第4話 俺は彼女の『所有者』
「お、おお……!」
ため息をつくしかなかった。パイプやコードが見えない、スマートな内装。床と壁はピカピカだ。今も現役かと思えるほどに清潔だった。
「オーナー、もっと見てまわりませんかっ?」
「賛成!」
「地図! 地図が壁にかかってます!」
「ここが現在地だな……ということは……」
「はやく、はやく行きましょうよー!」
しばらくのあいだ、船のなかを見てまわった。
***
30分ほど歩いて、この宇宙船は『クルーズ客船』に近いらしいことがわかった。豪華客船が舞台の映画を見たことがある……それよりも規模は小さいが、かなり似ていた。
たくさんの客室、ラウンジ、ダイニングルーム、フィットネスセンター、さらに浴場さえも。
生活するには充分すぎる!
「使える……! 俺たち、ここに住めばいいんじゃないか?」
「電気が通ってるし、水と食料さえあればじゅうぶんに生活できますね!」
「水と食料……?」
そういえばコールドスリープする前、しばらく断食してた。さらに、目覚めてからなにも食べてない。
「おお……腹が減ってきた……!」
レストランスペースで食糧をさがす。
冷蔵庫のなかには何も入っていなかったものの、バックヤードに缶詰めがたくさん積まれていた。
ビーフシチューと書いてある。これは……。
「ひょっとして賞味期限がすぎてるんじゃ?」
「え? 缶詰めなら100年はもちますし、大丈夫ですよね?」
「そんな長持ちする缶詰めなんて聞いたことないけど!?」
「えーっと、普通にありますよ? 私が食べてた支給品も同じくらい保存できます」
「ウソだろ……?」
缶をひっくり返して底を確認する……あったぞ、賞味期限らしき数字。そこには『06.2383』と書かれていた。
今は2333年、つまり50年先まで保存できるらしい。
「み、未来だなぁ……!」
次は飲み物だ。飲料水はないだろうか? アノヨロシと一緒に調べていく。
「あ、この箱! お水、みつけました!」
「……それもやっぱり100年くらいもつの?」
「当然です! 飲めます!」
必要なものはそろったってわけだ。
「アノヨロシ……」
「オーナー……」
「食べよう!」
「はい!」
***
コールドスリープから300年ぶりの食事!
さあ開封の儀式だ!
キコキコキコ……。
鼻を満たす濃厚な香り。食欲のままにスプーンですくい、口に運ぶ……。
「……うまい!」
「……」
「あれ? アノヨロシ?」
金色の瞳がおおきく開かれ、驚いた顔でもくもくと食べている。
「う、うぅ……こんなおいしいもの、初めて食べました……オーナー、すごくおいしいです……!」
彼女はあふれる涙もふかず、夢中で食べつづけた。こぼさず残さずきれいな完食。おみごと……お行儀がいいな。
バイト先の飲食店で、お客さんがみんな彼女のように食べてくれたら……。
ふたりで『ごちそうさま』をすませた後、さっき聞きそびれたことをあらためて尋ねた。
「あの、俺を『オーナー』って呼ぶのはどうして?」
「私の所有者だからです。すみません、勝手に登録しちゃいました……」
「所有者!? まって! 人がだれかのモノになっていいはずがないだろ!?」
「……私はニューリアンですよ? 人間の命令でうごいて、人間に尽くすモノ。そのための――」
頭をハンマーでなぐられたような感覚に襲われる。彼女から発せられる言葉のひとつひとつが信じがたいものばかりだった。
ひとつ。ニューリアンは所有者の命令に絶対服従である。
ひとつ。ニューリアンは法的に『モノ』として扱われ、あらゆる権利を持たない。
ひとつ。所有者がいない場合、暫定的に全人類を『所有者』と定める。
ひとつ。ニューリアン製造時に上記ルール全てのインプットを義務づける。
「あなたが所有者でいてくれると助かるんです。『野良』じゃなくなりますから」
トラックを襲ってきた連中を思い出す。どんな命令にも服従する女の子が、荒くれ者たちに捕まってしまったら?
いや、おそらく捕まえる必要さえないだろう。『逃げるな、こっちへ来い』と言ってしまえば終わりだ。そして……。
***
昔の記憶がよみがえってくる……。
当時、人を人と思わないクソッタレな会社があった。役員の中に、親の顔があった。
社員が過労で、あるいは自らこの世を去った……そんなニュースが何度も流れて、毎日のようにカメラやレコーダーをもった誰かが、家のまわりを監視していた……。
両親は『悪いのは死んだやつらのほうだ!』と口癖のようにどなっていた。
でも、俺だっていつまでも子供じゃない……どちらが悪いかなんて、火を見るよりも明らかだった!
『親みたいな人間にならない』
その一念で東京の高校に進学した。ひとり暮らしを始めてからは、少し自由を感じられた。ようやく自分の人生がはじまったんだ、と。
大学を出たら起業して……そこはホワイトな会社で……みんなから慕われたりなんかして。
とはいえ、社会はあまくない。夢をかなえるには先立つものが必要だと、コールドスリープの実験に応募して、2333年の世界に来てしまった。
***
目頭があつい。ニューリアンのルール、なんて理不尽なんだ! この世界、ブラックどころじゃない。ブラックを超えたなにかだ。
「……わかった。俺は君のオーナーだ。これからも一緒に……いてほしい」
「はい、もちろんです! ありがとうございます!」
満面の笑みを浮かべるアノヨロシに、ついドキッとしてしまう。
(笑うと本当にかわいいな……)
「約束するよ。絶対に君を幸せにする」
「……え?」
「俺でよかったって思われるように、がんばるから」
「……は、はい……」
アノヨロシはうつむきながら返事をした。こころなしか顔が赤いような……?
しばしの沈黙のあと、おなかが満たされたせいか、眠くなってきた。
「ふあ……ひと眠りしてもいいかな。なんだか――」
「ではっ! 急いでベッドメイクしてきます!」
彼女は逃げるように走っていってしまった……。少しは安心させられたかな?
もっと頼れる人間になりたい。そして、ニューリアンを少しでも助けられたら……。
「……なんだ。俺の夢、この世界でも叶えられるじゃないか」
ゆっくりと歩きながら、ちょっぴり気合を入れ直した。
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