第14話 ニューリアン選択購入会へ

 シティに入って最初に感じたすごさは、道路の快適さだった。車のタイヤから伝わる振動というものが全くない。まるでホバー移動しているようだった。

 歩道のわきには、植物が規則正しくならぶ。どれも完璧に刈りこまれていた。そして建物は――。


「ガラス張りのビルばかりだ……まさに未来って感じだなあ。でも……」


 きらめくビル群は、俺がいた学校とおなじくらいの高さだった。およそ4、5階くらいだろうか? 気味がわるいほどに『高さ』がそろっている。


「なんで全部おなじ高さなの?」



「タワー以外の、あらゆる物が『壁』より高い位置にあることを禁ずる……シティがさだめた平和条令第8条です。紙きれひとつ舞いあがることも許されません」

「それを監視するために『あれら』が飛んでるってこと?」


 空のあちこちを機械が飛んでいた。無数のリングがからみあうように回転して……思い出した、天球儀だ。あれは天球儀のような形のドローンだ。


「はい。特定の高さを超えた物にたいし、自動で攻撃します。シティの建物はみんなギリギリなので、上になにかあれば……バン! です」

「ほんと!? こわすぎるだろ!」

「ビルから飛び降りようとして、屋上で即銃殺された事例があるほどですよ」

「ひえぇ……」


 わけがわからない。シティはなぜそこまで厳しくするんだ? タワーにえらい人たちがいるらしいけど、まさか自分たちがてっぺんにいないと嫌なのか?




「あっ! オーナー、あそこに『会場はこちら』って書いてありますよ!」


 道路で浮きあがるホログラムにしたがって、俺は車をすすめた。



***



 ニューリアン選択購入会場は、タワーのふもとにあった。高いというより巨大、のほうがしっくりくる。空の半分をおおいつくす姿は、まるで山のようだった。


「真下から見ると、やっぱりでかいな」



 地面のホログラムは『車のお客様はこちら』とあるので従う。さっきから常に車のまえに浮かび続けている……すごい技術だ。

 駐車スペースにはいると、スペースがほとんどいっぱいだった。一番奥に空きを見つけたので、そこに留めた。あたりはシンと静まりかえっていて、誰もいない。


「ねえアノヨロシ、俺たち遅刻してないよね?」

「ちょうど1時間前です。だいじょうぶだと思いますけど……」

「さすがに不安になるよな……いそごうか」



 さすがはシティの中心地。タワーの外周は、まっすぐな道だと錯覚してしまうほど長かった。10分かけても入り口が見えない……早歩きなのに!



「お、あそこに人だかりがあるぞ。ようやく到着かな?」

「……」

「アノヨロシ?」


 振りかえると、アノヨロシがうつむいていた。握りしめられた両手がふるえている。


「どうしたの?」


 口をむすぶ彼女のかわりに、集まっている人たちの叫びがすべてを語った。




「ニューリアン反対!」「ニューリアン反対!」

「人間を見ろ!」「人間雇え!」

「ニューリアン消えろ!」「ニューリアン帰れ!」

「ニューリアン追放!」「ニューリアン抹消!」

「人間一番!」「人間優先!」


 手あたりしだいに地面や物をたたき、音をたてて怒鳴る。まさにデモだった。


「シティにもああいうのがいるのか……」

 アノヨロシが袖を引いた。彼女はおびえているようだった。無理もない。あんな敵意をもつ集団を見たらこわくなるに決まってる。


 会場へいくには、彼らの前をとおる必要がある。アノヨロシが心配だ。金色の目をかくすためのサングラスは用意してあるけど、精神的にキツいだろう……。




「ニューリアンはんた……あ!」

「うっ」

「チッ……」





「なんだ? 急に静かになったぞ」

 アノヨロシの手をつかみ、何があっても対処できるよう身構えた。


 デモ隊の視線が一か所に集中する。それは、たったひとりの人物だった。あれ? こっちに来るぞ……!




「やあ、また会ったな青年」

「……おいみんな、解散だ!」


 平和局のユニフォームを着た老人……たしかピーターって言ってたな。彼は俺に手をふって声をかけただけのようだが、デモ隊は恐れおののいたように散っていった。さすがは平和局、ってところか。


「こんにちは副局長。もしかして、ここの警備ですか」


 彼はうんざりといった顔でうなずいた……まあ、ゴーグルのせいで口もとしか見えないけど。



「年に1度のおおきなイベントだ、それなりの立場の人間も集まってくる。我々にとっては忙しい日だよ」

「副局長を見ただけで逃げていきましたけど、追わなくても?」

「うむ。いなくなってくれれば充分だ」


「……そうですか、てっきり――」



 撃つかと思いました、と言いかけたところでやめた。シティの外とくらべたら、正直ぬるい。他に見てまわっている人間がいる気配がしない。屋内に集中しているのだろうか? タワーのふもとなのに……空にはドローンが飛び交ってるくらいなのに……。


 いや、だからこそ血にぬらすわけにはいかないんだ。自分にそう言い聞かせて違和感をおしこめた。



「ところで、君を見つけて驚いたよ。ニューリアンを買えるのは大企業や一部の個人に限られる。よくぞ短期間で成り上がったものだ」


 俺の肩をポンとたたき、すれちがいざまに言う。


「では失礼する。さらばだ、セイジ君」




「アノヨロシ、だいじょうぶ?」

「……はい。もう、切り替えました」

「行こう」



***



 受付で名前を伝えると、すぐに担当者がやってきた。スーツの上に白衣といういでたちの若い男だった。

 案内された部屋には大きなテーブルがあった。そこには『販売』されるニューリアンが、ホログラムで映されていた。


 時間まで待つようにいわれたので、お礼を言って席にすわる。


「オーナー、ミーナの映像を見てもいいですか?」

 もちろんだと頷いた。テーブルに浮かびあがるボタンに手をのばすアノヨロシ。細い指をスッとすべらせていく。やがて赤い髪の……『壁』のところで見た映像とおなじ女の子が映しだされた。


「いた!」



『登録名:ミナシノ』

『製造元:ニンジャコーポレーション』

『製造番号:404030-7』

『総合スコア:80,374』

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