第27話
動き出したのはどちらが先だっただろうか、怪物と僕は互いに剣を振るっていた。
僕が手に持つこの剣はとんでもない切れ味で、突きが決まれば
どちらとも一撃さえ食らわせることができればすぐさま相手を打ち倒すことができる。条件はどちらも同じだ。
青白く
鈍い光を放つロングソードが闘技場の壁を
僕も怪物も、一歩も
怪物の背中の手が次々と短剣を突き刺そうとのびてくるのを丁寧に一つ一つ貫いていくたび、怪物の顔が
僕のそばを
怪物が石像の破片を持ち上げ、僕に放り投げてくるのを貫く。その巨岩に開いた風穴から、怪物が僕に切りかかってきた。
僕は剣を地面に突き刺して支えにしながら身を低くかがめる。
僕はその背中の腕の
互いに吹き飛ばされた僕と怪物との間に距離が開いた。互いに荒い息をしている。
やがて、だれともなく剣を構えた。互いに理解している。相手も、自分もあと一撃あびせるほどの力しか残っていない。次の
先に大地を
怪物は待ち構えるようにその巨大なロングソードを
あと三歩、二歩、一歩………。今!
僕が
僕は早々に避けるのを諦める。あえて怪我をして使えない左腕を剣の
僕が、最も得意とする体勢から
次の瞬間、怪物の胴が貫かれる。僕の勝ちだ。
しかし、その時僕のうなじに鋭い痛みが走った。直感に従って怪物の顔を見上げる。
怪物はなぜか仮面の下で笑顔を浮かべていた。怪物が、頭突きをしようとその巨大な頭部を僕に振り下ろしてくる。
最初から
怪物が驚きに目を見開く。次の瞬間、その目が木製の剣で貫かれた。
左手に隠し持っていた例の木でできた剣をなんとか怪物の瞳に刺したのだ。
最後の読みあいにも負けた怪物は力尽きたかのように闘技場に倒れた。ずぅんと衝撃が都市中に広がる。
「………ミゴト。」
倒れ伏した怪物がぼつりと呟いた。
「……貴公こそ。」
僕は立ったままふらりと体をよろけさせる。すぐわきに駆け寄ってきたマルグレット卿が僕の右肩を支えた。
「ショルツ卿、気を確かに!」
マルグレット卿が肩に布切れを
剣を高く振り上げる。勝者は敗者に止めを刺す権利があるし、そうすべきだ。余計な情けのほうが高潔な戦士にはつらい。
怪物は悟ったかのように穏やかな表情で目を
「ショルツ、待ってくれ!」
パトリシア殿下がその身を間に滑り込ませた。僕も、怪物も目を丸くしてしまう。パトリシア殿下は確かな意志を秘めた目で怪物の横に
「お前、私が聞こえるか?」
怪物が信じられないといった目で殿下を見つめる。パトリシア殿下は怪物の
「お前、私の言葉が分かるか?」
怪物が頷くのをみて、パトリシア殿下がさらに言葉を重ねる。
「お前に
怪物が一言ずつぽつぽつと語り始めた。
「アナタ、アルジ、ヨロコブ、ネガウ。コオニ、コロス、アナタ、ワラウ、ソレガシ、ウレシイ。」
「……そうか、分かった。」
パトリシア殿下がすっと立ち上がり、僕に振り向いた。
「ショルツ、この者の
僕は肩をすくめた。そんなこと、北方騎士団の騎士なら誰だって経験している。それに、パトリシア殿下の目が今までとは違う気がしていた。
「別に構いません。しかし、どうしてですか?」
パトリシア殿下が僕の目をまっすぐ見つめた。
「私に責任の一端があると感じたからだ。この者は私を『アルジ』と呼んだ。私を喜ばすために、あの小鬼の
ふとパトリシア殿下が
「ショルツ、私はお前にいつでも前を向けと教わった。ならばこそ、私が高貴であるが故に伴う責任もまた直視しなければいけないと、そう理解した。」
パトリシア殿下がパッと自らのサーコートを脱ぐ。そして、その布地を汚れるのも構わず怪物の腹の傷に巻き付け始めた。
「私は、主君として、私を『アルジ』と
僕はすこし口の端が持ち上がるのを感じた。なんだか、今のパトリシア殿下ならついていってやってもいいかもしれない。
パトリシア殿下はどこか一皮むけたような、吹っ切れたような、そんな
「パトリシア殿下、僕もお手伝いいたします。」
自身の肩に乱暴に布を巻きつけると、僕も怪物のそばに寄る。
その時、ズズズと鼻をすする音が聞こえた。視線を送ると、怪物が泣いていた。
僕とパトリシア殿下、そしてマルグレット卿はひとまず鉄格子の怪物と剣闘士の怪物、二体の手当てを済ませて一息ついていた。
僕とマルグレット卿はパトリシア殿下のご
「それにしても、まさか彼らが人間だったとは…。」
未だ衝撃冷めやらぬといった様子で殿下が
「スキニウス卿とモーディアス卿、でしたっけ?」
マルグレット卿が付け加える。スキニウス卿が剣闘士の怪物、モーディアス卿が鉄格子の怪物だそうだ。
闘技場の地面に横たわる彼らはこの都市を千年以上も守ってきたらしい。とんでもない話だ。
特に彼らは最後の数百年間を二人きりで過ごしていたからか、理性が鈍っているところがあった。
「そして、その剣………。」
パトリシア殿下がその視線を僕の手の中の剣に移した。剣を高く掲げ、天井の穴から漏れ出る光にかざす。
青白く淡い光を放つその刃にはどこにも欠けたところはない。先程までずいぶんと乱暴に扱っていたというのに、その剣は手入れなど不要なようだった。
「素晴らしい剣です。恐らくは、この王国でも指折りの。」
僕は
「お納めください。」
パトリシア殿下がびっくりしたように僕の顔を見る。
「いいのか? それは見つけたお前の手柄だというのに。」
「これは王家に代々伝わってきた伝説の剣だと
こんな
顎に手をあてて
「いや、その剣はショルツ、お前が持っておけ。」
「はい?」
僕は耳を疑った。この剣が本当に王家に伝わる伝説の剣、ファルソロンだというのならば、そんなもの一介の北方騎士団の騎士ごときが持っていてよいものではない。
またパトリシア殿下の悪い癖が出たかともの言いたげな僕の視線にパトリシア殿下は気がついたようだった。
「いいか、ショルツ。もしその剣が本当にファルソロンだとしてみよう。そして、それを私が見つけたと主張して国王に献上する。」
「ええ。」
「道理としてはそれが正しいのだろうが、いかんせん私はアンドロマリア姉上との後継者争いの一環で北方騎士団に左遷された身の上だ。そんな私がこれほどの手柄を立てたとなれば、どうなる?」
僕はハッとした。
「
「そうだ、どちらにしてももうこの剣がファルソロンと呼ばれることはない。それぐらいならば、ショルツ、お前が持っていてもよいだろう。なにしろこんな北方の一騎士までは流石のアンドロマリア姉上も目が届かないからな。」
僕は再び剣に目をやる。なんだか長い付き合いになりそうだ。
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