14.日向の腕前

 影に潜み母屋を観察する。

 裏庭に面して縁側と廊下があり、中央は店へと続く廊下のようだ。

 

 反対にその廊下の先には、裏庭を横断して蔵が並ぶ一角まで道が続いている。

 その庭の道は途中で折れ、先日、日向が滞在した離れがあった。

 その反対には哲太のいた使用人たちの長屋。


 時折、その庭の道と廊下を小僧が行ったり来たりして蔵から反物を運んでいる。


 母屋に視線を戻す。

 中央の廊下に区切られた左右には部屋がある。左手の方は大きく一部屋。店主の部屋であろう。明かりはついていない。


 右手には三つに区切られた部屋。

 日向が聞き込んできた情報では花月屋には番頭は二人しかいない。となると一つは空き部屋。

 どれが鶴松の部屋であろうか。


 仕事は終わっていないようで、どの部屋も明かりがついていないのは幸いだが、

 人の出入りが多いため、庭から潜入できそうにない。


 それを見定めた日向は塀伝いに母屋の側へと移動すると、いったん塀に登り、そこから母屋の屋根へと飛び移る。

 音は立てない。猫のような身軽さである。


 屋根に舞い立った日向は着地した中腰のまま、首を振り、じっくりと屋根を眺める。

 何かを見つけたのであろうか。ある一点で顔の動きが止まると、そこへと素早く移動する。


 そこは少し瓦が浮いている場所だった。

 その浮いた瓦の真上の瓦に手をかけると、もう一方の手で浮いていた瓦を引き抜いた。

 一つ外してしまえば、残りは大して手間がかかっているようには見えなかった。


 外した部分を起点にして残り三枚、穴が正方形になるように瓦を取り除くと、下にあった葺き土を丁寧に取り除く。


 屋根下地である野地板が露わになると、懐から細長い広葉樹の葉のような薄い金属の板を取り出した。忍具のしころである。


 薄くて小さな鋸状の刃。それを野地板に宛がうと、静かに、そしてリズミカルに上下させる。幅三寸9センチの板を切ると、瓦を除いた部分全てを切り取る。



 丁寧に取り除いた野地板。屋根にぽっかり開いた穴。佇む忍び。


 そして忍びは静かに穴の中へ消えていく。



 舞台は花月屋の屋根裏へと移る。

 日向は梁や桁の上をスルスルと歩いていく。静かで重さを感じさせない。


 場所の当たりを付けているようだ。

 歩みに淀みがない。


 辿り着いた場所は、三つ並ぶ番頭の部屋のうち、真ん中の部屋。

 そこの天袋がある場所の上だ。


 天袋の天井は屋根裏に入れるように一部、桟に乗せているだけの天井板がある。

 手探りで探すと、ほんの少しズルりと動いた。一部固定されていない板を見つけた。


 そして日向は懐から取り出した笹の葉のような黒い金属をその天井板の角に差し込みこじった。彼女が取り出したのは忍具の苦無である。


 すると、刃の厚みだけ天井板が浮く。

 その状態でいったん静止し、部屋の音と灯りが漏れ出ていないか確認する。

 どうやら、外から見た時と同じように部屋の主は不在のようだ。


 そして、その隙間に指をかけると、板を取り外してしまった。

 そのまま上半身だけするりと中に入ると、天袋の戸がしっかり閉まっているか確認している。


 確認が終わると、上半身を屋根裏へと戻し、打竹(火のついた火縄を携帯する道具)から火縄を取り出し、天袋の中を確認し始めた。


 火縄の灯りでは、蝋燭の灯りにも満たない仄かな灯り。

 それでも忍びである日向の目には、しっかりと見えるようだ。


 迷いの無い手つきで天袋の中を物色する。

 穴の真下にあった風呂敷包みを引き上げると、手を突っ込み物色する。

 これはハズレのようで端に退けられた。


 もう一度上半身を穴に突っ込み、奥まで探す。


 仄かな火縄の灯りで天袋の奥の隅に箱状の物が見えた。

 日向は一度、体を引き抜き、火縄をしまうと、全身で穴の中へ入っていった。


 心拍が十を数えない短い間に屋根裏へと戻ってきた日向。

 手には、先ほど見えた箱が抱えられている。


 そっと、その箱を置くと蓋を外し、火縄を取り出す。

 何とか箱の中身が見えるようになる。


 中には、手紙がいくつか。

 そして一番底には冊子。


 手紙の宛名を見ると鶴松と書かれているのが読めた。


「当たりですね」


 彼女の予想通り、鶴松の部屋だったようだ。

 手紙を取り除け、一番上の冊子を取り出してパラパラとめくる。


 一冊目は、商いの手控帳のようで、花月屋での商いの仕方や商談の要諦などが書き連ねてあった。

 次の冊子も前半は同じであったが、後半になると短い文章の記載が目立つようになる。


 享保元年 神無月 品川 辰巳屋 鯛

      霜 月 板橋 伊勢屋 鯛 


 明らかな隠語。ここは呉服屋で魚屋ではないからだ。

 当人たちだけが分かる符丁であろう。


 それらの記載は月を追うごとに数が多くなる。

 そして一番最後に書かれたところにはこう書かれている。


 享保二年 文 月 深川 白菊亭 鰹


 二冊目の冊子を見終えた日向は丁寧に冊子と手紙を元の順番で戻す。

 同じ手順で火縄をしまい、文箱を持って穴へと入っていった。


 音も立てず、屋根裏に戻ってくると、天井板を元通りにして、侵入経路の屋根に開けた穴まで戻っていった。


 屋根に上がると、そのまま立ち去るのかと思いきや、穴に向かって膝立ちになり丁寧に作業を始める日向。


 懐から非常食にもなる柔らかく炊いた握り飯を取り出した。それをほぐし、垂木に薄く撫でつける。


 そうしたうえで、切り取った野地板を元の通りに置くと、手を置いたまま、グッと体重をかけた。

 どうやら、米は糊の代わりにしたようだ。


 そうして仮止めされた野地板の上に、避けておいた葺き土を置き、再び懐をまさぐる。


 次に取り出したのは細竹の水筒だ。

 音を建てぬように水筒を近付けて、葺き土に水をかける。葺き土を湿らせることで接着力を復活させるのだ。


 最後に取り外した瓦を戻せば、元通りである。その瓦には目印として傷が付けられている。


 そうして、日向はやっと花月屋を去ったのであった。

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