第12話 スター・セージ社、設立
あれから数日後、俺たちは電子書籍をだすための準備をすすめた。法律をしらべ、必要なものを用意し、手続きをとった。
そして、ついにこの日がやってきた! 平和局から、申請が通ったとメールがおくられてきたのだ!
「『スター・セージ社』の設立だ!」
「やったー!」
アノヨロシとハイタッチしてよろこびを分かち合う。
俺は起業した。ニューリアンは法的に『モノ』なので、表むきには一人会社ということになる。
社名の由来。ほんとうは自分の名前をいれたかったけれど……この時代で目覚めたとき、検査といって名前や生年月日をきかれた。俺を知っている謎の組織があると考えれば、リスクは避けるべきだと思った。
なので、『芹沢星司』から星……つまり『スター』。ちょっともじった『セージ』。ふたつあわせて『スター・セージ』だ。
直訳で『星の賢者』。意識したわけじゃないけど、やけにかっこいい名前になっちゃったかも。
「マンガのダウンロードよし! アノヨロシ、どう?」
「Vグラスの充電、ばっちりです!」
ホログラムモードを起動するアノヨロシ。机のうえにウィンドウが2つ出現した。
「よーし、さっそく翻訳作業にはいるぞ!」
やりかたはこうだ。
俺がセリフを読みあげ、アノヨロシが書きかえる。シンプルだが、彼女のスピードがあってこそできる離れ技だった。そして『量』がすごい。20億円をかせぐため、150巻を超える大長編マンガを訳す!
じつを言うと、苦労といっしょに役得があった。この作品、俺の時代で連載中だった作品なのだ。つまり、最終回まで一気読みができる。さすが300年後!
100巻を超える前から『いつ最終回になるのか』なんてよく話題になってたけど……ちゃんと完結しててよかったな。
息をおおきく吸って、記念すべき1ページ目をひらいた。
「……いくぞ。『命とは――』」
***
「うぅ……グスッ……くっ、ちゃんと言わなきゃ……『いるのか……? お前、この下に……?』」
「えーっと、『いるのか』からセリフってことで合ってますか、オーナー?」
「なんど見ても泣ける! 名シーンだ! うおぉぉん!!」
「聞いてない……」
***
「この料理おいしそう……私も食べてみたいなぁ」
「マンガ肉か……子供のころ夢みたものだよ、うんうん」
***
「ちょっと飲み物タイムにしていい……?」
「喉にやさしいお茶、そこにありますよー」
***
「二人って、いつも一緒にいますよね。ひょっとしてカップルなんじゃないでしょうか?」
「いいところに気づいたね。でも口にしたら最後、戦がおきるぞ……」
「??」
***
「まさか黒幕がアイツだったなんて! やられた! 作者はやっぱり天才だ!」
「ふっふっふ。私は87巻で見抜きましたよー」
***
そんなこんなで、無事に全巻を翻訳できた!
『アノヨロシ、ほんとうにお疲れさま。1週間で終わったのは君のおかげだよ。ありがとう』と、画面にうちこんでお礼をした。喉がはれてしまい、声を出すのが難しくなったからだ。
「オーナーこそ、ちゃんと喉を休めてください。アップロードと販売開始はやっておきますから」
『おねがい』
寝室にもどってベッドにねころんだ。天井をながめながら、ぼんやり考える。書籍は売れるだろうか?
きっとだいじょうぶ。あれは歴史にのこる名作だ、俺が保証する。
シティで売れているマンガは1巻3000円だった。
俺たちのは翻訳しただけだから、ちょっと安めの2000円にした。売れれば手数料などを差し引いて1000円が手にはいる。
読者をひきこむため、全164巻のうち4巻は無料公開。販売はのこりの160巻ぶんだ。
もしひとりが全巻を買ってくれれば16万円。10000人なら16億円の大金になる。シティの人口は2000万人らしいから、うまくいけば……。
「むふ……う、ゲホゲホッ」
ちょっと笑いがこみあげただけで喉がいたむ。こりゃしばらくツラいな……。
メモリーウォレットの状態をチェックする。ホログラム機能、問題なし。どうか残高がふえていますように! ウォレットを机のうえに置き、ちょこっと飾りつけをした。神頼みというか、ゲン担ぎ?
(それじゃ、おやすみなさい……)
俺はハーブティーをひとくち飲むと、ベッドのなかにもぐりこんだ。
***
どのくらい寝ていただろう。全身の不快感によって目がさめた。
「……ごっ! ~~!」
のどが腫れあがり、呼吸がくるしい。熱もでてる気がする。目をあけただけで、眼球の奥がジンジンと脈打つようにしみた。
これはまずい……。
すぐに目を閉じ、息を小さくするようにつとめた。口もとを布団でおおって保湿する。すこしでも早く回復しなくちゃ。
ピトッ。
(ん?)
おでこに冷たいものが触れた。ああ……手だ、アノヨロシだ。書籍のほうはとっくに終わってるんだろうな。たくさん売れて、ミナシノを買えたらいいな……。
「オーナー……お大事にしてください。飲みもの、おいておきますね」
うなずいて返事をする。パタンとドアのしまる音をさいごに、静寂が訪れた。
(もういちど寝るか……)
***
「おかげさまで、すっかりよくなったよ!」
けっきょく体調をもどすのに、数日かかってしまった。きょうは11月1日、ニューリアン選択購入会まであと1か月だ。
「ほんとうによかった……」
アノヨロシはずっと俺を看病してくれていた。感謝してもしきれない。お礼になにかしてあげたいな……。
「では元気になったところでさっそくですが、マンガの売り上げはどんな感じです?」
「あ……」
メモリーウォレットはいまだに飾りつけられたままだ。あれから1度もさわっていない。回復に専念するためでもあるが、もし反応がなかったら……という恐怖があったからだ。
自分の考えた事業がうまくいったのか、審判がくだるときがきた。
「心の準備はいい?」
ウォレットを手にとり、アノヨロシに――そして自身に問いかけた。
「いくぞ……!」
スイッチを押すと、現在の残高をしめすホログラムがあらわれた。
『6,385,976,198NJY』
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