モモの思い出 その2

「そういや最近見ないねえ」

「見ないって何をだい?」


「潰れちまった団子屋の黒い犬さ」

「そうだねぇ。近頃とんと見ないや。……そういや聞いておくれよー。差配さんたらさ、お隣の奥さんに色目を使ってさ、この間なんて……」


 さほど時間はかからず、彼女らの梅に対する関心は失われていった。



 ※ ※ ※



 梅はよたよたと歩き回っていた。

 自分の住処の周辺を探しに探していたが、次第にそこから離れていき、今は何を目指して歩いているのか、わからなくなっているように思える。


 彼女の行動は、残飯を漁り、水を飲み、歩き続ける。

 それだけだ。


 次第に人の多い町に辿り着いた。

 そこは武家屋敷があれば、町人が暮らす町家もある。

 落ち着いた街並みと活気が交じり合った町だった。


 梅は、その町を起点に歩き出した。

 グルグルと町内を行ったり来たり。

 道を変え、方角を変え、町中を徘徊する。


 梅が歩き回る様になって、かれこれどれくらい経ったのだろうか。

 いつの間にやら、照り付ける太陽は夏の様相を呈してきていた。



 ※ ※ ※



 ある日、いつものように歩き回っていた梅に変化が訪れた。

 梅のことを知らない人であれば、徘徊しているとしか思えない足取りが、明確な意思を持って、とある方向に進み始めたのだ。


 そうなるとヨタヨタとした歩行は、並足程度にしっかりするから不思議なものだ。


 足取りは強さを増したが、顔をまだ上がらない。

 しかし地面を嗅ぐ鼻息が強くなっていた。

 明らかに興奮している。


 梅が従前の状態であれば、走り出していたのではないだろうか。


 程なくして、稲荷神社を通り過ぎるあたりで、子供の声がしてきた。

 梅ほどではないが、同じようにみすぼらしい子供が道端に置いてある天水桶の方を向き、何かを探している。


 梅は、その子供の前を通り過ぎ、天水桶の方へ。

 歩みに迷いがない。


 すると、少年が見ていた天水桶の影をスンスン嗅ぎながら、ウロウロとしだす。


「――ぷっ! おい日向! 犬に見つかったみたいだぞ。お前の隠れ身の術」


 みすぼらしい少年は天水桶に向かって笑いかける。


 すると影に見えていた黒っぽい布がひらりと捲れ上り、しゃがみこんでいた少女が姿を現した。

 

 しかし、梅は突然出現した少女には目もくれず、捲れ上がった風呂敷を追っていた。


 そして匂いを嗅ぎ続けている。

 一息、一息とても丁寧に。まるで噛み締めるように。


「わんちゃん。邪魔しちゃダメです! ……ん? 風呂敷が気になるの?」


 影から現れた少女は風呂敷を右に左に振ると、梅の顔も右に左にと風呂敷を追いかける。

 なんとも愛らしい姿である。少女も同じように思ったのか、梅に抱き着いている。


「可愛いですね! あなたは。風呂敷の匂いを嗅ぎ続けるなんて、どうしたのです? もしかして、お団子好きなのかな?」


 梅を撫でながら、話しかける少女は、風呂敷に染み付いたの事を思い出し、そんな風に問いかけた。


 問われた梅はまだ風呂敷の匂いを嗅いでいる。


「こいつ野良だな。近頃、見かけるようになったやつだ」


 離れていたみすぼらしい少年が近づいてきて説明する。

 彼曰く、最近見かけるようになった柴犬で野良だという。

 

 この町に辿り着いて以降、どこかで哲太に目撃されていたようだ。


「お団子好きなの? 随分瘦せてしまってますね。お腹空いてるなら帰りに食べてきますか」

「わん!」


 梅は、少しくたびれてしまったしっぽをこれでもかとブンブン振る。

 その動きは、日向の言葉を理解しているようにも見えた。


「お返事できるの~! 賢い子ですね! 決めました! 一番美味しいみたらし団子を食べさせてあげます。ついてくるのです!」


 そういうが早いか、さっさと走り出す日向。

 その後をしっかりと付き添う梅。


 先ほどまでの重い足取りは嘘のように力強く少女を追いかけて行った。



 これが、新たな飼い主となる日向との出会いだった。

 黒い柴犬の梅は、みたらし団子を貰い、そのまま日向の家までついて行った。

 

 その後、日向は犬を飼うために親に交渉して許可を得た。

 梅と呼ばれていた黒い柴犬は晴れて宮地家の一員となったのだった。


 そして、団子屋の老爺に梅と呼ばれた黒い柴犬は、モモと名付けられ忍犬の道を歩んでいくのだが、それはまた別のお話。


 かつて梅と呼ばれていたモモは、みたらしの匂いを感じながら、ちょっと変わった心優しい少女と一緒の時を過ごしていくことになるのだった。


 たくさんのお団子の匂いと共に。

 そして、たくさんの出会いと事件が待ち受ける日向の相棒として。



『モモの思い出』 了



◆◆◆さいごに◆◆◆


 今回のお話は、本編三つ目のエピソード『不動の荷車』第三話「忍術指導」の場面に繋がるお話で、モモの目線から見た日向との出会いの流れでした。


 もしよかったら、リンクを貼っておりますので、読み直していただくと、流れがわかりやすいかと思います。


https://kakuyomu.jp/works/16817330648396863095/episodes/16817330649917601972


 これにて、『御庭番のくノ一ちゃん〜華のお江戸で花より団子〜』完結となります。


 最後までお付き合い頂きまして、誠にありがとうございます。

 後ほど各エピソードの読後用に人物紹介を公開します。

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御庭番のくノ一ちゃん ~華のお江戸で花より団子~ 裏耕記 @rikouki

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