第28話 空からのおくりもの
「生まれる前っていうのはつまり……胎児……のときってこと?」
「厳密にいえば初めて目を覚ます前。ニューリアンは6か月で体が成熟するんだ。培養カプセルから取りだされたときが、アタシたちの誕生日。教育プログラムの内容、そのときにはぜんぶ入ってるんだ、頭の中に」
まるで当たり前のことみたいに語るミナシノに、ほんの少しだけぞっとした。
「目を覚まして『生まれ』たら、6か月かけて身体的な教育を受けるの。で、出荷。生きた年数を年齢っていうなら……1歳になるのかな、アタシとアーノは」
「そう……なんだ……」
俺は物心がついてから10年以上の時間をすごして、俺なりの人生経験ってものを積んでいる。けれど、彼女たちはちょっとちがうんだ。教育を受けた時間と、俺と出会ってからの時間が人生のすべてなんだ。なら……楽しい人生をすごしてほしいと願わずにはいられない。
だって、人生は一度きりなんだから。
「むずかしい顔してるね、ご主人」
「いや、なんでもないよ。ちょっと考えごとしてただけさ」
「……そっか」
ミナシノはコーヒーをぐいっと飲み干してテーブルに置いた。
「おかわりいれてこようか?」
***
「ごっつぁんです……」
太陽が沈む時間になっても、パンパンにふくれた胃袋は働きつづけている。アノヨロシとミナシノが、初日の出を見たなら『初日の入』も見ようと誘ってきたからだ。おねがいだ太陽よ、あと2時間ねばってくれ。あなたが沈んでしまったら、キッチンでお雑煮3号が作られるだろう。
「わー、きれい……!」
「アーノ。これから何度もすごせるといいね、お正月」
「うん、何回だってお雑煮つくっちゃうよ!」
(ひいぃ……!)
涼しげな風がふいているというのに、体からは脂汗がふきでてくるばかりだ。なんとかして夕食を送らせなければ。こんなときに仕事のメールでも来てくれたら……!
「あっ! オーナー、あそこ見てください!」
「な、なにかな……?」
「えっと……たぶん、流れ星?」
流れ星。なかなかロマンチックなものがやってきたようだ。子供のころに1度だけ見たことがあるけど『あれ見て!』と言うあいだに消えてしまうくらい短くて儚いものなんだよな。今から俺が見上げたってもう……。
「……なんだあれ?」
それは夕焼けの赤い空と夜空の狭間できらめいていた。光が強く、激しく、そして長い。ぜったいに流れ星じゃない。似たものを挙げるなら……いつだったかテレビで見た、小惑星探査機が大気圏に突入したときの映像。あれとそっくりだ。
「あ、分裂した……!」
光が散らばっていくつにも分かれていく。ひとつ、またひとつと分離して、光はやがて小さな点となり――そして消えた。
「消えちゃった……」
「いや……アーノ。消えてないのがあるよ」
ひとつだけ。たったひとつだけ尾をひきつづける光があった。他とくらべて安定した輝きを放ちつづけている。
「ご主人……あれ、燃え尽きないで地面に落ちるよ」
「どこに落ちるかわかるか?」
アノヨロシがVグラスをかけ、空中に指をすべらせる。
「計算によると……この場所です!」
地図のホログラムが映しだされる。赤い点が明滅している場所、そこは――。
「宇宙港跡か!」
あれは人工物だ。たとえば宇宙船やロケットのような……とすれば、宇宙港を目指すのもうなずける。もしかすると地球からやってきたものかもしれない。俺はいてもたってもいられなくなり立ちあがった。
「行ってみよう!」
みんなで格納庫へ走る。お腹のなかがタプタプといってるが、車に乗れば大丈夫。
「武器よし、食糧よし、用具よしです、オーナー!」
「出発だ!」
***
「ふたりとも、ナビゲートを頼む」
「了解です」
バッドランズには街灯がなく、夜は視界が真っ暗になってしまう世界だ。けれどライトをつけるとならず者たちに発見されてしまう恐れがある。アノヨロシとミナシノの視力を頼りに、車を走らせる。さいわい、宇宙港までの道のりは、古い道路のおかげで走りやすい。整備されていたらもっとよかったけど。
「港の敷地内にはいったよ。滑走路のあるエリア」
夕焼けの空が完全になくなったころ、後部座席のミナシノが言った。それならばとアクセルを踏みこむ。落下物に寄ってくるのが俺たちだけとは思えない。誰よりも早くたどり着きたい。
どんなに目をこらしても、暗闇のなかで光ったり燃えているものは見あたらない。どこに落ちたんだ……?
「さすがに墜落したあとじゃ目印になるものが……」
「オーナー、4時の方向にいってください。煙が出てます」
「す、すごいね……」
ふたりの指示にしたがって車を降りてみると、鼻をつくニオイと目にしみる煙たさが同時にやってきた。俺には見えないけど、まちがいなく落下物がすぐ近くにあるとわかった。
「周囲クリア。明かりをつけても大丈夫だよ」
Vグラスを装着し、照明をつける。すると高さ2メートルほどの円錐のような物体がうかびあがった。あきらかに金属製で、表面には焼きついたような跡が全体にこびりついている。まだ熱いらしく、近づくとむわっとした空気が顔にまとわりついた。
「触ったらやけどをしそうだな……中の温度はだいじょうぶなのか?」
「見た感じ、宇宙船というよりはポッドみたいな感じですよね。こうして着陸できてますし、人がいても平気なように作ってあるんじゃないですか?」
アノヨロシの言葉に心臓をにぎられるような気がした。
「そ、そうだな……人が乗ってるかもしれないんだよな……」
もし誰かが乗っていたら……人間? 地球人? まさか灰色の宇宙人……なんてことはないか。人間がつくったものっぽいし。
「もしもーし、誰かいますかー!」
ふたたびアノヨロシの言葉にドキリとさせられた。
まさか声をかけるなんて。でも触らずに確認する方法としてはいいアイデアかな。せっかくだから俺もやってみよう。
「ようこそ、お待ちしておりました! フロアマスターの芹沢星司ともうします!」
あ、バイトの癖が出てしまっ――。
プシュウウゥゥゥゥ――。
空気の音とともに、扉がひらいた。
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