300年前の高校生、人工少女と。
佐倉じゅうがつ
第1話 目覚めの西暦2333年
深い暗闇のなかから体が浮かびあがる感覚――。
なんだか、ずいぶん長く眠っていたような気がする。
最初にひびいてきたのは電子音……まるで心臓のように規則正しいリズムをきざんでいた。
「――はんのうが――――あんていして――」
人の声。だれだ……?
真っ白な天井。それと、視界の脇には見慣れない男の顔があった。鼻をつくにおいは、消毒液……?
五感と意識がはっきりしてきた。
「こんにちは……そしてはじめまして。私の言葉がわかりますか?」
「……はい」
返事をすると、相手はほっとした表情でうなずいた。
「よかった。あなたは……たったいまコールドスリープから目覚めました」
そうだ。俺は実験に応募したんだった。成功したのなら……7日間たっているはずだ。
「失敗しなくてよかった」
声がしゃがれている。喉をさすりながら体を起こすと、背中にクッションのようなものが差しこまれた。
「検査のため、いくつか質問します。無理せず自分のペースで答えてください。まず、あなたの名前は?」
「芹沢星司」
「セリザワセイジ……?」
変だな。名前を言っただけなのに、首をかしげているぞ。
「すみません、ファミリーネームのほうを教えてもらえますか?」
「……え? えっと、芹沢です。フルネームでせりざわ、せいじ」
「ふむ……ああそうか。当時の日本は……思い出したぞ……セイジ・セリザワさん、よろしい。では次に、生年月日は?」
「2004年12月4日」
「よろしい」
男はメモをとりながら、さらに質問をかさねる。そのすべてが簡単なもので、答えるたびに、自分の記憶と照合されていくようだった。
「……お疲れ様でした。これで検査はすべて終わりです。あなたの答えはすべて記録と一致している。まったく問題ありません」
問題なし、か。安心して頬がゆるむ。それを見た男は、なぜか表情が急にくもった。
「さて……少々、悪いお知らせがあります。どうか、落ち着いて聞いてください」
不安になるような前置きだと思った。
次の言葉は想像のはるか上をいくものだった。
「あなたが目覚めた”今”は……およそ300年後の世界。『西暦2333年』です」
「……はい?」
なにを言ってるんだ? 冗談にしては悪質すぎる。そんな目で相手を見るが、男はいたってまじめな様子だった。
「驚くのも無理はないでしょう。ですが事実なのです。どうかお気を確かに。大丈夫ですから」
「大丈夫なわけあるか!」
おもわず声をあげてしまった。
「そんな話、信じられるない! なんでそんなことになっちゃったんだ!? なんで俺はこんなところにいるんだ!?」
「……どうやらあなたには時間が必要のようだ」
男はそう言って立ちあがると、静かに部屋を去っていった。
いったいなぜこんなことに?
「……くそッ!」
あらためて部屋を見回す。ベッドと機械があるだけの簡素な部屋だった。壁と床も真っ白で、空気がひんやりとして冷たい。
白、白、白……とても無機質だ。
これからどうすればいいのだろう……? とにかく、周りの状況を知りたい。ベッドから降りようとするが、足がふらつく。
「おっとと……」
なんとか立ち上がって、壁に手をつきながら進む。ドアの前までくると、音もなく開いた。その先には長く、暗い廊下が続いているようだ。左右を見ると、どちらにも同じような扉が並んでいた。
くっ! 協力金につられてこんな……いや、悔やんでもしかたがない。そもそも失敗したら死ぬかもしれなかったよな。
改めて考えると、リスクの高い募集だった。一人暮らしの高校生に『だれでも1週間ねるだけで100万円』はまぶしすぎたんだ……。
思いふけっているうちに廊下の向こうから足音が。やば――!
反射的に部屋へ引き返し、壁際で聞き耳をたてる……すると、話し声が聞こえてきた。
「――言語については、ほぼ問題ないようです。我々の言葉を理解できている。ですが、あの動揺ぶり……知識まではインプットできていないでしょう」
「もともとはニューリアン用の学習装置だ。人間に使ってこの結果なら、うまくいったほうだろう」
「ですが……」
(なんだ? なんの話をしているんだろう……)
理解できない内容だったが、会話の内容から察するに、相手は複数人いるらしい。声はだんだん近づいてきた。
「とにかくだ。『管理装置』を埋めこみしだい、『実験室』まで運べ」
「了解しました」
足音が通りすぎていく……。
聞いた言葉が頭のなかでこだまする。管理装置? 実験室?
俺は何をされるんだ?
氷のように冷たい汗が背中をつたう。
ここにいたらまずい。ドアを開けて飛び出した。音を立てないように、廊下から階段へ。
すると広い空間にたどり着いた。誰もいないことを確認して、ほっと息をつく。
コンクリートと暗い照明がつづく不気味なところだ。かなり広い……ひょっとして、地下? だとすれば、歩くだけじゃ出られないぞ。
「ん? あれは……」
エンジンのうなり声とともに光が伸びてくる……車だ、ヘッドライトだ!
ライトに照らされないよう、壁に駆けよって身を伏せた。この暗さだ。障害物がなくても大丈夫。
そう自分に言い聞かせて息をひそめた。緊張で心臓がバクバクする。
まてよ? あの車、良く見るとトラックみたいだ。荷台に乗れば外に出られるんじゃないか?
体を低くしたまま進み、ちょうど目の前を横切るところでジャンプ!
「とおっ!」
よし、乗れたぞ! 荷台のなかは家具や古着、巨大な金属の箱といったものがどっさりと積まれていた。
しばらく中に身を潜めよう。どうか見つかりませんように……!
俺は祈りながら身をうずめた。
それからどれだけ経ったか……トラックは一度停車し、荷台に新しい物が放り込まれ、再び走り出していた。
ここは搬入・搬出をするところだったのだろう。ゆるやかな坂道をのぼり終えると、前方が明るくなってきた。太陽の光……外に出られたんだ。
「やった……!」
脱出成功!
ガッツポーズをしながら身を起こすと、建物の全体像が見えた。学校くらいの広さだが、高い塀に囲まれ、窓がひとつもない。
「ついさっきまであそこにいたのか……なんか不気味だな……」
ふと、自分がいま着ている服に気づいた。丈の長い患者用の服。しかも裸足だ。そりゃそうか、なにせコールドスリープしてたのだから。
2333年のファッションなんて知るよしもないが、こんな格好で外を歩いたら、きっと目立つ。
幸い、古着がたくさんある。ごそごそと積み荷を物色しはじめたとき、大きな箱――倒れた冷蔵庫のようなものがゴトゴトと音をたてた。
トラックの揺れによるものじゃない……中になにかいるのか!?
『たすけて……たすけて……』
箱の中から女の子の声が聞こえる。助けを呼ぶような悲痛な声だ。急いでふたを開けようとしたが、ロックされているらしく、びくともしない。
どうすれば……いや、ちょっと待てよ。よく見ると、コールドスリープのカプセルにそっくりじゃないか? ということは……やっぱり。
蓋の横にボタンがあった。押してみる。
シュゥゥゥ……と空気が抜ける音とともに、フタが開いた。
なかにいた少女は俺と同じくらいの年の、綺麗な子。おびえるようにこちらを見ていた……。
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