第10話
「ほうしました、ショルツ卿? ハエでもとまってひましたか?」
隣でマルグレット卿が口いっぱいにパンを
そうだ、こいつがそもそも竜退治の話をしなければこんなこじれた話にはなっていなかったのだ。僕は無言でその脇腹を
「むっ!」
マルグレット卿が何かがつっかえたように胸を叩く。
「何をそんなに不機嫌なのです、ショルツ卿。パトリシア殿下の剣術指南役に
無論、貴族のあれやこれやといったしがらみもつき
そうだ、結局僕はあの試合の後も
目がすわったオルドラン卿に小一時間ほど
オルドラン卿は最終的に僕が
それに、僕の味方をしてくれる者は誰もいなかった。
あの試合の後、驚くべきことに北方騎士団内でのパトリシア殿下の人望は高まった。パトリシア殿下が普段の北方騎士団の働きへのねぎらいと
なんと北方騎士団の騎士たちは単純なのだろう。王族にとってははした金かもしれないが、北方騎士団の安い給料からしてみれば大金で、皆大喜びした。
だから、僕がパトリシア殿下の指南役を断る話を持ちかけても、聞く耳を持たない。
まさか、僕が指南役を断るために用意した
それに、副団長も実務から殿下を
いったい誰が分かってくれるだろうか、指南役を断る方法を相談しようと部屋を訪れたらにっこりとした副団長に
僕はあの副団長に裏切られたも同然だった。
最後の頼みの
それに、僕の気のせいなのかもしれないが、その視線にはどこか
「ええい、どうして殿下の騎士たちはオルドラン卿の
僕がオルドラン卿との戦いのために必死で練習した、見物人に
この努力を
どうして殿下の騎士は僕を夜襲でもなんでもしてくれないんだろうか。僕がそう気勢を上げていると、脇からひょこっとグウェンドリン卿が顔を出した。
「それは当然ですよ、ショルツ卿。殿下の騎士たちは誰しもがオルドラン卿の圧勝で試合が終わると思っていたんですから。」
マルグレット卿が
「グウェンドリン卿、それはいったいどういうことですか?」
「オルドラン卿は指南役も任されていた通り、こと騎馬試合において
それが、ただでさえ槍に対して不利な刺突剣でショルツ卿が圧勝なさるものだから、
グウェンドリン卿が肩をすくめて言った。確かに、騎馬試合の時に感じたオルドラン卿の気迫は
だからこそ、試合の後にあれほど思い
「正直僕もいくらショルツ卿の勝ち目はないと思っていたんです。でも、北方騎士団の皆さんはあまり驚いていませんよね、どうしてなんですか?」
グウェンドリン卿が不思議そうに尋ねる。そうか、グウェンドリン卿は僕が騎士団内ではけっこう武で
「グウェンドリン卿、続きの話はこの俺がして進ぜよう。」
おどけたような声が僕たちの頭上からした。振り返ると色白の一人の男が立っていた。赤髪を揺らしながら長机に腰かける。
ああ、こいつとだけは
この男の名はロートリンゲン・ド・ポムジー。
「ロートリンゲン卿、とりあえずグウェンドリン卿から離れなさい。」
僕はそっとロートリンゲン卿をたしなめた。ロートリンゲン卿の近くにいればグウェンドリン卿もその影響を受けかねない。
「
ロートリンゲン卿は
そしてグウェンドリン卿を
「ロートリンゲン卿、やめなさい!」
ロートリンゲン卿が何をしようとしているのかを悟って、僕はたまらず声を上げた。
ロートリンゲン卿は悪いやつではないのだが、何かを語る時には
聞かされるほうはともかく、話に出てくる身としてはたまったものではない。
「さて、これは遠い遠い北の辺境での話。王国の皆様方が想像もつかないようなこの世の果てに、ひとつの騎士団がございました。
その騎士たちは
グウェンドリン卿はまるで子供のようにロートリンゲン卿の語り口に聞き入っている。
僕の座る机の周囲には娯楽に
「そんな一騎当千の勇者たちにも、一目置かれ恐れられるボルゴグラードの三騎士がおりました。
その三人はまさに別格! どんな怪物だろうと
では皆様方参りましょう、まずは"二射いらず"、マルグレット! その騎士が放つ矢は雷よりも速く、城よりも重く、海よりも遠く、何よりも外れることを知らぬ!
次に"鋼鉄剣"、シナトラ・ド・モンタギュー! 構える盾は破れず、握る剣は折れず、纏う鎧は貫けず、一度も倒れることのない不敗の騎士!
そして、最後に…。
―――――――――――我らが"串刺し卿"ショルツ・ド・バイヨン!
その前に立って風穴の開かぬ者なし、岩すらも貫く恐怖の剣なのです!」
僕は顔から火が出そうだった。何が悲しくて公衆の面前でロートリンゲン卿にこんなこっ
隣ではマルグレット卿が平静を
「さあ、お集まりいただいた皆様、本日の話はこれからが本番!
マルグレットはいかにしてキメラの目を
興に乗ったのか、ロートリンゲン卿がより一層声を張り上げる。
その横にいつのまにか一人の騎士が
すさまじい音を立てて
「ロートリンゲン卿、これが私が巨人の手足を粉砕した方法だ。よく覚えておけ。
ほかに知りたいものはいるか? いるなら申し出るがよい。」
ほのかに頬を
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