第10話 彼女のお値段

 宇宙船にもどった俺は、さっそくふたつの情報端末をとりだした。

「アノヨロシ、使いかたわかる?」

「貸してください……ふむふむ。だいぶ古いですけど大丈夫です。セッティングしますね」


 2333年になってスマホやタブレットが進化したかたち。それは『メガネ』……通称『Vグラス』だった。『つる』の部分がちょっと大きい。


『画面』を網膜に直接投影する、ウェアラブルデバイス。目のまえにウィンドウが展開する『ように見える』らしい。

 俺には、アノヨロシが空中をつついているようにしか見えないが……。


「あ、オーナー。いっしょに画面を見たいですか?」


 うんうん。とうなずくと、彼女はVグラスのフレームを軽くたたいた。するとどうだろう! 画面がホログラムになって出現した! 俺にもウィンドウが見える!



「おおぉぉ……他人に見せる機能もついてるのか!」

「ですです! このホログラムは私が見ているのとまったく同じです。今ならオーナーも操作できますよ。ここを『タップ』してみてください」


 言われた通り――なにもない空間に『タップ』するってのも不思議な感じがする――『OK』を『タップ』した。するとウィンドウが何重にもあらわれ、いちばん上のが消えると、ひとつぶんせり上がる。この動作がくり返されていった。


(オンラインカードゲームのドローみたいだなぁ)


 ちょっと……いや、すごく使ってみたい!

 はやくセッティング終わらないかな……。


***


 5分くらいたったころ、ウィンドウがすべて消えた。

「できました、はいどうぞ!」

「ありがとう!」


 さっそく装着する。

 俺の視力はどちらも1.0で、メガネをかけるのは初めてだった。なのに違和感がほとんどない。耳とこめかみにすごく優しかった。ジャストフィットというやつだ。


「すごいな……えーと……」


(どうやって操作するんだろう?)

 そう考えたとき、ヘルプウィンドウが目の前にあらわれた!

「うおっ!」


 おどろきのあまりのけぞってしまった。クスクスと笑いをこらえる声が聞こえる。

 俺は胸のドキドキをおさえながら、ヘルプに目をとおしていった……。



「脳波で操作できるのか……未来だなぁ……」

 ウィンドウに触れてもOKのようだ。もちろん俺の網膜に映っているだけだが……手の位置を読みとって『触れた』と判定できるらしい。

 たとえば、いま見えている『閉じる』を指で……。


(よし、ウィンドウが消えたぞ!)



***



 動かす練習をしているうちに夕食の時間になった。

 今日の缶詰めは、白見魚のリッチなスープだ。塩とコショウが舌にここちよい刺激を与えてくれる。


「んくっ……おいしい……うぅ~……」

「泣いてたら味がわからなくなるぞ……」

「だってぇ……っ!」


 またもや味に感動して泣きじゃくるアノヨロシ。食事のたびにこの調子だ。いままでどんなものを食べてきたのか……。

(気が向いたときに調べてみよう)



 ワーキングボックスで働いてくれた彼女には、明日もあるから休むよう言っておいた。

 俺もがんばろう。Vグラスをつかって調べるべきことがたくさんある。



***



 1時間後――。


「なんだよこれ……」


 ネットに接続して最初に表示されたのが、ネオ東京シティの公式ポータルサイトだった。『サイト内検索』でニュースや企業の公式サイトに跳べる。しかしポータルの『外』にはどうやってもアクセスができない。

 いろいろと試してみたが、すべてのURLがシティの『内側』だった。


(外の情報が遮断されている……?)


 ぜったいにおかしい。シティって本当にディストピアなのでは……背筋が寒くなる。

 俺は、不安を押しのけようと首をふった。いますぐ必要なものだけ調べよう。詮索するのは、余裕ができてからだ……。





 まずは『第53期・ニューリアン選択購入会』についてだ。

 アノヨロシと同じ第53期。彼女は廃棄されたのが『売られるまえ』と言っていた。


 購入会の開催は『12月1日、16:00』。つまり、『ミナシノの発売日』がこの日なんだ。カレンダーを見ると、今日は10月11日……あと2か月をきっている。



 検索してすぐに公式サイトが見つかった。黒くてシックな背景、リッチなゴールドの文字とロゴが高級感をかもしだしていた。


「値段は……トップに書いてないな」


『販売個体一覧』をタップしてみたが、スペックらしき数字以外は書いていなかった。もういちどトップページにもどる……。

『開催日時』はさっき見た。『アクセス』には、会場への行きかたが動画つきで出てくる。



 となると、残るは『システム』……ひょっとしてこれかな。タップしてみると『0』がならぶページにきりかわった。正解のようだ。



「ぶっ!?」



 目を疑った。念のために、深呼吸して1の桁からゆっくりと数えていく。


(入場料20,000,000円だって!?)



 画面を下へスクロールし、読み進めていく。ふと、深い穴へ落ちていくような感覚に襲われた。




 2000万円は、あくまで『入場料』にすぎない。会場にはいるための料金。


 次に『指名料』として1000万円。支払うことで購入の意志をしめす。


 そして、最後は『優先権落札』。オークション形式になっている。お金をたくさん積んだ者から、順番に好きなニューリアンを指名できるというわけだ。

 価格の提示は一発勝負。ここに参加者の駆け引きがあって見どころ……らしい。



 ところで、ニューリアンの数には限りがある。自分の順番がまわってくる前に、すべて指名されてしまった場合はどうなるのか?

『返金はできかねますのでご了承ください』


 複数のニューリアンを購入したい場合は?

『1体につき1000万円の指名料と落札価格をそれぞれ申請してください』




(なんてシステムだ……!)


 アノヨロシは今日だけで11万円ちょっとを稼いだ。バッドランズの年収をかるく超える金額。しかしシティは……まさにケタ違いだった。

 いまのままじゃミナシノを買うには手がとどかない。


 どうする……どうすればいい……!?

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