第2話 少女の名は

「大丈夫かい?」


 声をかけると、彼女はびくっと体を震わせ、おそるおそるうなずく。


 とても美しい……金色の瞳が俺を見ている。肩にかかるくらいのショートヘアで前髪には赤いメッシュが入っていた。


「立てる?」

「あ……はい……」


 手をとって支えようとしたとき、トラックがガタンと大きく揺れた。


「うおっ!」


 倒れそうになった彼女を抱きかかえる格好になったので、自然と抱き合う形になった。やわらかな感触が伝わってくる、それにいい匂いだ……


「わーっ!」

 甘い時間を切り裂いたのは女の子の悲鳴だった。


 視線のさきは俺の腰……あっ! 患者衣のヒモがほどけ、『前』がはだけていた。しかも、下着をつけていない……。


 股間のアレを見られてしまった! あわてて隠してももう遅い。

 彼女の目は見開かれたままだ。ああ、顔が沸騰しそうだ!

 

「すぐに服を着ます! 少々おまちください!」


 バイトざんまいだったせいか、定型文を口走ってしまった。はやく着替えなければ!

 

「はやく服を着てください!」

「ただいま対処します!」


 こうして俺の人生最速の着替えは、女の子の眼前で堂々と行われたのだった……。


「ふぅ……これでよし」


 振りかえって彼女を見ると、すーっと目をそらされた。ちょっとショックだけど、当然か……などと考えていると――!


 

「ヒャッハァー!」

 


 声の主を探す間もなく、ガガガガガガガ……と、金属のぶつかり合う音がけたたましく飛んできた。


「な、なにが起きてるんだ!?」

「箱にはいってください!」

「えっ?」


 腕をつかまれ、ものすごい力でカプセルに引っぱられる。女の子はすばやくフタを閉めた。

 真っ暗闇のなか、体温を感じられるほど狭い空間に、2人で閉じこもった。

 

「あの音は……?」

「銃撃です」

「じゅっ……」


 どういうことだ!? 300年後は銃社会になっているのか? いやいや仮にそうだとしても、撃っちゃだめでしょ普通は!


「なんで撃ってくるんだ!?」

「それは……」


 いっそう大きな衝撃とともに車体が激しくゆれた。


「ぐわっ!」

 トラックが止まった!


「きっとバッドランズのハンターが襲ってきたんです。シティのゴミは、彼らにとって宝の山だって聞きました」

「単語の意味がわからないけど、きっとろくでもないやつなんだな……!」

 

 いきなり銃弾を浴びせてくる相手にどうやって対処すればいい? なんとか気づかれないように逃げるしか……!


 だが、状況は思いもよらぬ方向へと動いたようだ。


『ニューリアンだ!』

『殺せ!』

『人間様をなめるなってんだ!』


『ひとりやられた、クソッたれ!』

『来るな! 来るなああー!』


『ヒィッ! グギャアア!』


 


 怒号と悲鳴があがり……すこしたって、銃声が完全にやんだ。


「いったいなにが……うおわっ!?」

 エンジンの振動音がカプセル内に響く。


「トラックが動き出した……?」

「そうみたいですね」

「助かったのか? はぁ~……」


 安堵感から、つい情けないため息が出た。

 

「えっと、とりあえず出ようか。もう安全だよね?」


 フタを持ちあげると、心地よい風がはいってきた。そのまま外に顔をだす。

 広くて平らな地面ばかりの土地だ。


 進行方向に、巨大なガレキの山がそびえたっている。


「あれがゴミ捨て場――」


 言いかけてハッとした。ここに積まれているのがゴミであれば、不自然なことがひとつある。


「君はどうしてカプセルの中にいたの?」

「…………」


 彼女は答えず、うつむいたまま黙っている。なにか事情があるようだけど……そのとき、またも異変が起きた。

 トラックが急旋回すると、ガコン! という音とともに荷台が傾いたのだ。

 

「うわあっ!?」


 体が宙に投げ出される。女の子はキョロキョロとあたりを見まわしたあと、力なく笑った。

 

「あはは……やっぱり私、廃棄処分なんだ……」


 俺たちが投げ捨てられた場所は、ごみ山のふもと。 なるほど積んでいたのはゴミだし当たり前……って!


 なに考えてんだよ!?

 人を捨てるなんてありえないだろ!?

 しかも、女の子だぞ!?

 

 背後にからガチャリと音がした。見るとトラックの運転手が、こちらに銃口を向けている!


 大柄な男……顔と作業服に血がびっしりとついていた。なのに平然としている……なんて不気味なんだ。

 金色の目をギラリと光らせ、こちらをにらんでいる。

 

「お前たち、こんなところで何をしている? 廃品の盗掘は、平和条令第1092条により射殺する」

「はい?」


 なんだそれ? 思わず間抜けな声が出てしまった。男は表情を崩さずにつづける。


「5秒以内に答えろ。5……4……」

 

 ひるむな。考えろ……うまく切り抜けるんだ、セイジ!

 

「……俺たちは通りすがりの善良な市民なんだ、事情を聞いてください!」

「ふむ?」


 頭をフル回転させてストーリーを作りあげていく。


 こいつは『ここで何をしている?』と言った。

『なぜ荷台に乗っていた?』ではない。

『さっきのやつらの仲間か?』でもなかった。


今、はじめて俺たちの存在に気づいたと考えられる。

 

「さっき『ハンター』が来たでしょう? 俺たちも襲われて、それで、あなたのトラックを見つけて……荷台に隠れたんです」


「市民ならば身分証明書を出せ」

「……取られちゃいましたよ。でも俺と彼女の服装を見てください。いかにも市民って感じがしませんか?」

 

 ハッタリだった。ゴミあさりの人間にしては、見た目が清潔すぎる、と思わせれば勝ち。

 どうやら効果はあったらしい。銃をかまえたままだが、こちらを見極めるようにのぞきこんでいる。そしてあの子を見て――。

 

「……おい女、顔を見せろ!」


 女の子が力のない表情で顔をむけると、うなずきながら銃をしまった。


「ニューリアンか。なるほど、本当に市民らしい」


 納得してもらえたみたいだ……。

 でも、あの子がニューリアンって?

 

「お前たちも早くシティへ戻れ。またハンターがやってこないとも限らない」


 男はきびすを返し運転席へ乗りこもうとしている……このまま見送ってもいいが、ひとつだけ確かめたいことがある。


「待ってください、ひとつだけ質問! あなたも、その……ニューリアンなんですか?」

「見ればわかるだろう?」


 目を指さしながらの返事。彼とあの子の共通点、それは金色の瞳だ。

 ニューリアンってやつの特徴なのか?


 走り去るトラックをながめながら、俺はヘナヘナと座りこんだ。今度こそ危機を脱したようだ。よかった……。


「……私、どうしたら……っ」


 となりでは女の子が小さく嗚咽を漏らしている。なんて声をかけたらいいのか……廃棄されたって言ってたな。それなら。

 

「おたがい無事でなによりだよ。それで……さ。お願いがあるんだ」


 彼女は不思議そうにこっちを見た。俺の話を信じてくれるかな。


「俺と一緒にいてくれないか? 実は――」


 すべてを話した。『コールドスリープで300年後に目覚めた』と言われたこと、危険を感じて脱走してきたこと。右も左もわからなくて困っていること。


「俺の名前は芹沢星司。君の助けが欲しいんだ」

「……」


 無言のままうつむいている。まあ、いきなりこんな話をされても困るよな……俺はあせらずに返事を待ちつづけた。


 しばらくして彼女が顔をあげた。まっすぐな目で俺を見つめてくる。


「わかりました。ぜひ、同行させてください」

「……! ありがとう、本当に助かるよ!」


 やった、心強い味方ができたぞ!

 

「あ、すみません、自己紹介がまだでしたね。私はニンジャコーポレーション第53期、製造番号404030-1、登録名・アノヨロシです。総合スコアは……えっと……四捨五入して4000です……」



「!?!?」


 この世界、知らなきゃいけないことが山積みらしい。

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