第14話

 その日は朝からボルゴグラード城は大騒ぎだった。城内をひっきりなしに甲冑かっちゅうを身にまとった騎士たちが往来し、文官が馬にせた荷物をあちこちで記録して確認している。


 今日はついに北方騎士団が小鬼の討伐の遠征に向かう日だ。


 秋真っ最中で冬が近づく今、長い間向こうに留まることは出来ないため、速攻そっこうで地下の坑道を攻略する必要がある。


 だから、騎士団のほぼ全騎士を一気に叩きつける作戦に決まっていた。


 馬にまたがろうとした僕に、グウェンドリン卿が近づいてくる。グウェンドリン卿は他の騎士たちとは違って普段通りの格好だ。


 北方騎士団が出撃するとはいっても、全軍を引き連れるわけではない。


 幾十人いくじゅうにんか騎士は残していくし、団長たるパトリシア殿下とその騎士も城にとどまることになっていた。


 今回の相手である小鬼は地中から奇襲を仕掛けてくるため、安全な場所が確保できないからだ。今回の遠征の指揮官は自身も優秀な騎士である副団長が務める。


「ショルツ卿、どうかご武運ぶうんを。そして、必ずお帰りください。」


 グウェンドリン卿が不安そうな表情を浮かべている。例にれず、グウェンドリン卿もボルゴグラード城に居残いのこりだ。


勿論もちろん、小鬼など一瞬で蹴散けちらしてボルゴグラード城に戻って参りますとも。では。」


 僕はグウェンドリン卿のうれいを払拭ふっしょくするかのようにあえて明るい声を出した。そして、馬を城の城門へと向かわせる。


 ブンブンと手を振ってくるグウェンドリン卿に手を振り返しながら、僕は改めて気合を入れなおした。久々の大規模な出征しゅっせい油断ゆだん禁物きんもつだ。


 ボルゴグラード城から馬に騎乗した騎士たちが長い隊列を組んで街道を通る。僕のわき偵察ていさつに出る騎士たちが軽やかに駆けていく。


 道脇の畑でせわしなく収穫にいそしんでいた農民たちがあわてて騎士たちにひざまずく中を、北方騎士団は北へと向かった。


 けわしい顔で伝令に何事かをささやく副団長の隣にマルグレット卿を見かけた。マルグレット卿は弓を番えて周囲を見回している。


 次の瞬間、マルグレット卿がいきなり矢を放った。矢は放物線を描いて遠くの丘の稜線りょうせんの向こう側に消えていく。


 小鬼の偵察兵ていさつへいでも射抜いぬいたのだろうか。マルグレット卿に周囲の騎士たちの注目が集まる。


「マルグレット卿、いったいどうしたのですか?」


 マルグレット卿はまるで目を凝らすように丘の方向を眺めた。


「今、誰かがあの丘の上にいたように感じたのですが…。」


 僕も丘を見つめるが、ただ背の高い草が風にれていることしか分からない。結局、その一件はうやむやになった。



 小鬼たちの姿は全く見られなかった。偵察ていさつ出掛でかけた騎士たちは何の成果も得られずに本隊に帰還してくる。僕も幾度いくどとなく周囲を走り回ったが、小鬼はいなかった。


 すんなりと北方騎士団は村の近くにまで辿たどり着く。あの日僕とマルグレット卿、グウェンドリン卿が登った小高い丘の上に野営地がきずかれた。


 騎士たちが槍を地面に突き刺し、地下道の出口がないかどうか確かめている。


 野営地の周りは即席そくせきの木の柵で囲われ、見張り塔も組み上げられた。塔の上からは村の中や、周囲に広がる森の様子がよく見える。


 幾人いくにんかの騎士たちが小鬼の開けた地下道の入口に目印をつけたり、周りをふさいだりしていた。


 ボウォオォォ……。


 辺り一帯に角笛つのぶえの音がひびく。


 ロートリンゲン卿は変人だが楽器の扱いに関しては右に出る者は騎士団内にいない。ロートリンゲン卿の吹く角笛は百里ひゃくり先でもよく聞こえた。


 合図あいずしたがって騎士たちが野営地に集まる。


 騎士団は副団長を頂点に、騎士の宿舎ごとに任命された各分館長ぶんかんちょうが指揮官となる。


 それに加えて、僕やマルグレット卿のような副騎士団長が直接任務を言い渡す特任騎士が幾人いくにんかで北方騎士団は構成されていた。


 分館長たちが自身の指揮下の騎士たちに作戦を伝える中、僕を含めた特任騎士たちも副団長を中心に集まった。


「さてと、今回の遠征における作戦の概要がいようを伝えよう。すでに北方騎士団の幾人いくにんかの勇敢な騎士が地下道内に偵察ていさつ敢行かんこうした。

 その結果得られた情報によると、小鬼たちは北方の森一帯の地下に広がる巨大な坑道網を作り上げている公算こうさんが高い。」


「小鬼共は坑道こうどうこもり、出てこようとはしない。恐らく、暗い穴倉あなぐらの中で我々を今か今かと待ち構えていることだろう。

 それならば、我々のとる作戦は単純だ。連中をいぶし出し、無理やり地中から引きずり出すだけよ。」


  青の布地ぬのじに銀の竜が刺繍ししゅうされた北方騎士団の旗がたなびく天幕てんまくの前で、副団長は剣をさやごと地面に突き立てながら明瞭めいりょうな言葉で戦略を告げた。


「これから我が北方騎士団は四人の分館長の指揮のもと、現在確認されている全ての坑道の入口を封鎖して煙を流し込み、そして小鬼が飛び出してくるのを待ち構える。

 卿ら特任騎士たちの任務はこの時に坑道の入口から漏れだすであろう煙を頼りに未だ発見されていない入口を発見することにある。」


 うわぁ、なんというか。僕は副団長の情け容赦ようしゃのない作戦を聞いて、思わず小鬼に同情してしまった。彼らは生きながらにして燻製くんせいにされるのだ。



 背の高い針葉樹が天高くそびえる北の森の中。木々の合間から差し込んでくる日光に照らされながら僕は作戦開始の合図を待ち構えていた。


 脇には行動を共にすることになるマルグレット卿もいる。二人とも剣や弓に手を添え、いつ奇襲されても迎え撃てるよう周囲を警戒していた。


 森の中にも関わらず随分ずいぶんと視界は良かった。村人たちが生前はこの森をよく手入れしていたことがうかがい知れる。遠く離れた野営地の木の柵ですら見えそうだった。


 遠方の野営地の方向で狼煙のろしが上がるのが見える。その後に続いてうっすらと角笛の勇ましい音色が聞こえてきた。作戦開始だ。


 やがて、森のあちこちから煙が立ち上っていくのが見えた。僕やマルグレット卿も周囲を見渡して煙の出どころを探る。


 しかし、不幸というべきか幸いというべきか、僕たちの周りには煙がれている様子は全く見られなかった。


「ショルツ卿、私はあそこの丘の上に登ってみます。」


 落雷でもあったのか、森の開けたところに丘があった。マルグレット卿はその丘を指さし、僕に言葉をかけてきた。


「いいですよ、僕はもうすこしこの辺りを探してからそちらに向かいます。」


 僕が頷くと、マルグレット卿は足早に丘に向かった。僕はマルグレット卿が立ち去るのを見届けると、視線を地面に向ける。


 なぜか、僕のうなじが痛いくらいにピリピリとしていた。経験からしても、ここまで身の危険を感じるのは久しぶりだ。


 これほど直感が警鐘けいしょうを鳴らすのならこの辺りは殺意に満ちた小鬼の群れで溢れかえっていてもおかしくないのだが、周囲にはただれた下草が広がるばかりで、動くものの姿は僕だけだった。


 前言撤回。何者かが僕の後ろから近づいてきている。


 殺意は感じない。しかし、あからさまに僕に奇襲きしゅう仕掛しかけようとしていた。まだ気がついていない振りをしながら、そっと剣のつかを握りなおす。


 ゆっくりと、背後の気配が近づいてくる。あともう少し、あともう少しで剣の間合いに入る。


 背後にいる何者かがさらに一歩僕に向かってみ出した瞬間、僕は振り向きざまに剣を突き出した。


 相手の足をはらい、剣を突きつける。うまくすれば相手をりにできるかもしれない。


 そうして地面に尻餅しりもちをついた人間の姿を見た瞬間、僕の頭は真っ白になった。目を見開いて、思わず剣を下げてしまう。


 僕の目の前で、その人間は起き上がり鎧にまとわりついた枯れた草をバッバッと払っていた。


 鈍い金属光沢を放つそのよろいには見事な細工さいくが施されており、その上から羽織はおっているマントの赤地の布の上には王家を指し示す双頭そうとう獅子ししの紋章が刺繍ししゅうされていた。


「まったく、困ったものだ。ショルツ、お前は遊び心のない奴だな。私が驚かそうとしてやったというのにいきなり剣を向けるとは。」


 すこし不機嫌そうな声も今は気にならなかった。のどの奥から無理やり言葉をひねり出す。


「ど、ど、どうして…。」


 パトリシア殿下がここにいるのだ。

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