9.探し物の在処

「もしかしたら太吉が帰ってきちゃったのかも」


 思わず日向が呟く。


 今外に出れば、太吉に見咎められるかもしれない。


 二人は部屋で隠れる場所を探すのだが、――この裏長屋には隠れるようなところはない。


 かくなる上は。


 そう意気込むと日葵は日向に手で自分たちの草履を回収するように伝えると、自分は上を見上げ部屋の中央に位置取って裾を払う。

 日葵の白い脛が露わになる。


 土間から草履を回収した日向に体を向けると腰を落とし、手を前で組んだ。


 日向はそれを見て、すぐに察すると、草履を懐に入れ、日葵に向かって駆け出す。

 タッと踏み切ると、日葵の手に足をかけ、ヒラリと梁の上に飛び登る。


 間髪入れずに腹這いになると、日葵を引き上げるべく手を差し出した。

 小柄の日向に引き上げられるのか。


 どうやら、心配したが無用だったようだ。 

 日葵はその手を掴むと、その握った手を支点にしてフワッと蹴上がった。


 不思議と差し出された手には、さして力が加わったように見えなかった。


 二人が腹這いになり、隠形に入るとガタガタと障子戸が開く。慣れているのか日葵が開けた時のように手こずったりしない。危ういタイミングであった。


 太吉と思われる男が入ってくると、部屋には上がらず左手の流しの下をゴソゴソと漁っている。探し物はすぐに見つかったようで、探していたのも束の間、包みを手にして立ち上がる。

 自分で隠した物であるのに見つけてホッとしているように見える。


「ドジったな。まさかここまで大事になるとは思わなかったぜ。さすがに仕事道具をそこらに捨てる気にもなれなかったしな。結果的に持ってて良かった。こうなれば今日の仕事終わりに心配で顔を出したフリして、コレを戻しに行かねえと」


 思わず隠形の術が解けそうな独白を聞いた二人は、事の顛末を察し、胸を撫でおろす。

 おそらくではあるが、太吉が持って出たのは探していた銀次の包丁であろう。


 どうやら太吉は何かと理由をつけて店を抜け出してきたようだ。目的の物を手に入れると、自分の部屋からそそくさと出ていった。



 思わぬ展開ではあったが最悪の事態にはならなさそうである事はわかった。


 今のところ、夜には包丁が戻る事は確定しているので、あとはその旨を銀次に説明すれば、騒ぎは収まるはずだ。


 問題があるとすれば、ひとつだけ。気の重たくなることを告げねばなるまいが。


 犯人を銀次へ告げるのかどうか。銀次の反応次第では、もう一波乱起きるだろう。



 日向たちは梁の上で念入りに気配を探り、問題がないと判断して音もなく降りた。

 日向は足袋裸足であるのに土間に降りる。


「大丈夫そうね」

「そうですね。後は気が変わらぬことを祈るばかりです」


「もう騒ぎは十分よ。私たちもやるべき事をやっておきましょう」


 日葵はそう言うと、太吉の今日の動きを確認するため差配さんに太吉が朝何時に出て行ったかを確認しにいった。


 差配さん曰く、いつもより早い明六あけむつに出て行ったようだとの事。しかし常に木戸に張り付いているわけではないから、一度帰ってきたかはわからないらしい。


 不思議な事を聞くもんだと訝しがられたが、そこはもう会わぬ人。笑顔で話を切り上げ長屋から離れた。



「はて、どうしましょう……」


 お多恵と銀次はどこへいったのか。知り合って間もない事が裏目に出て、探しに行くところが決まらない。


 悩んでいても仕方ないので、二人を良く知る親方に聞きに行く事にした。しっかり待ち合わせについて決めておかなかった自分の迂闊さを呪う言葉を吐くが、それは後の祭り。


 親方がなにか手がかりを知っていれば、ずいぶん楽になるようだが。


 ※ ※ ※


「二人の事なんてあんまり知らねえですよ。ってか知りたくもねえなぁ。娘の恋事情なんてよう」


 淡い期待は外れてしまったようだ。


「複雑な親心はお察ししますが、何かありませんか?」


 かと言って、親方以上に二人をよく知る人物はいない。

 ここで引き下がっては、袋小路だ。粘る日葵。


「うーん、銀次は修業にかかりっきりで遊びに行く暇もねえですし……いや、確か昔、谷間の景色の良い丘を見つけたとか何とか言ってたような」


「行ってみますね! どの辺りかわかりますか?」

「ちっちぇえ頃の話だから、そう遠くはねえです。多分少し東に行った所の谷間の事だと思いやす」


 手がかりを掴んで喜色満面。二人はもう駆け出しそうになる。


「わかりました! それと、包丁はきっと見つかりますから、帰ってきたら許してあげてくださいね!」


 せめて最低限のことは告げねばと、言いたいことを言い放つと駆け去っていった。

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