第39話 タワー突入
スター・セージ号、発進。といっても、シティの飛行物禁止令に対応するために地面すれすれの低空飛行だ。
「ミナシノ、シティまであとどのくらい?」
「あと3分49秒」
さすがの目測だ。操縦桿を握りなおす。モニターに映る景色がぐんぐんと変わっていく。
「アノヨロシ、打ち上げを止める方法はわかった?」
「はい。タワーには『デーモン・コア』という動力源があります。これがシティへの電力を供給しているのですが……打ち上げエネルギーもここから来ているはずです」
「ずいぶん物騒な名前だな……」
「タワーを制御しているメインコンピュータと『デーモン・コア』との連結を遮断すれば、チャージを防げます!」
俺の時代では打ち上げといえば燃料タンクをくっつけるイメージだけど、この時代ではバッテリーでいけるらしい。実際、スター・セージ号もバッテリー式だ。何十年も眠り、俺たちが2か月のあいだ住みつづけ、今、こうして飛ばしても40%もの残量を示している。ものすごい容量だ。
「未来だなぁ……」
タワー内部のマップはVグラスにダウンロード済だ。『デーモン・コア』の場所は最上階にあるらしい。平和局が守っている以上、戦いはさけられないだろう。アノヨロシたちは装備を点検していた。
俺自身はあまり戦力にならない。最低限の軽い拳銃と、搦め手につかえるものをいくつかジャケットのポケットに入れてある。
「ますたあ、左モニターを見てください」
「これは……!?」
地面の上に小さな光があった。星のように点々としていて、動いているのがわかる。
「車のライトと思われます。およそ35台」
「まさかバッドランズの人が?」
「すべてシティへ向かっています。おそらくますたあの呼びかけに応じたかと」
バッドランズで遭遇した人間といえば、攻撃してくるやつらばかりだった。ときどき遭遇する、待ち伏せのハンター……数が多いというイメージはなかった。
「ミーナ、みてみて! たくさんいるよ!」
「今までに会ったことのない車ばかりだね……」
「すごい。オーナーがあの人たちを動かしたなんて!」
緑色だったレーダーの上半分が赤くなり、はげしい警告音を発した。『前方に障害物あり』という意味だろう。
「……あと20秒だよ」
「わかった。みんな、衝撃にそなえてくれ!」
ライブ配信の割り込み回線をもう一度たちあげて、叫んだ。
「こちら芹沢星司です! これより『壁』を突き破ります! みんな続けええええ!」
大きな衝撃、と呼ぶのもかわいらしく思えるほどの轟音と揺れが起こった。壁とぶつかったのだ。だが震動が続く。船体をこすりつけるような形で、広い道路をえぐるように突き進む。ちなみに、付近にビルはない。ちゃんと方向も計算してあるから。
すぐに前方がタワーで埋めつくされる。もう目の前だ。
「逆噴射を点火、減速にそなえろ! 行くぞ!」
操作盤でおしつぶされそうになるほどの慣性の法則!
俺の後ろに立っていたのは誰だ!
背中からしがみつかれてるんだが!
緊急事態すぎてアノヨロシかミナシノか判別がつかない!
普段なら判別つくのもどうかと思う俺!
だってタワーほどの建物と全力でぶつかったら、スター・セージ号と俺たちはひとたまりもない!
タワーが崩れて動力源を失ったら、本末転倒だろ!
ブレーキをかけて当然なんだ!
「うああああ!?」
爆発が起きたかと錯覚する閃光!
同時に激しい振動、体が床にたたきつけられる。
「いてて……みんな大丈夫か?」
「無事です」
「さすがおつう……」
計器類はすべて生きている。ただ……ブリッジの窓ガラスは粉々になってしまった。ガラスのあった場所が『壁』でおおわれている。どうやら――。
「タワーにぶつかったしまったみたいだ。てへ」
「え……ご主人そういう作戦じゃなかったの?」
「寸止めするつもりで……」
***
結果的に、スター・セージ号がタワーに突き刺さったのが幸いした。船外に出た先はVIP専用のロビーだった。奥には上層部直通のエレベーターがある。しかも平和局はタワーの外周に人員を割いているようだ。内部には誰もいなかった。
もちろん俺たちにとっては好都合。ロビーのなめらかな床を走る。
エレベータに乗りこんで最上階のボタンを押す……が、反応がない。
「運行を停止しているみたいですね。ハッキング開始します」
「たのむ、アノヨロシ!」
彼女がVグラスを操作しているあいだ、1秒がとても長く感じられる。はやく、はやく、はやく。お願いだ、動くようになってくれ。
天井からピンポーン、という音がなり、エレベーター内の照明があかるくなった。
「いけます!」
「よしっ!」
もういちど最上階のボタンを押す。ランプがついた。あとは扉を閉めるだけ――。
「……敵が集まってきています、ますたあ。ここはわたしが守ります」
おつうが閉まる扉のあいだをスルリと抜けた。
「おい、おつう!?」
あと0.1秒でも早く『開』ボタンを押せていたら間に合っていただろう。おつうの姿は扉の向こうに消えてしまった。エレベーターの上昇による、自分の体重が少し重くなる感覚……それが何倍にも強く感じられた。
「うわああああああ! おつう……おつうー!」
扉にすがりついて叫ぶ。けれど、返ってくるのは空気の流れる音だけだった。
あの子は俺とおなじ、コールドスリープさせられて、目覚めたら何もかもが変わっていて……まだ数日しかたってないのに……それなのに!
「くそお!!」
ドン! と扉をなぐった。拳の皮がむける。痛い。どうでもいい。
「オーナー、落ち着いてください!」
誰かが俺の肩をつかんできた。振りほどくように体をひねると、アノヨロシの顔があった。彼女は語気をつよめて言った。
「早く打ち上げを阻止しましょう。おつうちゃんを助けに行くには、それしかありません!」
俺は彼女の手をそっとはずして、自分の手のひらを見つめた。痛みはまだある。
「オーナー……」
「……わかった。わかったよ」
いまは感傷に浸っている場合じゃない。おつうは何のために残ったのか。俺たちが目的を果たせるように、だ。
「終わらせよう。そうしたら、みんなで迎えにいこう」
俺たちはうなずきあった。
おつう、無事でいてくれ……!
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