第13話
僕たちが村を訪れたあの日以来、ボルゴグラード城にはどこかピリピリとした雰囲気が漂っていた。
現に村が一つ
しかし、今回の討伐は
地中に逃げ込まれては騎馬突撃ができないが、
さらに、騎士たちは相手の小鬼が住みかとしている地下まで侵入しなければならないのだ。
副団長は
小鬼たちが地中に
僕が連れて帰った男は、あの村が
秋も近づき、農作物を整理するのに気を取られていた村人たちは、真夜中に小鬼が地中にトンネルを掘って村を狙っていることを知りもしなかった。
気がついた時にはもう後の祭りで、小鬼が村になだれ込み、一晩にしてろくな抵抗も出来ずに
その後、村人の大半は地下へと連れていかれ、男だけが万が一騎士が訪れた時の
僕は男の
人として、そして彼らを守るべきだった北方騎士団の一員として、
僕はマルグレット卿と誓約を交わした。
しかし、だからといって一人で小鬼の大群の中に馬鹿みたいに突撃するわけではない。それは単純に無意味だし、僕に
時が満ちるまで、僕たちは
ほら、今だって僕は非常に困難な任務に従事していた。未だかつてこんなに
僕は今すぐしゃがみこんで頭を抱え込みたい気分だった。
「ショルツ、何を
目の前に木剣を手に持つパトリシア殿下が一人、軽装で立っていた。
さらに僕たちの周囲をさりげなく殿下の騎士たちを主としたやじ馬たちが取り囲んでいる。その中にはオルドラン卿の姿もあった。
殿下の
「まさかお前はこの期に及んでも私に剣を教えるのを
簡単に剣を教えるといっても、
ええい、ままよ。僕は腰の剣を抜いた。
「殿下、ご覧ください。これが僕の愛用します剣でございます。手に取ってどうぞご確認なさるとよいでしょう。」
パトリシア殿下がおっかなびっくり僕の剣を受け取った。一瞬落としてしまいそうになるが、両手で握りなおす。
「思ったより重いのだな、見ているだけでは分からなかった…。それに、この剣はなんというか、その、」
「とてつもなく細長い、そうでしょう? 殿下。」
僕は殿下から剣を返してもらい、中庭に立ててある
「
僕は剣を水平に構え、
長い年月をかけて何度も何度も繰り返したその
ひゅうっという風切り音に遅れて手に
「ゆえに、この剣を扱うとなれば相当の覚悟が必要です。この剣を握った時点で防御の二文字は存在しません。
避けるか、突くか。ただそれだけで眼前の敵を倒す必要があります。」
「殿下にはまず基本的な突きを放つところから練習していただきます。さあ、木剣を構えて。」
僕の指示に従い、殿下がへっぴり腰ぎみに剣を前に突き出す。僕はその姿に
腰が引けている、剣の持ち方が間違っている、足の踏み込みが甘い……。
昼過ぎから始まった鍛錬は、日が
もうすでに周囲のやじ馬の姿はない。中庭には鍛錬に励む僕とパトシリア殿下、そしてそれを遠巻きに眺めているオルドラン卿の三人ほどしか残っていなかった。
およそ千回ほど突きを放っただろうか。汚れるのも構わずパトリシア殿下が中庭の土の上に倒れ込む。
そのまま
途中で音を上げると思っていたのだが、パトリシア殿下は思ったより根性があったらしい、僕の想定以上に頑張ってくれた。
「ど、どうだろうかショルツ。私は上達しているか……?」
僕を見上げるパトリシア殿下が息も
さて、どう言葉をかけるべきか。僕はしばらくの間
「殿下、そもそも今日一日で上達などするはずもありません。剣とは毎日毎日どんな時も欠かさず継続し、その果てに成果が得られるもの。
今日頑張った程度で腕前が上がるなどという甘えた考えはお捨て願いたい。」
パトリシア殿下の表情が曇る。
「…ああ、お前の言うとおりだ。私としたことが、浮かれていたらしい。」
自分に言い聞かせるように呟く殿下の声に
「ただし、殿下の覚悟は伝わりました。正直、ここまで本気で打ち込まれるとは思いもよりませんでしたので。その意気込みは評価されてしかるべきだと思いますよ?」
パトリシア殿下の顔がパアッと明るくなる。よろけながらも勢いよく立ち上がったパトリシア殿下は満面の笑みを浮かべた。
「そうか、そうか! ショルツ、また明日も頼むぞ!」
今にも
そうか、これをほぼ毎日続けなければいけないのか。僕は静かにため息をついた。
そんな僕にオルドラン卿が近寄ってきた。
「ショルツ卿、無理を
オルドラン卿が夕暮れの中庭でお
オルドラン卿が僕に謝っているところを誰かに見られて変な噂を立てられては困る。
「頭をあげてください、オルドラン卿。かつてはいざ知らず、今や卿とは
「
オルドラン卿が真剣な表情で顔を近づけてくる。僕は
パトリシア殿下について、だって?
「ショルツ卿はパトリシア殿下がどうして北方騎士団の団長に任命されたか、ご存じか。」
てっきり僕はあのパトリシア殿下がわがままでも言った結果なのかと思っていたが、オルドラン卿の表情から察するにそういうわけではなさそうだ。
「実は、パトリシア殿下も今までの他の団長と変わりはせんのだよ、
パトリシア殿下が騎士物語に憧れていることを
王族が、左遷? 僕はだいたい話の筋が読めてきた。王族をここまで辺境の地に
「
オルドラン卿が
「
いつの時代も王侯貴族は変わらないものだ。実の妹を
アンドロマリア・ド・トゥルモンド。現国王アグラシウス七世に代わり王家の実権を握る、実質的なこの王国の最大
「今となっては信じられぬかもしれぬが、パトリシア殿下とアンドロマリア殿下は幼少期は実に親しくお付き合いなさっていられた。
だから、
しかし、アンドロマリア殿下は実に情け
オルドラン卿がぐっと僕に顔を近づける。
「もはや殿下が信頼なされるのはご自身の騎士と数少ない後援の諸侯のみよ。だからこそ、ショルツ卿。
オルドラン卿が後にした中庭で、僕は一層深いため息をついた。
やられた、巻き込まれたな。オルドラン卿もああ見えて人が悪い。まったく、面倒くさいことになりそうだ。
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