2.師弟関係

「知ってるか? 最近、空の荷車が盗まれる被害が出てるんだとよ」

「荷車って、あの馬鹿でかい大八車の事だろ? 盗んで売りさばいてるのかい?」


「何でも、店名の焼き印はそのままだから、すぐに見つかって持ち主が回収してるらしいんだよ」

「なんだい。じゃあ騒ぐほどもねえや」


「だがなぁ、車輪や車軸にやたらめったら釘を打ち付けて、荷車が動かないようにしているらしいんだ」

「なんだってそんな事を? 悪戯でそんな事されたら大損害じゃねえか。くわばらくわばら」


「あれ? お前さん、大八車持つほど大きな店の店主だったのかい?」

「馬鹿言うねぇ! どこに腹掛け半纏の商人がいるんでぃ! おれっちはしがない左官屋よ!」


「だったら心配するだけ無駄ってもんじゃないか」

「お前さん、それを言っちゃあ、おしめぇお終いよ」



 そんな茶飲み話が繰り広げられている、とある江戸の茶屋。

 茶屋にしては値が張るが、甘味の味が良いと評判で繁盛している。



 その一角に団子を山のように積み上げて、ブツブツと独り言をしゃべり始める少女が一人。

 以下、彼女の独り言である。


 ふむふむ。この鮮やかな緑色。

 荒い粒が故郷である紀州の山々の風情を思い出させますね。

 しかし、この色。


 甘味番付 関脇級のうぐいす餅がある中で、こう来ましたか。


 うぐいす餅もこれと同様、鮮やかな緑。

 しかし、その表面は、うぐいすきな粉で覆う滑らかさ。その優美さは、まるで風が吹き抜ける草原のようです。


 対してこれは、粗目に砕かれた粒が立体感を生み出しています。そう、荒々しい岩山に根付く梅花碇草ばいかいかりそうのようですね。

 こちらは雄々しく生命を主張しているようです。


 しかし、これはこれで美しいですね。

 これを生み出した職人さんに敬意を表します。


 うぐいす餅は、青豆の状態で炒ってきな粉にしたものを振りかけますが、こちらは青豆を擂り潰しながら、そのまま餡としています。


 さすが職人さんです。同じ素材からここまで違いを引き出すとは。

 このというものは仙台が発祥らしいですね。仙台最高です。


 さあ、いただきましょうか。


 うむ! 口に広がる青々とした豆の香り。枝豆と砂糖という一間合わなそうに見えて得も言えぬ一体感。

 鼻腔を通り抜ける青豆の香り。この時期、江戸っ子は枝豆と決まってますが、こういう豆の楽しみ方も悪くないです。

 いや! 断然ありです!


 そして団子の食感だけでなく、豆の食感も合わさると、噛むたび楽しくなりますね。

 お互いがハッキリ主張し合ってぶつかり合う。

 団子も餡もどちらも負けていません。

 素晴らしい……もう一本行ってみましょう。



 と、ここまでその少女、日向の独り言である。

 団子屋はそれなりに混雑していたのであるが、この独り言が始まってから、周囲の客は段々と離れていった。


 見たところ、可愛らしい武家の少女なのだが、少し偏った性格であるようだ。

 もしかすると、彼女が座る床几の横にある団子の皿を見て引いただけかもしれない。


 小柄な少女の横には、かの団子が六本、焼き団子が十二本、みたらし団子が六本と、団子が山のように積まれている。


 大の大人が四人で食べる量だ。

 それを何のためらいもなく頼んだ彼女に周囲は驚いていた。


 それに加えてあの独評である。君子危うきに近寄らず。



 さて、そのような光景を作り出した日向であったが、反対にも周囲の客を去らせた迷惑な客が一人いた。


 その客は、銀杏髷いちょうまげに結い、地は灰色で白い格子模様の着流し、その上に黒い絽の羽織を重ねて、裾は帯に挟んで巻き上げている。

 足元は黒足袋に雪駄という出で立ちで、大層洒落ている。


 一方、顔立ちはと言うと、好き嫌いが分かれそうだ。

 全てのパーツが大振りで、顔は四角で頬が張っている。

 ぎょろ眼に、への字の太い眉、ぼってりとした唇。

 まるで四角い達磨のようである。


 背筋がピンと伸びており、姿勢が良い。

 それも置かれた達磨を連想させる。


 肌を見れば、もう五十歳は過ぎていよう。若い頃であれば眼力だけで子供を泣かせることができそうなほど目に力がある。


 幸いなのは、歳を重ねたおかげで目尻が下がり、得も言われぬ愛嬌がある事だろうか。


 そこまで威圧するような顔付きではないのだが日向同様、周囲の客は離れていった。


 その様子に気が付いた日向は、その男をまじまじと見る。

 視線に気が付いたのか、男も日向を見ると、片方だけ口角を上げる。


 その小さな笑いは、興味を引いたからか、嘲笑したのか。

 その答えはすぐに出た。


「お前さん、流々と講釈を垂れているようだが、随分トンチキな事言ってやがるじゃあねぇかよ。江戸っ子は醤油食うって決まってんだ。江戸の食い物は煮付けにしてもなんでも醤油で煮るもんさ。だからよ、団子ってのは醤油をつけて焼いたのが正しい団子ってもんよ」


「私、江戸出身じゃありませんので」


 良い気分で団子を堪能していたところに冷や水を浴びせかけるような一言。

 二人と距離を取っていた客は、さらに距離を取り安全圏に逃れようとする。

 だけでなく、あと一口となっていた団子を無理矢理詰め込み、さっさと席を立つ客まで。


 日向も、その言葉にイラっとしたのか、日ごろの言葉遣いは何処へやら。叔母である日葵の口調のようになっている。


「なんでぃ、田舎者かよ。じゃあ江戸の味がわかんねえのも仕方ねえな」


 ここにきて、妙な都会人意識の江戸っ子が地方出身者を田舎者と蔑んだ事で空気がピリッとしだした。


「あなたが言う江戸の味って醤油だけじゃないですか! それだけじゃ、しょっぱくて黒いだけですよ!」

「おうよ! それが江戸の粋ってもんよ」


 さすがに周りの客も疑問符が浮く。しょっぱくて黒いだけが江戸の粋だなど聞いた事も無いからだ。


「良いですか? 最先端のみたらし団子というのは、みりんと江戸甘味噌を使った甘じょっぱいお団子なんですよ? ここのは甘味が強いので砂糖も使っているかもしれません!」

「嘘つくんじゃねえ! 俺が食ってきたは醤油のしょっぱいタレだったぜ」


 ふるふると首を振り、子供に教え諭すように語りだす。


「そういうお店は昔ながらのみたらし団子なのですよ。日々時代は進んでいるのです。ここのは、甘じょっぱく仕上げたみたらし餡。つまり最先端のみたらし団子なのですよ。食べてみてください。みたらしと言うのは、この滑らかな琥珀色のタレが、お団子だけでなく甘さとしょっぱさを包み込んでいるのです。あのタレをなるべく、こぼれない様にたっぷりと絡めて、そのままお口へ……はむっと加えれば、醤油の香りが鼻孔をくすぐり、甘みが舌を喜ばせてくれるのです」


 自分の皿のみたらし団子を差し出すと、みたらし団子について語りだす日向。

 胸の前に手を組み、うっとりとについて想いを馳せている。


 摩訶不思議な状況ではあるが、彼女の団子愛が本物なのか周りも聞き入ってしまった。


 その言葉を聞いて、みたらし団子を手に取った男は、恐る恐る口に運ぶ。

 一噛みして串から団子を引き抜くと、ゆっくり咀嚼する。

 すると、わなわなと震えだす、達磨顔の男。


「なんてこった……。醤油味でも甘いのか」

「そうですよ! 小豆だって、お砂糖で煮れば餡子ですけど、お米と炊けばお赤飯です。どっちが良いかじゃなくて、どっちも良いのです」


 とても良い例えを言ったと満足気な日向を尻目に達磨顔の男は、自分の常識を打ちのめされた現実に戻り切れないでいた。


「確かに赤飯も美味いな。そうか……俺もまだまだだ。仕事柄、公平な目を持つべく意識してるってのに」

「まだまだこれからですよ。宜しい。私が発掘した変わり種団子のお店に連れてってあげましょう!」


 先ほどの例え話がうまく言ったせいなのか、段々と調子に乗っている日向。


 自分の団子をそっちのけで立ち上がり、胸を叩いて連れて行ってあげるとのたまう。

 四十ほども歳の違う侍相手に随分上から目線だ。


「嬢ちゃん! いいのかい?」


 こっちの達磨顔の男も同じ感性なのか、雰囲気に触発されたのかノリノリである。


「もっちろんです! お団子道普及のためには苦労は惜しみません。さあ、まずはここの団子を食べてくださいな。これは職人さんの英知の結晶です」

「おう! 食ってやろうじゃねえか。これからも頼むぜ、嬢ちゃん! いや師匠!」


 こうして、歳の割に幼い日向と達磨顔のおじさん侍の師弟関係が結ばれたのであった。

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