2.追跡
「歳を取ると保守的になるんですかね〜」
いない相手に毒を吐く小柄な少女、宮地日向である。
「確かに真っ黒なお団子とは邪道な気がしましたが、食べてみれば香りも良くて美味しかったなぁ。今度はひまりちゃんも連れてきて、黒胡麻餡のお団子食べさせてあげたいな。食べれば絶対気に入ると思うの」
なんだかんだ、
その足取りは先日初めて来たばかりだというのに躊躇がない。
「せっかく広小路まで出てきたんだし、お昼食べてっちゃおうかな! 江戸はお昼食べるのが当たり前で幸せです。紀州じゃ、昼も食べるなんて言ったら、大食らい扱いですからね。さてさて、美味しそうなところは……」
彼女の目に留まったのは、不思議な看板の掛かったうぐいす屋。
どんな店かわからないが、興味が勝ってしまい躊躇いなく店に入る。
「こんにちは。一人なんですが、食事しても良いですか?」
「いらっしゃい! よければ奥の小上がりにどうぞ」
店員の女性は、驚いた様子も見せず、奥へと案内した。
経験の成せる技だ。
それもそのはず。彼女は、この店の女将。
日向より、いくつか上の十八歳ながら、幼い頃より父親の一膳飯屋の手伝いをしていた経験は伊達ではない。
そんな彼女だから、変な反応もせず、気を遣って咄嗟に奥と通せた。
慣れない小僧ならびっくりして固まっていただろう。
というのも、そもそも武家の人間は外食しない。腹が減っても買い食いですらしないものだ。
何より、日向は武家の子女。女子は基本外出しないか、したとしても女中か若侍が付くのが普通。ふらっと一人で店に来る事はあり得ない
と、驚きの要素盛りだくさん。
何の
「お嬢様、何を召し上がられますか? うちは一膳飯屋ですから、気の利いた物はないのですが」
やんわりと予防線を張る辺りは、武士の街、江戸で長い間商売を続けてきた知恵だろう。
そんな事とは、つゆ知らず、初めて入った飯屋に興味津々の日向。
「どういうのが良いかわからないので、お店のイチオシをください」
「あいすみません。今、うちの看板料理は品切れでして。色んなおばんざいを盛り付けた日替わりはいかがでしょう?」
「美味しそうですね! それをお願いします」
特にごねる事なく、注文が決まったのでほっとした女将。すぐに持ってくる旨を伝え、板場に向かった。
「ご馳走様でした」
綺麗に食べ終わると、席を立つ。店内は思いの外、客が少なく、店に人気がないように見える。店の味の良さと釣り合っていないようで怪訝な表情を浮かべる日向。
「看板料理が売り切れるほど、お客さんがいないように思うのだけれど」
一度来ただけで、よく分からない事もあるだろう。それに、この店は夜が繁盛するのかもしれない。
「とても美味しかったです。お店は清潔だし、女将さんは優しいし。また来ますね」
「あら。お上手ですね。またお越しくださいませ」
女将は愛想を振り撒き、しっかりと接客をやりきる。その顔は、変わった客を無事に捌ききった安堵感というより、心配事が頭を離れないといった顔だった。
少し日が経った上野広小路。
ここに歩くは、何時ぞやの叔母、姪コンビ。
「ね! 私の言った通り、試してみて良かったでしょ?」
「確かに。あんなに美味しいだなんて。真っ黒なお団子なんて初めてよ。江戸の団子屋さんの熱意を舐めてたわ」
自分の勧めたお団子が認められて大満足の表情を浮かべ次なる目的地へと案内する。
すると、以前と様子が違うのに気がついたのか、立ち止まる姪の日向。
「あれ? 一本道を間違えちゃった。こっちは裏口の方みたい」
いつも、からかわれる日葵は、ここぞとばかりに揶揄う。
「忍びたる者、街の地図くらい頭に入れとかないとダメじゃない。日向って地図読むのとかも苦手よね〜」
「違うの! この前は考え事しながら歩いてたから、間違えちゃっただけだもん!」
二人の掛け合いがヒートアップするかに思えた瞬間、道の奥から男女の言い争う声が聞こえて、思わず二人で顔を見合わせる。
声を出さずとも、そこは似た者同士で以心伝心。
すぐに物陰に隠れると、そこにいると知っていても気が付かないほどに、見事に気配を消す。忍びたる者の面目躍如。だか忍術の無駄遣いである。
咄嗟に隠れてみたものの、言い争いは先ほどの言葉が捨て台詞だったようで、その場には肩を震わせ涙を啜る女性だけ。
物陰に隠れた二人はコソコソ話で突然居合わせたこの状況を確認し合う。
「あの人、これから行く予定だったお店の女将さんだ」
「男の人と言い争っていたようね」
「優しくて気さくな良い人だったのに。しかも女を泣かせるなんて! 男の風上にも置けません!」
「そうね! あの男め! 追いかけてガツンと言ってやりましょう!」
本当にガツンと言いたいだけなのか、単なる興味本位なのか怪しいところではあるが、二人の中では疑問に思わないらしい。
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