第7話 追い求める者
「死体を片づけておけ」
「イエッサー」
(あいつら、死んだのか……)
俺は2020年代の日本でくらしていた。現行犯の射殺なんて、どこか遠いところの出来事だと思っていた。でも……2333年では当たり前のように起きるんだ。
器物損壊と暴行で即アウト。撃つのも、撃たれるのもありふれている社会……!
胃からこみあげてくるものを、なんとか飲みこんだ。
アノヨロシと出会ったトラックで銃撃をうけた。あの経験がなかったら、こらえきれなかったかもしれない。
『あのときと比べたらマシだ』なんて、命のやりとりにも、いつか慣れてしまうのか……。
「怪我はないかね? 少年」
平和局の男が、こちらに話しかけてきた。
「はい、大丈夫です……えっと、助かりました」
「それはなによりだ。ああいう野蛮人には気をつけたまえ」
この男も黒いバイザーをつけている。大きなシワのついた口もと、それから瘦せこけた首……老人のようだ。
顔をあわせているだけで全てを見透かされたような気分になった。ただものじゃない、直感でわかる。
「ふむ、いい目をしているな……追い求め、手をのばす者の目だ」
「? どういう意味ですか?」
言葉の意味をたずねてみたが、男のうしろから警告が飛んできた。
「口をつつしめ。お前は平和局のNo.2と話しているんだぞ」
「えっ! えらい人だったんですか……!」
風格があると思っていたけど……かなりの地位にいる人じゃないか!?
「副局長のピーターという者だ。いつもならタワーでオフィスワークなのだが、今日はパトロールの視察にきていてね」
「……副局長、そろそろお時間が……」
「……ではな少年……『優秀な道具』はうまくつかいなさい」
ピーターと名乗った老人はスタスタと去っていった。平和局の何人かは、事後処理にとりかかりはじめる。
どよめきとサイレンが止み、人々は日常をとりもどしていった。
「……俺たちも行こうか」
ポツンと取り残された気がして、動かずにはいられなかった。
***
なにもできなかった。平和局がいなかったらと思うとぞっとする。
2020年代の経験・常識なんて当てにならない……身をまもるための立ち回りをよく考えなければ。
自省しながら歩いていると、不意にアノヨロシが手をにぎってきた。あたたかい感触がつたわってくる……俺はそっと握りかえした。
俺にもしものことがあれば、彼女は所有者を失い『野良ニューリアン』になってしまう。全人類の命令にしたがわなければならない。
逆に俺だけが生き残ったら……いや、考えるのはよそう。
絶対にアノヨロシを守る。そのために自分の命も守る。ふたりは一緒に生きるんだ。
「……ありました。『ワーキングボックス』です」
アノヨロシが指さしたのは、窓のないコンテナハウスらしきものがぎっしりと並ぶ一帯だった。
くたびれた様子の人が出入りしている。
「本当にあの中でお金をかせげるの?」
「まかせてください。さっそく入っちゃいましょう」
ドアを開けて目にはいったのは……喫茶店で見られる、壁に向かって座るタイプのテーブルと椅子。それが4席分だ。
各席にはパソコンそっくりの機械が4つ。
「えーと……つまり『これ使って働け』ってこと?」
「そうです」
アノヨロシの説明はこうだ。
シティでは24時間、サーバーが通信と情報処理をおこなっている。限られたリソースを有効につかうため、中央にちかいほど優先する仕組みらしい。
零細企業やシティの外は優先順位がひくく、メールひとつで10年待ちとか……。
ワーキングボックスとは、停滞している情報処理を『人力』でおこなう場所なのだ。
「ムチャすぎる……」
これまで『未来だなぁ』と感動したことが何度かあった。300年もたっているのだから当然だと思う。でも……。
ワーキングボックスの話は、正直にいって『劣化』していると感じた。
シティでどれだけすごい情報を飛ばしているか知らないけど、そこをなんとかするのが技術ってものじゃないか?
『メール送信中――あと10年』
想像してみたら、なんてひどい有様だろう。はっきりいって使いものにならない。手紙のほうがはるかにマシだ。
でも、そんな仕組みのおかげで、お金を稼げるんだよな……ちょっと複雑な気分……。
***
ふたり並んで席にすわる……かたいイスだな……。
「それじゃ始めます、オーナー。すごく集中するので、そのあいだ静かにしてもらえると助かります」
「いいけど……手伝えることってない?」
「あるならお願いしたいんですけど……たとえばこの画面、わかりますか?」
青白い画面には……えーと、細かい英数字……あと曲線がウネウネ、ピコピコしてる。
なるほど。
「わかりません」
「では、まかせてくれますね?」
「はい……」
「えへへ……実をいうと、ちょっと嬉しいんですよ。ようやくオーナーの役にたてるんだって」
アノヨロシが両手をテーブルにおくと、キーボードのホログラムがあらわれた。
アノヨロシ。
『ようやく役に立てる』って言ったね。それはちょっと違うんだ。目が覚めたら『300年後の世界だ』と言われたとき……不安と恐怖しかなかった。
死にたくない一心だった。必死に逃げることだけを考えてた。でも、君と出会って『生きよう』って思ったんだ。
うまく言葉にならないけど……逃げから前進に変わったというか。受けから攻めに……あれ?
と、とにかく!
ようやくだなんてとんでもない。
俺はずっと君に支えられてるんだよ。
なんてね!
さすがに恥ずかしいから、心のなかで思うだけ。ほら、静かにしてと言われてるし!
目からありがとう光線を飛ばし、手をコネコネする俺をよそに、アノヨロシがキーボードを打ちはじめる。
「よーし、やるぞー!」
このとき俺は、ニューリアンの頭脳と身体能力を、あらためて思い知ったのだった。
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