第5話 初夜

「お待たせしました。どうぞ!」


 アノヨロシが仰々しく案内してくれた寝室に入る。ダブルサイズのベッド。シーツや布団カバーは清潔感のある淡い色合いだった。ゆとりのある広さ……スイートルームだろうか?

 俺ひとりで使っていいのかな……。すごく贅沢をしてる気分だ。


「ありがとう。じゃあ、おやすみ」


 ベッドに身を投げて目を閉じる――。


「アノヨロシも休んでおいてね」

「はい」

 彼女の返事はとても小さく、しかし柔らかかった。

 ベッドの上に、なにかがポスンと乗っかる。俺の背中になにか……まてまて、まさか!?



 まさかっ!?



 あわてて振り向くと、アノヨロシが眼前にいた。


「うお!?」

 おどろいて飛びおきる!

「わっ!?」

 相手もおどろいてる!


「な、なにしてるの?」

「オーナーの言うとおり、眠ろうと思って……」


 俺は『休んでおいて』と言った。もしかして『一緒に寝よう』と解釈したのか?

(普通はいやがったり戸惑うよな……?)

「あ……」



『ひとつ。ニューリアンは所有者の命令に絶対服従である』



「そうか。命令だと思ったんだ」

「私、まちがってましたか?」

「なんて言えばいいんだろう……どこで休むかは、君が選んでいいんだ。必要じゃなければ休まなくてもいい」


「自由にしなさい、と?」

「『しなさい』じゃない。君は自由だ」

「……」


 アノヨロシはポカンとした顔でこちらを見た後、もじもじしながら言った。


「オーナーって変わった人ですね。私のこと、どんなふうに見えてるんですか?」

「かわいくて、頼りになって、いい子で、一緒にいると安心する相手……かな」


「~~~~っ! もー! そんなこと言われたら……もっと素を出していいのかなって……思っちゃうじゃないですか」

「もちろん!」


(ああ、もとの感じにもどってくれた)


 缶詰めを食べ終わったあたりから、話し方がよそよそしくなっていた。ニューリアンのルールを話して意識をしたのか、自分はモノだと言いきかせるような口ぶりだった。

 俺はそんな関係いやだ。純真でまじめで、我が強くてちょっとだけ跳ねっかえりな彼女と、ありのままのでいたい。

 


「もう1回だけ聞きます。後悔しませんね? 私が廃棄処分されたのは『性格に大きな問題あり』と判定されたからなんですよ?」

「『問題あり』ね……理由を当ててみようか。命令をいやがるとかそういう感じでしょ」


「な、なんでわかるんですか!?」


 あまりに思ったとおりの返事に笑ってしまう。

「すごく自然に話せてたから。俺の時代にいてもぜんぜん違和感ないよ。その……掟なんて、教えてもらうまで想像もできなかった」


 出会ってからずっとスムーズに会話できているのは、彼女が人間らしいからだろう。

 むしろ、今まで知り合った女の子のなかで、いちばん相性がいいかも……。あ、いや! 個人的な意見だけど!

 とにかく仲良くやっていきたい。それが俺の素直な気持ちだ。

 


「アノヨロシ、いい? 俺が命令……いや、頼みごとをしたとき、『いやだな』とか『必要あるの?』って思ったら、それを正直に言ってほしい」


 小首をかしげて考えたあと、ゆっくりうなずくアノヨロシ。


「よかった。じゃあ、今後のために練習をしてみよう。今から頼みごとをするから、自分の思うままに反応してみて」


 俺の考えはこうだ。

『無茶なお願いをして、ぜんぶ断ってもらう』



 さっきの缶詰めを100個食べてほしい。この宇宙船をなんとしても飛べるようにして。全客室のベッドメイクをして……などなど。


「できるわけないですよ~……」


 お願いをこばむうちに、語気から少しずつ『我』があらわれてきた。


「……やる意味あります? オーナー、ムチャなことばかり言って、変なの」

「そう、そんな感じ!」


 両手のサムズアップで好感触をつたえる。よほどおかしかったのか、彼女はふいに笑いはじめた。

「ふふ……あはははは。ほんとうに変な人!」


 つられて俺も笑う。いいな、こういうの。

 よし、最後にもうひとつだけお願いを断ってもらったら、こんどこそ寝よう。すこし緊張するな。今ならちゃんと拒否してくれるに違いない。


「つぎでラストオーダー! 今日はいっしょに寝てほしいな……」

「あ、はーい」




 あれ?




「電気、消しますよ?」



 え? まってまって? 断るべきシーンだろ!?

 おかしい……なぜ素直にしたがうんだ?


 部屋のなかが真っ暗になった。ベッドのわきにある、小さなオレンジ色の明かりが、枕もとをわずかに照らすだけだ。


 アノヨロシは布団のなかに入ってしまった。


「……おやすみなさい、オーナー」

「お、おやすみ……」


 気がつくと、手が汗でびっしょりになっていた。服のすそで入念にふく……もう覚悟を決めるしかない。き、切り替えろ! 暴れまくる心臓の鼓動をおさえて。そして心おだやかに眠る方法を考えるんだ!


(そうだ!)


 俺は寝返りをうって、彼女に背を向けた。顔をあわせなければ、多少は気がまぎれるだろう。ダブルベッドでよかった。あるていどの距離を保てるから。


 ほら……窓があるぞ。外もすっかり夜みたいだ。街の明かりなんてものはない。瓦礫だらけの荒野なんだから、当然さ。


 ひとつだけ、地平線のうえに『タワー』が見える。イルミネーションが鮮やかできれいだな。あれは俺の時代のものじゃないな……見覚えがない。何メートルかな?

 あそこの周辺にシティっていうのがあるのかな。明日になったら行ってみようか。


 などと考えていると!

 


 ふにっ。


「ん?」

 背中になにか当たってるような? あ、肩になにかが乗ってきた――腕? 腕だ。

 つまり! アノヨロシが抱きついている!


(うおおおおおおおお!?)


 いつの間にか密着状態になっている。

 やわらかいふたつの感触に、全身がこわばる! おちつけ、おちつけ!

 耳をすませば、スースーと寝息をたてているのがわかる。無意識の行動なんだよ。なにか深~~~~い意味があるわけじゃないんだ!

 あ、うなじが……吐息でくすぐったい。


 だめだ! 『俺タワー』が建築されてしまう!


 眠れ、眠るんだセイジ!

 ひつじが2匹、ひつじが3匹、ひつじが5匹、ひつじが7匹、羊が11匹……!




 こうして、西暦2333年、俺の初めての夜がふけていった。

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