第41話 決着・宇宙・生きる
「最後の警告だ……武器を捨てろ」
ピーターの声が重くひびく。アノヨロシはくちびるを噛みながら、ゆっくりと銃を床に落とした。カシャンという無機質な音。
「はは、はははは……」
俺は笑うしかなかった。終わりなんだ。
「君たちはよくやったよ。特にセイジ君、シティの人間がみな君のような者であったなら……わたしも少しは違う考えを持っていたかもしれないな」
「はは、きっとそう来ると思ってたよ」
「……何の話だ?」
「アサルトライフルは両手であつかう。懐にもぐりこんだ敵をガッチリと捕まえるなら、長い銃身で体をおさえこむよな……あんたの動きは正しいよ。ゲームでやった通りだ」
拳銃だったら、たとえば片腕を極めることが可能だ。だがライフルではそれができない。今、『俺は両手が動かせる』んだ。
右手で銃身をつかむ。思いきり力をこめて!
「くらえ、コラプション!」
アサルトライフルがたちまちザラザラした手ざわりになり、爪が食いこむほどにもろくなった。俺を押さえつける力に耐えきれずボキッと折れた。
「バカな……!!」
上半身を『くの字』にして、そのまま床に倒れこんだ。
「いまだ!!」
パン!
銃声が響き、部屋に静寂がおとずれた……アノヨロシは銃をすばやく拾い、すばやく撃ってくれたのだ。
「やったのか……?」
体を起こして振りかえると、ピーターの脇腹と胸から血がにじんでいるのが見てとれた。ライフルの残骸をにぎったまま、ずるずると座りこんでいく。
「今の力は……なんだ……わたしは、知らない、ぞ……グホッ!」
口から血を吐き、それっきり動かなくなった……どうやら死んだようだ。
「銃声は一発だと思ったんだけどな……ミナシノか?」
強烈な蹴りをくらってうずくまっていたミナシノが、そのままの姿勢で照準をさだめていた。
「……うん。アタシも撃った。同時に」
「気絶したふりだなんて、俺も想像してなかったよ」
「んー、してたよ、本当に。気がついたら、『いまだ!!』って聞こえたから」
「はは、そっか。アノヨロシ、ミナシノ……ありがとう」
難敵は倒した。だがまだ終わっていない。俺たちはタワーの打ち上げを止めるために、ここまで来た。ピーターの死体を乗り越えて部屋の奥に進む。ジョージとなのる人工知能が宿るサーバーの前に立った。
『ピーターがやられてしまったか。コングラチュレーション、芹沢星司。君の目的を果たせるな』
「……アノヨロシ、たのむ」
「はい!」
すばやい手さばきでコンソール画面に入力していくアノヨロシ。やがて、床から台座がせりあがってきた。これが『デーモン・コア』……光をまったく反射しない、奇妙な黒さの球体だ。大きさはバスケットボールくらいか。
シティの全電力をどうやって作りだしているのやら、俺には見当がつかない。
「大成功! う、う~~ん重い……ミーナ、手伝って……!」
「わかった……っ! これはなかなか……」
二人がかりだなんて、何キロあるんだろう……とにかく、コアを取り外すことに成功した。
『……タワーの打ち上げは、もうかなわない。わたしもすぐに停止するだろう……プランBを発動する』
「ウソだろ、まだなにかあるのか!?」
『心配はいらない。チャージ済のエネルギーを使って、大気圏外へと小型ロケットを発射するだけだ』
「ジョージ、なぜそこまで宇宙にこだわるんだ?」
人工知能がやること。なにか理由があるはずだ。今回の事件について人々に伝えるためにも知っておきたい。
『80年前、未確認飛行生物がやってきた。わたしはそれを美しいと思った……平和局によって殺されてしまったが』
「天使のことだ……」
『君の呼びかたは興味深い。その天使は……生物的には女性だったんだ。彼女の翼の一部が、ロケットに格納されている』
ジョージは懐かしむように語った。
『わたしは彼女がやってきた宇宙に行きたい。そう願った……だが、それはできない。ならばせめて彼女だけでも返してやりたい。どうか行かせてやってほしい。決してシティに害をもたらす行動ではないと約束する』
たった今シティを滅ぼそうとした相手を信じるべきか?
俺は……信じたいと思った。
「わかった」
アノヨロシとミナシノのほうを見た。彼女たちもうなずく。
『ありがとう』
天井からかすかな爆発らしき音が聞こえた。
『発射完了……』
部屋全体をおおっていた機械のランプが、末端からすこしずつ消えていることに気づいた。動力を失いかけてるようだ。残ったエネルギーはすべてロケットに託したのか……。
『芹沢星司。わたしが停止するまえに、もうひとつ頼みたいことがある』
「なんだ?」
『最後に君がみせた力のことだ。わたしが見た限り、それは宇宙空間をつくりだすもののようだ』
コラプションのことか?
宇宙? つくる?
「言ってることがよくわからない。『人工物を劣化させる力』なんだけど?」
『……2261年2月22日のことだ。大気圏外とのあらゆる通信が途絶えた。ほかの惑星だけではなく、中継ステーション、航行中の船、すべてと連絡がとれなくなった。到着予定の宇宙船は、ひとつも来なくなったんだ。ひとつもね』
おつうが乗っていた輸送船の記録と同じことを言っている。この星にとっても『連絡途絶』だったのか。
『わたしは宇宙空間になんらかの変化があったと推測している。あらゆるものが朽ち果てるほどの過酷な環境になったと』
「いや、自分で実験をしたところ、地面や石には効果がなかった。劣化させられるのは金属や木の板だけだ。それと……人間とか虫にも効かなかったよ」
ジョージは数秒のあいだ考えこむように黙っていた。ランプの消灯がじょじょに中心へ近づいていく。
『……岩石は人工物とくらべ、寿命がはるかに長い。効果が出なかった可能性がある。生物についてはわからないままだが、まあ置いておこう。時間がない』
「頼みっていうのは?」
『わたしにその力を使ってくれ』
「……俺にとどめをさしてほしいって意味か?」
『かすかでもいい、宇宙を体験したいだけさ』
「そんなことしたら死んじゃうだろ!」
『わたしは考えるだけの機械だ。生きていると言えるのだろうか』
哲学みたいな話だ……あまり深く考えたことがない。返答に困る。
『生きているなら、効かない。ゆえに君が殺したことにはならない。生きていないなら、そもそも死の概念がない。ゆえに、やはり君が殺したことにはならない。違うかな?』
「わからない。難しく考えたことがなかったから。でも……俺は生きてるように見えるよ」
『……そうか。あとは君の右手にゆだねるとしよう』
「やるって前提なんだな」
『君ならやってくれると信じている』
そういうところが『生きてる』っぽいんだよ。
心のなかで毒づきながら、俺は右手をサーバーにあてた。
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