第6話 ネオ東京シティ・成長地区

***


 翌日。


「シティってけっこう遠いんだな。タワーが見えるから、すぐだと思ってた」

「歩いたら半日かかったかもですね」


 俺たちはジープから降りつつ、道中をふりかえっていた。宇宙船の格納庫でホコリをかぶっていた車両だ。


「オーナーが運転できるなんて! 300年前も使ってたんですか?」

「いやぁ……うん。よく、ね……あははは……」


 それっぽく答えたけれど、実はゲームセンターでやりこんでいたVRゲームでの話だ。300年たっても、車ってやつの基本は似ているらしい。

 道のない荒地をまっすぐ進んで、着いたら駐車場にとめる。このくらいなら直感でなんとかなったようだ。



*** 



「うーん……うーん……」


 アノヨロシがもそもそ動いている。いまの彼女はまっ白なフード付きローブを身につけていた。


「ちょっと動きにくいです……」

「ベッドシーツで作った即席モノだからね……でも、ここじゃニューリアンは珍しいんでしょ? 狙われると危ない。しっかり目を隠しておいたほうがいいよ」

「はぁい……」


 ずっと不自由な恰好をさせるのはかわいそうだ。

 俺たちがシティへ来た理由は、ずばり物資と資金を手にいれるため。余裕があったら顔を隠すグッズも探そうか……。




「そこのふたり、止まれ」


 思考をさえぎったのは3人の男。漆黒のユニフォームとバイザーが、異様な威圧感をかもしだしていた。


「……近づいてくるぞ。ひょっとして、あれが?」

「ええ、オーナー。『平和局』です……さっそく来ましたね」



 平和局。アノヨロシの話では、シティの警察・軍隊にあたるものらしい。

 とうぜん、銃をもっている。トリガーに指をかけ、『何かあれば撃つぞ』と言わんばかりの態度だ。


 けれどこのくらいは予測済み。どう答えるか、ちゃんと考えてある。


「任せてくれ」




「お前たち、シティに来た目的は?」

「お金がなくて……働くためです」

「……それにしては、立派な乗り物を持っているな」

「掘り出しものですよ。よかったら買っていきませんか?」


 男はフンと鼻をならし、スキャナーらしきものをこちらに向けてきた。ピッピッピ……と電子音がなる。


「『管理装置』検出されず……『追跡マーカー』も検出されず、と」


 ハエをふりはらうような手ぶり、そして……。


「行ってよし」



 俺は心のなかでガッツポーズをした。



***




 駐車場の外は、細々と商店らしき建物がならぶ広場だ。

 人がけっこういるぞ。これぞ人間社会って感じがする! するけども……。


「俺の時代とは、ぜんぜん町並みがちがうなあ……」

 

 まず行き交う人々の頭上に、目につく巨大看板があった。



『ネオ東京シティへようこそ! ジョージ・カーシュナー市長より』

 金髪のナイスミドルがサムズアップをしている。文章もポップで軽快なイメージだ。


「オーナー、見てくださいよ。『ようこそ』ですって! よく言えますよねぇ。こんな大~~っきな壁でシティを囲んでるくせに!」


 そう、看板が掲げられているのは……コンクリート製の……とてつもなく長大な『壁』だった。例えるなら『ダム』と『万里の長城』が合体した、ってところか。



「こんなのでシティ全体を……?」


 アノヨロシによると、中へはいるには『通行許可証』が必要とのこと。

 いやいや、シャレにならない。ネオ東京シティってのはディストピアなのか?

 看板もわざとらしくて怪しさ満点だ。


 

「ていうか、市長が『ジョージ・カーシュナー』って……東京なんだろ?」

「? おかしいところあります?」

「俺の時代じゃ名前がぜんぶカタカナの人なんて……あれっ!?」


 周囲に見える『文字』をかたっぱしから読んでいく。すべてが、俺の知っている日本語と少しちがっていた。

(文字が……なにかおかしい!)


 ひらがな・カタカナ・漢字……すべてが原型をとどめていない! 漢字なんてもはやグチャグチャだ。

 なのに俺自身は、翻訳機をとおしたように読めている!


 おかしい……宇宙船のなかは、よく知ってる日本語だったぞ。なぜシティの字はこんな形に……そもそもなんで読めるんだ、俺?



「……おーい、どうしたんですかー?」

 ハッとして顔をあげた。アノヨロシが心配そうに手をふっている。

「なんでもない、大丈夫」


 奇妙ではあるが、スムーズに読めて助かるのも事実だ。前向きにとらえておこう……今のところは。




「ん? あれは……」


 なにげなく視線をむけた先のショーガラスで、きらびやかな映像が流れていた。優しくほほえみかける赤髪の少女が印象的だ。

 金色にかがやく瞳……おそらくニューリアンだ。


 画面に文章がうかびあがってくる……。


「『第53期・ニューリアン選択購入会』だって!?」



『ひとつ。ニューリアンは法的に『モノ』として扱われ、あらゆる権利を持たない』



 選択? 購入? ひどい……ほんとうに『モノ』なんだ。きっと映っている子も……。『第53期』は、それだけ繰り返しおこなわれていることを意味するのだろう。


「くそっ!」


 はらわたが煮えくり返って毒づくと、背後から低い声がかえってきた。



「おう坊主、お前もこいつらにムカついてるのか?」

「奇遇だなぁ。オレたちもだよ……」


 なんだ? 中年ほどの男たちが4人、よってきた……なんだかいやな予感がする。

「どういう意味ですか……?」


「そう身構えるなよ、オレたちゃ同志じゃねーか」

「お前みたいな若いやつがなぁ……けどわかるぜ。ニューリアンが憎くてしかたないんだ……ろっ!」


 ガッシャァァァァン!


 ひとりがガラスを蹴やぶった!


「きゃあっ!」

 飛び散る破片、あちこちから悲鳴があがる!

 俺はアノヨロシを引っぱり、後ろにさがった。



「ぜんぶこいつらのせいだ! こいつらが悪いんだ!」

「企業もよォ! ちゃんとォ! 人間を雇え!」

「ムリムリ、あいつら全員ニューリアンとヤることヤってんだろ!」

「退場ー! 退場ー! ぜんぶ退場ー!」



 こいつら……ヤバい!


「オーナー……っ!」

「逃げよう!」

 いそいで離れようとするが、たちまち行く手をふさがれてしまう。


「おっと、なに逃げようとしてんだよ」

「さてはニューリアン信者だなァ?」


 背後から拘束されてしまった!


「くっ!」


 アノヨロシ! アノヨロシを守らなければ! ニューリアンだとバレたら、取りかえしのつかないことになる!


 力じゃふりほどけない……宇宙船でつかった右手の力を使うしか!

 相手の手首をつかみ、意識を集中させる……!


「ハァッ!」




「なんだこいつ?」

「知らねーよ」


 効かない……? 金属をボロボロにしたんだぞ?

「なんで……なんでだよ!!」


「なー、こいつでいっちょストレス解消しようぜ」

「おっしゃ、じゃ――」




 そのとき、けたたましいサイレンが鳴りひびいた。




「警告する。その少年を解放しろ」


「あン?」

「おいやべーぞ、平和局だ!」


「その少年を解放しろ。5秒以内だ。5……4……3……」


 体がとつぜん自由になる。男たちは逃げていったようだ。



「オーナー、大丈夫ですか!?」

「うん……」

「よかった……!」


 俺とアノヨロシは、無事を確かめるように抱きあった。

 あやしい街だけど……さすがは『平和局』……治安を守る組織なだけあるな。



 だが――。


「男らは逃走、追跡を開始します」

「その必要はない。キルモードで撃て」

「イエッサー」



 耳をつんざくサイレンの中で、俺はたしかに聞いた……恐ろしく冷酷な命令と、4発の銃声を。

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