第31話 すばらしきシャワータイム
がれきの山に半分うまった宇宙船。俺たちの生活の場。入り口のドアを閉めた瞬間、おさえこんでいた感情があふれだした。アノヨロシとミナシノを力いっぱい抱きよせる。
「よかった……よかったな……本当によかった……」
ふたりは目をぱちくりさせてたけど、やがて笑顔になって抱きしめかえしてくれた。やわらかい感触が、たしかなぬくもりが、帰ってきたことを実感させてくれる。
生きてるんだ。俺たち全員が!
みんなでどのくらい泣いただろう。落ち着いたころには顔の筋肉がクタクタになっていた。アノヨロシが目をぬぐいながら言った。
「オーナー……この子をシャワーに連れていってあげてもいいですか?」
そうだ! 見つけたとき濡れていたよな……あたたかいシャワーを浴びるのはいい考えだ。聞きたいことはたくさんあるけれど、ここなら時間はたっぷりある。
「ああ、行っておいで」
「ほ~ら、こっちだよ~」
アノヨロシが少女の手をひいてシャワールームへ歩きだす。ミナシノも後ろをついていくところで、ふとこちらを振り向いた。
「ご主人はいっしょに来ないの?」
「いやいやいやいや!」
とんでもない! そんなことをしたら『俺タワー』が一般公開されてしまうじゃないか! 子供には見せられません! 女の子どうしで行ってきなさいとミナシノにうながした。
俺は地面をころがったせいもあってホコリだらけだった。ふかふかのソファやベッドが恋しいけど、ちょっとだけ我慢だ。固めのイスに座り、アノヨロシが撮影してくれた画像をチェックする。
うん、よく撮れてる。あたりは真っ暗だったけど、フラッシュ機能をしっかり使ってくれたようだ。ポッドの内部がくっきりと映っていた。
(ん? これは……)
おそらく緊急で脱出するためのポッドなのだろう。船でいえばゴムボートのようなやつだ。天井、壁、床しかない無骨な写真ばかりだった。たったひとつ、中央に鎮座する機械をのぞいては。
強烈な既視感。俺のよく知るコールドスリープ装置によく似ていた。ただし、サイズがかなり小さい。大人はとても入れそうにない。考えられるのは『あの子専用に作られた』ということだ。
もっていた黒い物体も気になる……なんだろう? 中になにか入っているのか?
***
三人娘がもどってきた様子で、廊下の奥から声が聞こえてきた。よしっ、つぎは俺の番だ。いそいそとシャワールームで服を脱ぎすてた俺は、おもいきり蛇口をひねった。熱い湯がふりそそぎ、冷えた体が芯まで温められていくのがわかる。
(ああ、気持ちいい……)
文明の恵みをじっくりあじわい、体を洗いはじめた。石鹸を泡立てて全身を洗っていると、とつぜんドアが開かれた!
「オーナー! お背中流しますよ~!」
「ええええっ!?」
なんとアノヨロシが入ってきた。シャワーあがりの服装はタンクトップ。無駄のない健康的なボディ……いや、それどころじゃないぞ。すぐ後ろにミナシノもいる。ああっ!? あの子も来てるぞ!?
「じゃあ前を洗おうかな、アタシは」
「足もとはおまかせください、ますたあ」
なぜ入ってくるんだ君たち! みんなそろいもそろってホカホカのピチピチ状態、さらに薄着! これはいけない。服につづいて理性までも脱ぎすてる事態に! というかもう脱げる寸前! 俺タワー完成寸前! 除幕式開催の危機!?
「うおおおおおお! させるかああああぁぁぁぁ!」
アメリカンフットボールのエースランナーのごときフットワークで、せまい室内にひしめく肉体をすり抜けるのだった……!
(やったぞ、このまま行けば逃げきれる!)
足をつよくふみだそうとした瞬間、つるりとすべる感覚。
「あ」
俺は目の前が真っ暗になった。
***
「うーん……」
深い暗闇のなかから体が浮かびあがる感覚――。
なんだか、ずいぶん長く眠っていたような気がする。
最初にひびいてきたのは電子音……まるで心臓のように規則正しいリズムをきざんでいた。
「――はんのうが――――あんていして――」
人の声。だれだ……? もっとよく聞こう……自然とまぶたがひらく。
真っ白な天井……? そのわりにはずいぶんと距離が近いな。まるで二段ベッドの上段で寝ていたような距離感だ……。
「あ……ご主人、目が覚めた?」
「その声はミナシノ?」
「うん。覚えてる? さっきまでのこと。転んで気を失ってたんだよ」
「なんとなく……ところでここはどこ?」
「ん? ソファーだけど」
「やけに天井が近い気がする……」
「んー……それはアタシの胸」
「なぬっ?」
予想しなかった答えに意識がはっきりとしてきた。すると周囲のことが理解できるようになる……後頭部から感じる弾力、髪の毛をなでる手、そして目の前にある丸みを帯びたおっ――。
「うわああああ!?」
顔から火がでそうな恥ずかしさのあまり、俺は体を転がして膝枕から逃げだした。床に顔を打ちつけたが、それ以上に危ないところだった。
あれに比べたら俺タワーなんて足元にもおよばない。いうなれば、そう、地球。命がもとめる母なる大地。それがふたつもあるのだから。
ミナシノがクスリと笑うのが聞こえた。彼女はいつもと同じ調子で言う。
「変なご主人」
差し出された手をとるとグイっとひっぱりあげられた。体を起こすと、今いる場所がダイニングルームだとようやくわかった。
どれだけミナシノの……アレが視界をふさいでいたかよくわかる。いや、意識するな。冷静になれ。よし、ここは違う話題をしよう!
まず目に入ったのはテーブルでキーボードをたたくアノヨロシだった。
「おお、見ろ! アノヨロシがVグラスでなにか作業をしているぞ!」
「見ればわかるよ?」
そりゃわかるけど。落ち着くためにやってるんだぞ、うん!
「オーナー。やっと気がついたんですね!」
「お、おう。心配かけちゃったかな。もう大丈夫! ほらこのとおり」
「……えっと、服はイスの上に置いてありますから、早く着てください」
「うああああああああああ!!」
アノヨロシに言われ、自分がすっぽんぽんだと気づいた。気を失ったときのままソファーに寝かせてたのかよ! タオルくらい巻こうよ!?
アノヨロシと初めて出会ったときを思い出した。あのときもモロ出ししてしまったけど……ずいぶんとどっしり構えるようになったじゃないか、アノヨロシ。成長したな……ん? コレ喜ぶところ?
「すぐに服を着ます! 少々おまちください!」
着替えの人生最速記録、本日更新だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます