第20話 生き延びて、もっと

『……なぜわたしがツバメだと思う?』

「ひとつ、ツバメは英語で『swallow』だから。もうひとつは報酬。あいてに100億を超える金額をわたせる人物なんてそうはいない」


『だがニューリアンはあらゆる権利をもたない……とうぜん、資産を持つこともできない。これはどう解釈するつもりかね?』


「『所有者の代理』という名目さえあれば、ニューリアンだってお金を持てる。昨日の話を聞いて信用したっていうのなら、あんたもニューリアンだと思うのが自然だろ?」


 アノヨロシとの生活で実証済みだ。『自由にして』という俺の命令で、彼女は『自由に』すごしている。水を飲みたければ飲むし、俺にちょっかいをかけたくなればかける。買い物だってできる。

 最初は遠慮がちだったけれど、今ではすっかり遠慮なし……いや、親しくなった。日常で人間とのちがいはないと言っていい。


「大きな金額を動かせるニューリアンとなると、一人しか思い浮かばなかった」

『フッ……推測にすぎんな』



「スワロウってツバメさんなんですか!?」

 俺の耳に、アノヨロシの大声と吐息が突きささった!

『ぎゃっ!』

「うおっ!」

 Vグラスにかみつけるほどの距離から叫べば、通話先もすさまじい音量だろう。悲鳴があがるのもうなずける。



『なによいまのは!?』

「はじめまして、私はアノヨロシといいます! ニンジャコーポレーションの最高傑作とお話ができるなんて光栄です!」

『あのね――』

「声をちいさくしてくれアノヨロシ!」

「ボイスチェンジャーを使ってるのはなぜでしょうか! あとデジタルサインください!」

『タイム! タイムを要求するわ!』



 緊張の糸がぷっつりときれてしまった。



***



「……で、やっぱりあんたはツバメなんだな?」

『ええそうよ。アノヨロシは元気な子ね……ハァ、完敗だわ』


 やはりスワロウの正体はツバメだった。なし崩し的に認めさせてしまったけれど、結果オーライ。ということにしておこう。アノヨロシの面倒はミナシノが見てくれている。

 ボイスチェンジャーをはずしたツバメは、クリアで芯の通った大人を連想させた。



「てっきり男だと思ってたよ」

『平和局じゃないニューリアンなら、女性型に決まってるでしょう? 男性型はぜんぶあっちにいくんだから』


(……初耳だ)


『もしかして知らなかった?』


 購入会で売られるのは女の子だったのか。ミナシノに集中していて、他のニューリアンはほとんどチェックしていなかった。


「あっ……そうだ! テロで他のニューリアンはどうなったのかわかるか? ニュースを見たけど情報がでてこない」

『シティは物損なんてわざわざ報道しないわ』


 物損って……そういう扱いなのかよ!

 口から出そうになったくやしさを、歯ぎしりにかえて耐える。言葉が見つからないまま視線を落とすと、視界のすみっこに赤い文字があらわれた。ホログラムじゃない……Vグラスの装着者にしか見えない表示だ。



『未確認情報:1体をのぞき全滅』


(ミナシノか……)



「……情報ありがとう。それで、依頼の件はいつまでにやればいい?」

『できるだけ早く。お互いのために』


 たしかに。平和局がいつ俺たちの居場所をつきとめるかわからない以上、したがっておいたほうがよさそうだ。なぜツバメにとっても早いほうがいいのかはわからないが……。


『座標について老人と会ったら、このアドレスに連絡して』

「その人と何を話せばいいんだ?」

『会えばわかるわ……たぶんね』



 通信がきれた。ついでにアノヨロシもミナシノの拘束から抜け出した。


「ああ……切れちゃいました……?」

 ようやくひとこと言えるな。

「ア~ノ~ヨ~ロ~シ~! さっきのは耳にかなりキたぞ~!」

「きゃ~ごめんなさ~い!」



 ちょっと怒ってるぞのポーズをとってみせてはいるけれど……スワロウの正体を暴いたさいごの一押しは彼女の勢いだった。このまま素の彼女でいてほしいと願う。


「ご主人、アタシはどっちの味方するべきかな?」

「ミナシノが選んでいいぞ!」


 ご主人……ご主人……ミナシノは俺をそう呼ぶことにしたのか。なんかこう、心に訴えてくるなにかがあるな。いまの俺はオーナーで、ご主人で、億単位の資産をもつ男。ずいぶんとえらくなったものだ。


「ミーナ、たすけて~!」

「……悩む、どっちにするか」



 俺は欲深いやつだと思う。『もっと充実したい』と思っているのだから。そして、彼女たちも満たされてほしい。


「まて~!」



 生き抜いてやる!



***



 2日後。俺たち三人は車にのりこんだ。

 撃たれた箇所はふさいだし、さらなる補強もくわえた。


「よし、出発だ!」




 地図にしめされた座標は、およそ200キロ先にある。車なら1日かからないが、バッドランズはなにが起きてもおかしくない。物資を1週間分つみこんだ。

 よりシティから離れた方向へ走るのは初めてだった。バッドランズといえば廃墟と砂というイメージだ。宇宙船からシティまでの道がそうだったから。しかしどうだろう、1時間ほどすると緑の豊かな草原がひろがっていた。空も、いつもより透明に感じられた。まるで自分が溶けてしまいそうだと思うほどに。



「すごい……きれいですね!」

 アノヨロシの言うとおり、絶景としか言いようがない光景だった。最後に自然をみたのがずっと昔のよう……コールドスリープしていたとはいえ、300年ぶりか。

 けれど、じっくり楽しんでばかりではいられない。ミナシノの言葉がそう教えてくれた。



「ご主人、注意して。なにげなく『道』を走ってるけど、道があるってことは……誰かが通ってる証拠だよ」

「……! そうだな」


 ハンドルを握る手に力をこめた。ここは見晴らしがいいかわりに見つかりやすい。バッドランズの人間にはいちど襲われている……油断は禁物だ。


「アノヨロシ、ミナシノ、周りに気をつけて――」

「……いる。10時の方向」



 ミナシノが、ライフルを手にとった。

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