第15話 対面・ミナシノ

 ミナシノのデータを見ているうちに、開始時間のお知らせが部屋にひびいた。ドアをあけて出ると、さっきと同じ担当者がいた。俺と目が合うなり頭をさげて、こう続けた。


「大変お待たせいたしました、こちらへどうぞ」


 長い廊下。黒くてシックな外装に、金色の装飾がちりばめられ、照明のすべてが複雑な曲線美をもつシャンデリアだった。

(まるでセレブが通う高級クラブだ)


 ニューリアンの値段を考えれば、あながち間違いじゃないかも。なんてことを思いながら廊下を進む。とちゅう、人とすれ違うことはなかった。



 メインホールにやってきた。白いクロスを敷かれた丸テーブルがいくつもならび、その中央には、大きなホログラムスクリーンがある。どうやらここで入札をするらしい。

 俺はアノヨロシと並んで座った。ほかに同席者はいない。おそらく待機していた部屋ごとにテーブルが割り当てられているんだろう。


 アノヨロシは、部屋を出てからずっと黙っている。緊張しているのかもしれない、俺と同じように。



『みなさま、ようこそいらっしゃいました』


 天井から声がひびきわたると同時に、スクリーン上に女性があらわれた。

『これよりニューリアン選択購入会を開催いたします。まずは市長のごあいさつからどうぞ』


 大きな拍手がまきおこる。俺もサイレント拍手をする。

 そして市長のホログラムがあらわれた。『壁』で見た看板の顔そのままだった。

『シティに生きる皆々様方、本日はよくおいでくださいました。おかげさまでネオ東京シティの収支は――』




(うーん……)

 あいさつと言いながら、延々と話がつづいて終わる気配がやってこない。こういうのを聞くと眠くなるんだよな……。





『今年は――から、どくり――年を――』



***



「……んお?」

 肩をたたかれたような気がして目をさます。振り向くとアノヨロシの困ったような顔があった。


「オーナー、入力時間ですよ!」

「あっ、だいじょーぶ、だいじょーぶ! ちゃんと起きてるよ?」


 やばい、意識が飛んでた……!

 自分のテーブルからホログラムが浮かんでいる。よし、気を取り直して読んでみよう。



 まずは『指名数』の指定だ。俺たちはミナシノだけを買うつもりだから、『1』と入力する。これだけで1000万円だ。メモリーウォレットでエンターキーを押して支払確定……と。

 大きな金額だけど、すでに電子書籍の売り上げは200億円を超えている。問題はない。


 つぎに、買いたいニューリアンを指名して『落札価格』の入力。さあ、いよいよ芹沢星司、一世一代の買い物のときだ!


 手がじっとりと汗ばむのを感じながら、俺は支払を確定させた。あとは集計を待つだけだ。



***



『たいへん長らくお待たせしました。みなさま、中央スクリーンにご注目ください』


 メインホールに女性の声がこだまする。出席者たちがシンと静かになった。照明が暗くなっていく……まるで映画がはじまる瞬間のように。

 きっと大丈夫。1番最初の指名権は――!



『第53期、ニューリアン選択指名順位……1位、スター・セージ社』



(よっしゃ!!)


 どよめく会場。



「スター・セージ社? なんの会社だ?」

「ケッ、一発屋が……」

「おいおいルーキーが1位をもっていったぞ」

「いくらかけたんだ?」

「金銭感覚がおかしくなったんだよ。成り上がりにはよくあることさ」

「話題づくりかもしれないな」



 両手でガッツポーズをする。全身がふるえているのがわかる……シティの大企業・富豪がひしめくなかで、俺が1番たかい落札価格をだしたんだ!

 もちろん自信があった。なぜなら、歴代最高額を超える126億円をかけたのだから。


 アノヨロシはスクリーンをぼうぜんと見つめていた。よろこんでくれたかな……?


『それではスター・セージ社さま、指名するニューリアンを選択してください』



 トンッ、とテーブルのホログラムをたたく。選んだのはもちろん……。


『1位指名:ミナシノ』


 スクリーンに、ミナシノの姿が映し出された。そのときだった。



「ワッハハハハハハハ!!」


 参加者がどっと笑い声をあげた。



「くくく……ちゃんとスペックを見たのか!?」

「こんなに笑ったのは久しぶりですよ!」

「さすが新人さん!」




 アノヨロシがちかくのテーブル席をにらんだのを見て、俺は肩に手をおき、言いきかせた。


「笑わせておけばいいよ」

「でも……!」

「目的は達成されたんだから、胸をはろう。それに俺、なんかぜんぜん気にならないんだ……こんなに笑われてるのにね。心が大物になったのかも」


 言葉にウソはなかった。会場の人たちを見まわしても、目が合っても、怒りのような感情はゼロだった。むしろ、自分たちにしかわからないものがあるんだと、誇らしさすら感じる。



『続いて指名権、2位の発表です……』



 俺たちの指名が終わっても、特に案内はされなかった。ぜんぶ発表するまで座ったままか……そう思いながら、アナウンスを聞いているときだった。

 13番目の発表で『私が落札しました』といわんばかりに立ちあがってお辞儀をする男がいた。彼の顔をみた瞬間、記憶がフラッシュバックした!



『こんにちは……そしてはじめまして。私の言葉がわかりますか?』



 間違いない。あいつは……コールドスリープから目覚めたときの男だ!




 検査といって質問されたことを思いだす。俺はあのとき、名前と生年月日をきかれて答えた。

(まずいな)


 いやな予感がして施設から脱走したんだ。俺に気づいたら、捕まえようと追ってくるかもしれない。少なくとも……見つかってプラスになる可能性は低い。


「アノヨロシ……スタッフを呼んでほしい」

「? わかりました」


 彼女がかるく手をあげる、やってくるスタッフ。俺はこっそりと頼んでみた。『急用ができたので、今すぐニューリアンを受けとり退出したい』と。



 申し出は受け入れられた。問題ないらしい。



***



 ホールの外、長い廊下のつきあたり。俺たちは『対面室』と書かれたドアの前に立っていた。この向こうにミナシノがいる……。


「……アノヨロシ、なんで俺の背中で縮こまってるの?」

「だって、なんて声をかけようかわからなくて……えっと……そう、オーナーファーストってやつです!」

「そんな言葉はじめて聞いた」

「緊張してるんですよぉ~。わかってくださいよ~!」


 大きく深呼吸をくりかえすアノヨロシ。もういいかな?


「開けるぞー?」

「ひええぇぇ!」



 ガチャ。





 Vグラスで、ホログラムで、広告で……なんども見てきた赤い髪のニューリアンの少女が、そこにいた。


「ミナシノ。はじめまして」


 彼女の第一声は、とてもシンプルでクールな感じがした。

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