第19話 セリザワ・セイジの落とし穴
翌日。午前8時ごろ、カフェスペースにて。
けっきょく寝不足になったうえに、寝返りすらうてなかったせいか、体がカチコチだ。よく乗り越えたと思うけど……ふぁ……眠い。アノヨロシとミナシノがテーブルについていた。
「セリザワ君、おはよう」
「おはようございます、オーナー」
ふたりのあいさつに応じて、ふと思った。
「いまセリザワ君って呼んだ?」
ミナシノが小首をかしげる。
「だめだった?」
「だめじゃないけど……せっかくだから名前で呼んでくれても、いいよ?」
昨日はじめて会ったばかりなのになれなれしいかな? 好感度はけっこう高いと思うんだけど……。
「……セリザワ・セイジだから、名前はセリザワじゃないの?」
苗字がセリザワで名前がセイジだと教えると、アノヨロシも知らなかったと驚いた。同じくセイジが苗字だと思ってたらしい。俺のことを『オーナー』と呼ぶから気づかなかったと。
ふりかえると、会場でも『ミスター・セイジ』だったし、スワロウからもそう呼ばれた。市長の名前もジョージ・カーシュナー。
つまり――。
「ネオ東京シティは『名・性』なのか!」
自己紹介で『芹沢星司』と名乗り、ウォレットを『セリザワ・セイジ』で登録した。それが俺にとってのあたりまえだったから。思わぬところで常識のちがいが出てくるものだな……と思った。
いまさら口座名義を変えるわけにもいかないし、ひとまずふたりが正しい名前を知ってくれればそれでいい。さらにひとつの策が浮かびあがってきた。
俺をめざめさせた連中は、『芹沢星司=性・名』とわかっている。いっぽうネオ東京シティの人間は『セリザワ・セイジ=名・性』と認識している。
(やつらを見分ける方法につかえるな……)
今後の会話では気をつけてみよう。
***
名前の誤解をといたあとは、朝食タイムだ。ミナシノにとって、はじめての宇宙船での食事になる。
「口にあうかな?」
「牛肉、じゃがいも、にんじん、でんぷん……とうもろこしかな。グリーンピースとトマトの――」
なんだかすごいことを言いはじめた。
もしかしてと思い、シチューの缶詰めに書かれた原材料を読んでみる……ピッタリ一致していた。
「――あとはタマネギとパプリカで最後かな。それらを煮こんだ味がする」
「お、おみごと……!」
味の感想はよくわからないが、あっというまに完食してしまったミナシノ。気に入ってくれたということで、うん。良かった。
「缶詰めって本当においしいものばかりでね、私たちが食べてた配給食はなんだったんだろって……」
「小麦粉をメインに砂糖、食塩、ショートニングをくわえイースト菌で発酵させて焼いたやつだね」
こうしてレストランスペースでのだんらんを楽しんだ。アノヨロシは昨夜からまだまだ話したりないようで、ミナシノにあれやこれやと話し続けている。俺は聞き役に徹しつつ、Vグラスをときどき確認していた。スワロウからの連絡がいつきてもいいように。
***
アノヨロシのマシンガントークが終わらない。時間がもったいないのでVグラスを装着。昨日の会場でなにがあったのかニュースを――。
ネットに接続した瞬間、おおきな文字がつぎつぎと流れてきた。
『ニューリアン選択購入会でテロ』
『出席者とスタッフの市民ら全員死亡。毒ガス使用か』
『犯行グループ、一部なおも逃走中』
『シティに戦慄。反ニューリアン派か』
『平和局が緊急事態宣言を発令。シティ閉鎖』
(……毒ガス!?)
血の気がひいた。シティはじまって以来の重大事件らしい。ニューリアンに反対する人々の不満は、俺も見てきた。それがついに爆発したってことか? 事前に防げなかったのか?
あのとき、もし早めに退席しなかったら……俺たちも犠牲になっていただろう。脱出後も追われた……敵の殺意はあきらかだ。
スワロウの情報がたしかなら、俺たちも『逃走中』の容疑者ということになる。Vグラスには位置情報の機能がない。居場所をすぐに知られることはなさそうだが……。
『着信』の文字があらわれた。相手はもちろん――スワロウだ。
『おはようミスター・セイジ』
「待ってたよ、スワロウ」
アノヨロシとミナシノがこちらを見る。さっきまでとはちがって真剣な顔だ、さすが気持ちのきりかえが早い。ふたりに聞いてもらうため、スピーカーモードにきりかえた。
『ニュースを見たかな? 昨日の事件がどれほどか、わかってもらえただろうか』
「ちょうど見終わったところだよ。正直に言って生きた心地がしない」
『平和局は血眼になって犯人を追っている。市民の批判もつよい……捕まれば死刑は確実だ』
だろうな、と思った。あの平和局が生かしておくとは思えない。
『ところで、ひとつ謝罪させてほしい……実は昨夜、君たちの話を聞かせてもらっていた。通話をきっても、こちらで接続していたんだ』
「なんだって!?」
『もうしわけない。そのかわり、君が信頼できる人間だと確信できた。命を預けるにふさわしい男だと』
「勝手に預けられてもこまる。俺になにをさせるつもりなんだ?」
Vグラスからホログラムが出現する。ネオ東京シティの外、バッドランズのすみっこに赤い点滅がある。
『この座標にひとりの老人がいる。彼に会ってもらいたい。報酬は……100億を超える資産と、君たちの潔白の保証だ』
「あんたは平和局じゃないと言ってたはずだ。どうやって俺たちを無実にする?」
スワロウはフッと笑いながら答えた。
『かんたんに言えば人脈だよ』
どうする? 受けるべきか?
報酬は魅力的だ。資産のほうはどうでもいい。疑いが晴れる……この一点が巨大なメリットだ。気になるのは、連絡してきたタイミングが完璧すぎること。アノヨロシのことも知っているようだし、底知れないおそろしさを感じるのも確かだった。
だけど……平和局への対処法がないのも事実だった。リスクをさけて進んだところで、行き止まりだったら意味がない。もうひとつ、いまの会話で思い当たることがある。
覚悟を決めよう。アノヨロシとミナシノにむかって頷いてみせた。
「わかった……やろう。『ツバメさん』」
俺はカマをかけた。予想がただしければ――スワロウの正体はツバメ。史上最高の落札額を記録した、ニューリアンだ。
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