第27話 お正月、仕事のメール

 赤い空と黒い地面。ふたつをつなぐ地平線が白くかがやきはじめる。美しい風景なのに、胸がしめつけけられるような気持ちだった。あの太陽は俺が知ってる太陽じゃない。でも……。



「コホン。ではあらためまして……今年もよろしくお願いしまーす!」

 アノヨロシが拍手をしたのをきっかけに、俺とミナシノも手をたたいた。

「こちらこそよろしく」

 テラスからみる初日の出は……俺の知ってる太陽じゃないけれど……きれいだった。2334年がはじまったのだ。


「さあさあ、ふたりとも食べてください!」

 にこにこ顔で料理をさしだすアノヨロシ。ホカホカの湯気が立つ、彼女流のお雑煮だ。日本でも地球でもないネオ東京シティには、お雑煮というものがないらしい。なにげなく新年に食べる物の話をしたら『ぜひ作ってみたい』と言いだしたのが始まりだった。


 俺自身お雑煮とはどんなものか、といわれると説明に困る。がんばって説明したけれど、さて再現のほどはいかに?



「こ、これは!」

 透明なコンソメスープのなかに乾パン(多分)が沈んでいた。他に具は見当たらない。


「どうですかオーナー!?」

「さ……再現度が高いな……!」

「やったー!」


 茶色いスープにおもち等をいれた料理と言った記憶がある。断片的な情報から作りあげたにしては、だいぶ近い見た目……かもしれない。


「おもち? っていうのがよくわからなかったんですけど、お米の塊なんですよね。それでピンときたんですよ~!」

 乾パンは小麦粉だと思うぞアノヨロシ……。


「アーノ、おかわり」


 ミナシノ、食べるの早っ! いや、食べるというより飲むが近いか。

「うんうん。いっぱいあるからね!」


 このペースだとすぐになくなりそうだな。俺も食べよう……あちちっ! うん、味はいい。いいんだけど……このコンソメスープ、いつも飲んでる缶詰めのやつだな。乾パンもいつものやつだ。



 あれ? いつもと同じ食べ物のような気がする……?



 アノヨロシとミナシノの談義はつづく。

「これに野菜をいれたら野菜の味が加わるんじゃないかな」

「なるほどー、入れたらもっとおいしくなりそうだね!」

「おいしいかわからないけど、野菜の味がすると思う」

「たしかにアレとかコレとかどうかな?」

「うーん……となるとアレとコレの味が――」



 聞いていると頭がこんがらがる……ごちそうさまでした。



***



 俺たちの拠点である巨大宇宙船のなかでも、とくに気に入っているのがカフェスペースだ。木目調がベースのおちついた内装で、照明もあかるすぎず、派手すぎずなのがいい。仕事に集中できる……気がする。


 Vグラスを装着し、新着メールの確認をする。最優先でチェックするのはもちろんサムライエンターテイメント社。毎日のように進行状況を知らせてくるから気が抜けない。相手はほんとうに働き者だった。お正月、しかも日の出から間もないのにメールが入ってきていた。


 すぐに目を通す俺もマジメな社長だよね?



 メールの内容はこうだ。

『出演者が決まりましたので資料を送ります』



 早い……契約してから1か月もたってないのに。これもサムライグループの力ってやつなのか。

 資料は数百ページにおよんだ。なにせ実写化するのは150巻を超える大長編。キャラクターの数もハンパじゃない。


「うーん……」


 例によってカタカナの名前ばかりだった。それも金髪の白人がかなり多い。見慣れないからか、みんな似た顔に見えてしまう。『ジョージ・カーシュナー市長の親戚を集めました!』と言われたら信じてしまうかも。


 ためしに主演の名前で検索してみる。なるほど、かなり人気らしい。代表作は『水を飲む男』……って、これたしか水を飲んでトイレにいくやつじゃないか。よく考えると、ネオ東京シティの娯楽レベルでちゃんと演出できるのかと不安になってきた。


 けれど俺は素人だ。よけいな口出しをしたらクオリティに悪影響を与えかねない。口を出したいところだが、こらえよう。我慢だ。



つぎにプロットを読みはじめたところで、肩をちょんちょんとつつかれた。ミナシノだ。彼女はコップを手渡してきた。

「はい、コーヒー」

 気をきかせて淹れてくれたのか。いい香りに誘われるまま口にはこぶ……うん、苦みと酸味のバランスが絶妙だ。


「ありがとう」


 ミナシノは満足そうにうなずいて、自分のコーヒーをすすった。アノヨロシはさらなるお雑煮の研究をすべくキッチンに行ったらしい。この調子だと昼ごはんもお雑煮かもしれないな。まあ、せっかく興味をもってくれたんだし、気が済むまで付き合おう。



「メールが来てたの?」

「うん。演じる人たちが決まって、その資料をね。見てみる?」


 ホログラムモードを起動してテーブルに映しだす。ミナシノはひとつひとつ熱心に目を通していった。採点されているようですこし緊張してしまう。


「なにか気になることはある?」

「ううん……ただ見たことない人ばかりだから覚えておこうと思って。今のうちに」

「主演の人は何度もニュースに載ってるみたいだけど、その人のことも知らない?」


 ミナシノはゆっくりと首をふった。

「教育プログラムに芸能界の情報なんてないからね……」



 ときどき聞く『教育プログラム』という言葉が気になっていた。推測が正しければ、俺が『新日本語』を読めるのはそれのおかげのはずだ。ミナシノとアノヨロシ、どちらも『知識』の根拠が教育プログラムに強く依存しているのはなぜだろう、と。


 だから質問した。

「プログラムってどんな情報が入ってるの?」


 資料に向けられていた金色の瞳が、こっちを見る。まばたきとともに、大きく見開かれていた。彼女のこんな反応は初めてだった。そんなに変なことを聞いただろうか?


「なんていうか……『出荷』の前に覚えておく基本事項、かな。言葉とか、物の名前と使い方とか、シティの条令も覚えるし、護身術や武器の扱いもあったはずだけど。ごめんね、うまく言えなくて。生まれる前にすりこまれるものだから、説明がむずかしいの」

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