7.出会いと団子
日向が見るからに悪人そうな男が呉服の大店に入っていったという事実を処理しきれず、その場に留まっていると、別の人影が花月屋の裏口に近づく。
ドンドンドン。
「番頭さん、あけておくれよ」
その小さな人影は、裏口を何度も叩く。
先ほどの怪しい男と違い、裏口から入れる様子はない。言葉を聞く限り、応対すらしてもらえていないようだ。
ドンドンドン。
「番頭さんてば。また家出しちゃったんだ。頼むよ」
さすがに聞き流せない物騒な単語が出てきたため、意識が現実に戻ってきた日向。その証拠に、裏口の戸を叩く小さな人影に向かって歩き出している。
「何やら、のっぴきならない話をしてますね」
「あん?なんだよ。今、俺は忙しいんだ。ガキはさっさと帰って母ちゃんの乳でも吸ってな」
随分な言い草である。
「何と! 心配して声を掛けたのですよ。それにあなたの方がガキじゃないですか!」
「あん? おれは十四だぜ。お前みたいなガキと一緒にすんな」
「私だって十五です! あなたより年上なんだから敬うべきなのです! そっちこそ、どう見ても十にも見えないヒョロガキじゃ無いですか」
「お前が十五だって? サバ読んでるんじゃねえのか? このちんちくりん」
傍からから見れば、十に満たない男の子と十を少しくらい越したばかりの女の子が、どっちが大人か言い争っている。
実際にはお互い本当の歳を言っているのだが、最初の出会いが悪く、相手の言い分を素直に認められない。
特に哲太は、家出屋にまた行くために必死だった。
「ちんちくりんって! ……ふぅー。まぁいいです。私の方がお姉さんですから許してあげましょう。それで家出とか言ってましたが、ここには何のようですか?」
やけにお姉さんに力を込めて胸を張る日向。
「お前には関係ねえだろ。俺はここの番頭さんに用があるんだよ」
それを聞いた日向は、精神年齢に合わせた痴話喧嘩のような雰囲気から年相応の表情へと変わる。
現に先ほどまではある意味、からかい甲斐のある獲物を見つけて楽しそうだった。
しかし、事態はそう軽いものではなく、この花月屋が何かよからぬ事に関わっているという事に気がついたようだ。
やたらと高い周囲からの評判、場所に不釣り合いな商売で繁盛している事、先ほど見かけた人相の悪い男。
それらの違和感が重なり合い、ある一つの事実を浮かび上がらせる。
その証拠に日向の目はキリッとした目付きに変わっていく。表情はどんどん深刻さを増していった。
こうなれば普段のほんわかした雰囲気は消え去り、厳しい忍者修業を潜り抜けたくノ一に顔になっていた。
さすがに哲太も、この表情を見て冗談の言い合いでは済まされない事態になった事に気が付いたようだ。
さらに何か言葉を重ねようとしようとしていたが口を噤む。
「それはさっきの家出という言葉と関係あるのですか?」
「お前には関係ねえよ」
振り出しに戻り、哲太は突き放すが最初のような勢いはない。
「確かに関係はないのですけど将軍様のお膝元で家出を助長するようなお店は放っとけないです」
「でも花月屋は、ここらじゃ一番の大店で人も沢山雇っているし、子供のための寄付も沢山してるんだぜ」
「そうなのですか。だからといって家出を助長していいとは思えないです」
「そりゃあ、俺だってそう思うけどよ。……実際おみよも帰ってこねえし……」
「それって……おみよちゃんは妹さん?」
「いや、俺らは浮浪児の集団なんだ。おみよは新参の子で、俺は一番の古参だからみんなを守ってやらねえと……」
「心意気だけは格好良いです。それにしても責任感が強いのですね」
「俺らは子供だから一人じゃ生きてけねえんだ。だからみんなで寄り添って助け合っているだけさ」
「そうなんだ。ここに来るとお腹一杯ご飯を食べさせてくれるの?」
「いや。それだけじゃねえんだが……ここで話すのはマズいな」
「じゃああっちの辻まで戻って話しましょうか」
「それで、あの花月屋は、どんな風に家出の子を助けてくれるの?」
「あそこはな、表向きは呉服屋だが、家出した子たちを匿ってくれるんだよ」
「匿うって?」
「当初は、親から乱暴を受けたり、飯を食わせてもらえなかったりする子たちが逃げ込む避難所のような感じだったらしい」
「当初はって事は今は違うの?」
「今は、あの裏口に行って家出だって告げれば、理由を問わず避難所に連れてってもらえるんだぜ」
「ふーん、ずいぶん詳しいのですね。それも気になりますが、あなたは浮浪児って割に小綺麗ですよね?」
「そりゃそうさ。俺は一度あそこに行ってるからな。着物もそこで貰ったもんさ」
「なんでまた行きたいの? そんなに良い所だった?」
「探索の途中で帰されちまったからさ。でも、あそこは止めといた方がいいぜ。大人たちは変に優しいし、なんで家出した子供にそこまでするのかもわかんねえ。何よりあの空気感は尻がむず痒くて堪んねえよ」
「探索?」
「おっといけねえや。タダでこれ以上は話せねえな」
「……お団子でどう? 近くに美味しいヨモギ団子が食べられるお店知ってるよ」
「……ゴク。いいじゃねえか。それで手を打ってやろう。でも団子は六本だからな!」
「そんなに食べるの?」
自分は、甘味屋を何件もハシゴをしていたにも関わらず、心底驚いたように質問した。
勿論、それぞれの店で同じ数を食べてきた事には触れない。
「別に良いだろ! ダメなら帰るぜ」
「……そうですね。お腹の具合からもう六本くらいならいけますね。よし! じゃあ行きますか」
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