第29話 ますたあ

 中から現れたのは――銀髪の小さな女の子だった。全身がびしょびしょに濡れていて、顔からしずくが落ちている。俺は上着を脱いで、彼女の肩にかけた。金色の目が、俺を見つめる。



「ありがとうございます。あなたが『ますたあ』ですね?」

「……『マスター』?」

 少女はこくりとうなずくと、真っ黒な物体をさしだしてきた。辞書のようなサイズで、ズシリと手に重さを感じる。


「これはなに?」

 アノヨロシとミナシノにも見せる。つついたりたたいてもびくともしない。かなり頑丈な機械のようだ。

「わたしが乗っていた船のパーツと思われます。ポッドの中にありましたので、ますたあが持つべきとはんだんします」


 そのマスターっていうのがよくわからない。まさか、さっき『フロアマスター』と名乗ったせいでかん違いをしているのでは? でも子供を相手に、どう説明したらいいものか……。



「ご主人、話の途中だけど」

 緊張の糸をひくようなミナシノのささやき声。指さした方向に車のライトらしき光が動いていた。バッドランズの人間がかぎつけてきたらしい。

「早めに退散すべきか……アノヨロシ、ポッドの中を撮影しておいてくれ」

「はーい」



「君……いっしょに来てくれるかな?」

 少女が俺をじーっと見つめている。とてもまっすぐな目で迷いなくうなずき、ひとことだけ発した。

「はい」

 けっこう淡々とした子だな、と思った。そもそもこの子が何者なのかわからないが、拠点にもどったらゆっくり話を聞いてみよう。



 撮影を終えたアノヨロシが車に乗ったのを確認すると、アクセルを踏んだ。しばらく走っていると、後部座席から声がした。

「ますたあ」

「なに?」

「上着を貸していただ……きゅ……ありがとうございま……うぶ……」

「おとなしくしててねー。お姉さんがふいてあげますからねー、えへへへへ……うへへへへ。かわいいねぇ~」


 どうやらアノヨロシが体をふいてあげているようだ。聞いちゃいけないものが聞こえた気がするけど。なにかあったらミナシノに止めてもらおう。そうしよう。




(それにしても……)

 窓からみえる光はひとつではなかった。いくつもの車がそこらじゅうを走りまわっているのだろう。前に宇宙港跡へたどりついたときは誰もいなかった。落下物を探しに来たのは明らかだった。



 不意に、Vグラスから通話コールが鳴った。

「もしもし。ツバメ?」

『ミスター! よかった、まだ起きてたわね。夕方ごろに流れ星のようなものを見たかしら?』

「見た。すごくきれいだった」

『ハァ……のんきなものね。あれね、シティが平和条令第8条にもとづいて迎撃命令をくだしたわ。でも、着弾の前になにかが分離して地上に到達した』


「光が分裂したのは迎撃されたせいだったのか!」

『タワー以外の、あらゆる物が『壁』より高い位置にあることを禁ずる……ばかばかしいと思うかもしれないけど、宇宙から降ってきたものにも例外じゃないの。そして平和局がバッドランズへ出動した……落下物を回収するためにね』



 俺がいつごろだと聞いたところ、ついさっきだという。しばらくすれば宇宙港にバッドランズの人間と平和局が集結することになる。


「大変なことになりそうだな……」

『何が落ちてきたのかは現在も解析中だけど、絶対に探そうとしないでね。関係があると思われたら最後、ハチの巣にされるわよ』



「もう少し早く言ってくれたらよかった。実はもう落下物を確認して、退散するところなんだよ」

『はあ!?』

 俺の発言がよほど予想外だったのか、大声が返ってきた。


『なに考えてんの!? いえ、まって……そもそもどうやって見つけたの?』

「アノヨロシとミナシノのおかげ」

『目測で正確な位置をわりだしたってこと? あきれた。最近のニューリアンは高性能なのね』


 ため息のあと、彼女はつづけた。

『……わかった、今はとにかく逃げて。安全を確保するのが先決よ』

「わかってる。ありがとう」



 通信を切ると、俺はうしろをふりかえった。

 少女はまだ静かに座っている。いったいこの子は誰なんだろう? なぜあのポッドの中にいたんだろう? 次々とわきあがってくる疑問をよそに、車を走らせつづけた。だが――。




「あ、捕捉されたみたい」

 ミナシノが教えてくれた方向にはライトがひとつ。注意してみると、確かにこっちへ向かって来ている。

「この距離と暗さで?」

「レーダーかな。あ、平和局の車両だからニューリアンが乗ってるかも」

「……最悪だ」



 俺たちが乗っているオフロード車で逃げきれるだろうか? いや、無理だろう。なにせ古い宇宙船でホコリをかぶっていたシロモノだ。治安部隊が相手じゃ分が悪い。おとなしく降参しても不審に思われるだろう。何が起こるかわからない。そして反撃すれば……たちまち犯罪者だ。

「どうすればいい? 考えろ、考えろ……!」


 発熱を感じるほどに頭を働かせても、最善の策を見つけるのはむずかしかった。

 ギリギリまで逃げつつ、追いつかれたら早めに白旗をあげるか? それがベストか? 平和局は許してくれるか? 俺たちがここにいる理由はどう説明する? ダメだ……考えるほどに決断を後まわしにしてしまいそうだ……!



 そのとき、サイドガラスが粉々にくだけた。



「きゃああああ!?」

「ご主人、銃撃!」

「くそっ、お構いなしかよ! みんな、揺れにそなえてくれ!」


 むこうはやる気だ。視界確保のためにライトを点灯、ハンドルをまわしてアクセルを踏みこむ。とにかく逃げるしかない! スピードで負けていても、こっちにはオフロード車ならではのパワーがある。廃墟を利用して防御しつつ、わざとガレキの上や壊れかけた壁をのりこえてかっ飛ばす!


 重力感覚がメチャクチャになるほどに、荒くて強引な走り……だが、限界はすぐにやってきた。気づけば大きなビルらしき建物……その中に入りこんでしまっていた。


 つまり『行き止まり』だ。入り口へ引きかえすにはもう遅い。目がくらむほどの光が俺たちを突きさす。



「……追いつかれた……か……」

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