第5話
「取り逃がしました、か。」
「ああ。ただでさえ夜で周囲が闇で閉ざされているというのに、それに加えて月が雲に隠れてしまってはどうしようもなかった。
相変わらず山積みの
「それで一晩おいて、どうだ? 頭は冷えたか?」
副団長が顔を上げて僕の顔を見つめた。鋭い緑の瞳が僕を
「……ええ、
本当に昨日の僕はどうかしていた。
あの程度で腹を立てて身分や家柄もわからない相手に
酒を飲みすぎて頭がおかしくなったんだろうか。
「なら、よい。北方騎士団
副団長がふとため息をこぼす。固い木製の椅子の背にもたれかかると、天井をぼうっと眺めた。
「それに、殿下の騎士と
まあ、騎士団の騎士と王族の騎士との間に
まったく、面倒な話だ。」
北方騎士団は、跡取りになれなかったり
殿下の騎士が北方騎士団を見下し、北方騎士団が殿下の騎士を
王族であるうえに騎士団長であるというパトリシア殿下の
マルグレット卿は鎧を身に着けたままで、その縁にはところどころ泥が飛んでいた。
「マルグレット卿は自発的に夜間の捜索に加わってくれたのだ。ただ、すぐさま
マルグレット卿の顔がさっと青ざめた。どうやら昨日の宴でのマルグレット卿の失言はバッチリと聞かれていたらしい。
あわあわと
「さてと、ショルツ卿にマルグレット卿。パトリシア殿下に護衛の件はあえなく断られてしまったが、だからといって殿下を放置するわけにはいかん。
日中の城内では不要だが、殿下が城外に出られた時やお休みになる時などは必ず
実に困難な命令だ。しかし、副団長をこれ以上失望させるわけにはいかない。僕とマルグレット卿は二つ返事で
持ち回りの畑仕事を終えてからマルグレット卿と二人並んで
基本的に北方騎士団の食事は一日に二回、昼と夕方に騎士が大広間に集まってとられる。
基本的に野菜が少し浮いているスープと黒パン、
マルグレット卿と大広間に入ると、ボルゴグラード城内の
殿下の騎士と北方騎士団の騎士とが別々に固まって座っていたからだ。
やがて昼食の時刻になり、各々
昨日の祝宴とは比べ物にならないほど
この食事に慣れた北方騎士団の騎士たちは
マルグレット卿と二人横並びに座って無心で固くてボソボソしたパンを
珍しい、こんな時間に魔獣の襲来だなんて。
すぐさま北方騎士団の騎士たちは食事を中断し、各々の持ち場へと急ぐ。僕も立ち上がって
しかし、殿下の騎士たちは動きはしなかった。当然といえば当然だ。
北方騎士団ではなくパトリシア殿下に仕えている彼らにはこのボルゴグラード城を守る義務がない。
ただこれでまた不和が広がるだろうなあ。頭を抱えている副団長の姿を幻視して僕は苦笑いを浮かべた。
魔獣たちの襲撃は無秩序だ。知性を持たない獣たちは本能に従ってできるだけ多くの人間を狙おうとする。
森のすぐ近くにあり、多くの騎士や文官が住むボルゴグラード城は
すさまじく巨体の
今回は
今あそこには副団長と殿下が見張り番と共にボルゴグラード城全体の指揮を執っているはずだ。
無意味に城の城壁に突進してくる
すでに北方騎士団の勝利は確定したが、どうやら生き延びた
このまま逃せば騎士団の領地を
僕を含めた十人ほどの騎士で突撃する。用意した馬に
草原を走ってしばらくすると馬の二、三倍の巨体の猪が近づく僕たちに向かって突撃してくる。
鎧に身を包んだ騎士たちと毛皮に身を包んだ獣たちが交差する。瞬間、
一頭、眼球から脳まで
周りの騎士たちと再び位置を調整したところで気がついた。一人減っている。
しかし、今はそんなことを気にしている暇はなかった。再び猪たちに向けて馬を急き立てる。
迫りくる牙を身を
二度の
馬から降り、今だピクピクと動く猪に一匹ずつ
周囲の騎士たちを呼び、二三人がかりで
こひゅっ、と血を吐き出すその騎士は僕の顔見知りだった。恐らくもう意識が
結局、その騎士は馬に乗せて城に戻る
立派な騎士だった。少なくともあんな猪なんていう獣に後れを取るような騎士ではなかった。
しかし、ここは北方騎士団。常に死と隣りあわせの騎士団。こんなことは
城外に騎士団の騎士たちの墓場はある。彼の墓には殿下の騎士からくすねた高級ワインを注いでやった。
下戸の僕には味はわからないが、酒豪だった彼が天で喜んでいることを
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます