくると、目を開け確認する事が出来るようになっていた。彼女は正面の人物を見る。見た目は彼女より年下に見えたが、その雰囲気は大人の男性であった。
「あ、こいつらも邪魔だね」
そう言いながら、足を振り上げまるでサッカーの様に兵士達を蹴飛ばしたかに見えたが、兵士達の存在はこの場から消えていた。壁にぶつかった様子も無い。
彼が取った行動は、只のカッコつけであるが、周りはその行動自体には特に反応がなかった。だが兵士が消えた事に対し口々につぶやき、驚きを隠せないようだ。
彼は振り返り再び彼女を見ると、正面の人物はこう名乗る。
「日本国異世界課の加賀美です、お待たせしました」
そう告げながら、優しく微笑む渉を見て、彼女の涙腺は崩壊してしまうのだった。
〇●〇●〇●〇●〇
「少しは落ち着きましたか?」
そんな言葉を掛けてくる渉。生徒達の話をまとめると、どうやらこの場に居る大人は彼女だけのようだ。
何も考えられない状況の中、巡回の目を盗み声を掛けてくれた彼女、生徒達は口々に答える。彼女の励ましが自分達の支えになっていたと。
彼女の名前は
大人達と別行動になる際、その見た目を生かし生徒に紛れ込んでいたという。
強い女性だ。
渉の印象である。それでも泣いてしまったのは仕方のない事。落ち着いた彼女に現状を確認すれば、今日が三日目だという。生徒達と違い、状況をしっかりと把握し、彼女は考察を渉に告げる。
焦らない様、逸る気持ち抑えながら言葉を選び話続ける美香。一番重要な出来事が未だ解決できていないと渉に告げる。
召喚当日に校長が腕を切り落とされ、その後どうなったか確認が出来ていないというのだ。
話を聞いた渉は、その場で遠見を使用する。
「見つけた」
そんな渉の言葉に戸惑いを見せる美香、だが何が起こっても彼を信頼する。そう心に決めていた。黙って渉を見つめていると、渉の表情は厳しい物になっていく。
「本当に最低な国だ。それにこのままだとまずい」
呟いた渉の脳裏に映るのは、闘技場のような場所。その中央に大人達は首だけを残し埋められたいた。口には
話に合った校長だけが、その首に鎖を巻かれており、鎖の先には太い杭。地面に打ち込まれた杭と鎖で、行動が制限されている様子。
校長は地面に倒れたままで動く様子も無い。というより、すでに動く事も出来ない状態であった。
並んで埋められた大人達、対面する形で放置され、倒れている校長の腕からは未だ血が滴っていた。どちらも助ける事が出来ない状況にしているのだ。
丁度、その中間、真ん中に校長の腕が見せしめの様に、そのまま放置されたいたのだ。
その光景に、渉の中では沸々と怒りが湧いていた。
「少し離れてください」
渉のそんな台詞で、生徒達は彼から距離を取る、目を瞑ると次の瞬間には大人達が全員そこに居た。
校長に駆け寄ると、素早く手をかざし何かをした渉。そう何かをしているのだが何をしているのか判らない。
だが、その効果は絶大で、校長の切り落とされた腕は元通りになっていた。
そんな光景を渉のもっとも近くで見ていた美香。この人は本当に何なのだろう。そう改めて実感している。
「助かったのか」と呟くも、もうろうとする大人達。そんな大人達に渉は生徒達と同じことすると、その意識は徐々に回復していく。
「お待たせしました、異世界課の加賀美です。現状を彼女から聞き、あなた方を救出しました」
「ありがとう、助かりました」
そう代表で答えたのは教頭。意識が覚醒しても、かなり衰弱している様子が見て取れる。
「直ぐにでも帰還できますが、その前に私も仕事なので念のため聞きます。日本に帰りたくない方はいませんか?いれば手を挙げて下さい」
絶対いないだろう、そう考えていたが確認すべき事。この場に居るすべての人に問い掛ける渉だが、誰一人その手を挙げる者はいなかった。
「わかりました、それとこれは相談です。私が皆さんの記憶を操作し、今回の出来事で辛かった事や、悲しかった記憶を消すことが出来ます。ただし、矛盾が無いよう操作するので、召喚された事実と、無事帰った事実は残します。それ以外はすべて曖昧にして、思い出せないようにできますがどうしますか?」
「そんな事も出来るのですか?」
思わずそう確認する美香、それに渉は頷き答える。
「できます。過去にも実施したことがありますから」
渉が行った大規模な記憶操作。それは渉が救った異世界から日本に帰る際こ行ったものだ。
因果の歪みを出来るだけ発生させない為、人々の記憶から自身の存在を消したのだ。
結果渉の救った世界は勇者に救われた事実と、勇者は死んだという嘘が植え付けられることとなる。
事前準備のため、数年間世捨て人となり、時期を見計らって実行した記憶操作。
対象はその世界で勇者の記憶を持つすべてであった。
肖像画や銅像などもあったが、すべてから顔だけが消える事となる。魔王との闘いも曖昧になり、何時そんな事が在ったか思い出せなくなっていた。
一緒に戦った様な気がする。当時共に戦った仲間達ですら、その程度の記憶となってしまった。
人々の中から消えた渉。それでも残された肖像画から、勇者は黒髪であった。と、語り継がれる事となる。
「全員から消してください!こんな記憶は生徒達に必要ありません!大人達にも必要ありません!」
そう力強く答える美香。力が籠ったその瞳は、渉にとってとても美しかった。
「では、日本で迎える準備をしますので10分だけ席を外します。すぐに戻るのでこの場で待機をお願いします。10分間では有りますが、再度記憶については確認を行います。後遺症はないですが、それでも無くなって困る人も居るかもしれません」
「何度でも言います、彼ら彼女らには必要ありません!ですから私以外の人は消してください!」
「…何故?」
不思議そうに渉は美香を見る。この建物に飛び込んだ時、もっとも辛い目に遭っていたのは彼女であった、にも拘らず自分だけは残せというのだ。
「私、今年で3年目のまだまだ未熟な教師です。要らないと言ってしまうのはとても簡単でしょう。校長達はすでに多くの生徒の為に働いてきました。定年まで穏やかに過ごして欲しいです。業者さんなんかは、本当に巻き込まれただけです。なのにこんな酷い目に遭いました」
美香は衰弱し未だ目を覚まさない校長や、立てない様子の他の教職員や業者の人達へ目を向ける。そして決意の眼差しで渉を見る。
「この中で最も若く、この先もっとも多くの生徒に係るのは私です!それならこれから出会う生徒達に伝えるのは私の役目です!これからの生徒の為、未来の為に残さないといけないんです!」
本当に…。
「…そうですか。解りました、ですが一言だけいいでしょうか?」
「はい、何でしょう?」
自分の台詞が急に恥ずかしくなった美香は、照れを隠しながら渉に返事をする。
「本当に貴方は素敵だ、オレだったら惚れてるところですよ?」
他人事のように、それでいて真剣な顔で惚れちゃいますと告げる渉。言い回しが複雑すぎて理解できていない美香。
「まあ、いいです。すぐに戻ります待っていてください。それではいってきます」
「はい、いってらっしゃい!」
笑顔でその場から姿を消した渉。そんな渉を笑顔で見送った美香。すぐにまた会える。それでも美香は彼が立っていた場所を見つめ続ける。
「なんだか、夫婦みたいだっだね?」
何気ない女生徒の一言で、美香の顔は真っ赤になるのだった。
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