第9話 格差社会への挑戦
「ふーっ」
ひととおり入力を終えたらしく、アノヨロシは大きく息を吐いた。何時間もノンストップで……すごい集中力だな。
「これで区切りにします。報酬はいくらぐらい出てますかね?」
パソコンらしき機械には、なにかが出てきそうなところが見当たらない。
どうやってお金を受けとるんだろう?
部屋のなかをぐるりと見まわすと、入り口のすぐとなりに券売機のような機械があった。画面でなにかが点滅している……。
「ああ、これっぽいな」
画面を見ると、『チャージ』と『新規発行』のふたつが表示されている。どうやら2333年では、キャッシュレスが常識のようだ。
俺もアノヨロシもお金に関するものは手ぶらだ。『新規発行』を押す。すると、入力画面があらわれた。
『名前を入力してください』
「『芹沢星司』……って、あれ、漢字はダメなのか。じゃあ、『セリザワ・セイジ』……と」
『……発行中……』
機械がうなりをあげ、光る穴から何かがニョキっと出てきた。タバコくらいのサイズだ……先端がゲーミングに光っている。
「わぁ……出てきた! メモリーウォレット!」
アノヨロシが肩越しに感嘆の声をあげる。
「これにお金がはいってるの?」
「はい! 私も実物をみたのは初めてですけど。それでオーナー、いくらもらえたんですか?」
「へっ?」
金額、でてたっけ?
選ぶところに気をとられて見てなかった。残高をみる手段はどこかにないか……?
ウォレットをいじっていると、光っている部分がスイッチになっていると感触でわかった。押してみる。すると――。
立体的なホログラムによって『残高』が映しだされた!
「おお……未来だなぁ……!」
とりあえず、『118,369NJY』がウォレットに入っている金額らしい。NJYっていうのは単位だよな?
アノヨロシに聞いてみると、その通りだという。会話では『円』と言えばつうじるとのこと。
頭文字からして、ニュージャパニーズ円ってところか。
「数時間で10万も稼ぐなんて、すごいじゃないか!」
ワーキングボックスに着くまでに見かけた店では、1万円を超える商品が見あたらなかった。おそらく相当な金額のはずだ。
「えへへへへ……へへへ……」
溶けそうな顔のアノヨロシ。
「この調子なら、生活費とミナシノを買うのもいけるかな?」
「水と食料はバッチリだと思いますよ。バッドランズの人たちは、5万円あれば1年すごせるらしいので」
「ごまんえん!?」
さすがに安すぎないか!?
「そんな年収でやっていけてるのか?」
「さあ……知識として記憶しているだけで実態まではわかりません」
参考までに、シティの内側にすむ人たちの収入を聞いてみると……。
「大企業につとめている人なら、年収3000万くらいと聞いてます」
頭がくらくらした。格差がヤバすぎる……!
アノヨロシが稼いだ11万円も、すさまじい数字だとわかった。おそるべしニューリアン!
だがしかし。『安定した生活』で満足するわけにはいかない。
俺には夢がある。
ホワイト企業をつくりあげ、人から慕われるリーダーになる夢が。
だから、アノヨロシのためにミナシノを買う。そしてミナシノにも、所有者が俺でよかったと思われたい。思われる俺でありたい。
決意を固めると、俺の体は自然と動いていた。ワーキングボックスの扉をあけ、外に飛び出す。
「よし、じゃあさっそくミナシノを買いに行こう!」
「えっ?」
驚いた顔のアノヨロシが口にした言葉は、意外なものだった。
「どうやって買うか知ってます? 値段とかも」
もちろん知らない。同じニューリアンの彼女なら知っている、と考えていた。
「……アノヨロシに教えてもらおうと思ってた」
「すみません……私は知らないです」
「えっ!?」
「だって私……ほら、『廃棄』じゃないですか? 売られるまえにそうなっちゃったので……どこでどう取引されるのか教わってないんです」
言われてみればそうか……調べる必要があるな。
いままでの会話をつなぎあわせ、『ひとつの仮説』を思いついた。確かめるためには、もういちどミナシノが出ている広告映像を見なければ。
***
『第53期・ニューリアン選択購入会』
映像のなかで赤髪の少女……ミナシノがほほえんでいる。しばらくすると文字がきりかわった。
『12月1日、16:00に開催』
「……やっぱりだ」
「なにかわかったんですか?」
「まあね」
周囲には人がたくさんいる。さっきみたいにニューリアンを嫌う人間もいるだろう。ここで話すわけにはいかない。
「いったん帰って作戦をたてよう。あと、帰る前に買っておきたいものがある。ちょっと高いだろうけど……いいかな?」
「どうぞどうぞ。オーナーのお金ですから」
ニューリアンは法的にあらゆる権利をもたない。お金・物をもつ権利さえも……アノヨロシが手にいれたものは、すべて所有者……つまり俺のものだ。
そのことに疑問を持たない姿が、たまらなくつらい。
(アノヨロシのものはアノヨロシのものだろ……!)
この常識は、いつか変えたい。
宇宙船へもどるまえに俺が買いたいのは、この時代におけるスマホやタブレットにあたるもの。ネットを見たり、連絡をとるのに使う情報端末だ。
2333年の世界。俺には知らないことがたくさんある。今まではアノヨロシを頼りにしてきたけど……知識はあっても経験がすくないように思えた。
ミナシノを買う方法をはじめ、いろんな情報を集めなければ。
ジャンクショップを探しだし、古い端末を2つ買うまでに時間はあまりかからなかった。
さあ今日はここまで。宇宙船にかえろう。
ジープのエンジンをいれる。ふと空をみあげると、雲ひとつない快晴だった。
(こっちはまだまだ、くもりときどき晴れってところかな)
俺はグッとハンドルをにぎり、アクセルを踏みこんだ。ジープが土煙をあげて力強く走りだす。
くもりなんて吹き飛ばしてみせるさ。見てろよ……!
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