第37話 タワー、宇宙へ……
市長とサムライグループの秘密を聞きおえた俺たちは、イベントの配信開始を待っていた。
「アノヨロシ、ミナシノ、おつう。映すぞ?」
いままでの積み重ねがなければ信じることはできなかっただろう。サムライグループ傘下のすべてが『無人会社』だなんて。これから始まるイベントも、ぜんぶ人工知能が作りだしたものなんだ。
ああ、俺はなんてやつらと契約してしまったんだろう。ツバメが今まで事実をふせていたのは彼女なりの配慮だ。でも、もしあのとき知っていたら……。
「拒否して終わり……か、何も起きないし、変わらない」
「何の話ですか?」
「いや、ひとりごとだよ、気にしないで」
「よけいに気になるね。そういわれると」
みんなの好奇心をかわしている間に、18時になったようだ。『壁』のゲートを照らしていたスポットライトが消え、あたりはまっくらになった。いよいよ始まるらしい。スピーカーから声がひびく。男の声だった。
『こんばんは! ジョージ・カーシュナー市長です。このすばらしい日にお集まりくださり、まことにありがとうございます』
拍手喝采が巻き起こる。でも、声の主は機械によってつくられた偶像にすぎない。
『現代によみがえったあの名作が、ついに実写ドラマになりました! 市民の皆様も、バッドランズの者たちも、等しくお楽しみいただける最高傑作です!』
ライトがつき、派手な音楽が鳴りひびいた。極彩色のライトが狂喜乱舞する人々を照らす。やがて一部のライトが収束し、出演者の姿を形づくった。主題歌とおもわれるハイテンポな歌と、激しいダンスによるパフォーマンスがはじまった。
『ショータイム! ただいまよりしばらくの間、ゲートを開放します。身分を忘れて、存分に交流してください……もうひとつ。イベントの最後に、サプライズな告知がありますので、お楽しみに』
「うわあ……みんなもみくちゃになってるよ」
「サプライズってなんでしょうか? スピンオフも実写化します……とか?」
「いや、契約書にそんなの載ってないよ?」
事情があるだけに、この熱狂の渦に流される気はおきなかった。だけど、サプライズが気にかかる……最後まで見よう。
それから1時間、ショーはずっと続いていた。出演者たちはずっとパフォーマンスを続けているのに、まったく汗をかいていなかった。当たり前だよな、CGなんだから。ほら、また髪の毛が襟を貫通した。仕事が荒いよなあ。
CGにツッコミを入れるのが、俺にできるヒマつぶしだった。
ライトがフッと消え、市長の巨大な顔が空中に映しだされた。いよいよか。
『皆様、ご静粛に願います。これより、重大発表を告知します。なお今からの映像は、すべての情報端末に表示されます。消す手段はありません、ご了承ください』
「きゃっ!?」
アノヨロシがポケットにいれていたVグラスが、突然ホログラムを投影した!
「ずいぶん乱暴だね……強制的に見ろだなんて」
めずらしくミナシノが怒っている。
たしかに、興味のない人たちにも見ろというのは強引だ。どんな重大発表だというのか。とっさに思いついたのは――。
「まさか戦争……?」
だが、発表は予想のはるか上をいくものだった。
『2263年に、ネオ東京シティが独立して71年がたとうとしています。以来、シティの上空を飛ぶものはなにもありませんでした……なにも。ですが先日、ご覧になったでしょうか。夜空にかがやく火球のごとき光を』
「わたしが乗ってた輸送船のことですね……」
『もし運命というものがあるならば、これはきっとお告げに違いありません。すぐに計画を最終段階へとすすめました。そして、今ここに実行することをお知らせします。皆さま、タワーにご注目ください』
カメラがタワーを見あげると、いつものイルミネーションが、まばゆい青色に染まった。脈打つように点滅している……!
『あれが計画の最終段階です。今夜0時、シティの象徴であるタワーが……宇宙へと飛び立ちます』
理解に時間がかかった。タワーを宇宙へ? 山のような建物なんだぞ? そんなことが可能なのか?
『現在、エネルギーの充填中です。0時ちょうどに大地を離れ、皆様とお別れとなるでしょう。今回のドラマは今までの感謝の印であり、手向けでもある……とお考えください』
観衆がどよめいている。当然だろう……冷めた気持ちで見ていた俺でさえ、わけがわからない発表だ。
『なお、ドラマは全1118話あります。毎日1話ずつ配信されま――』
一瞬、ホログラムにノイズが走った。おさまったとき、それは黒髪の女性の姿になっていた。
『聞いてください! わたしはギネス博士の秘書をつとめていた者です。今、回線をハッキングしてみなさんにお送りしています。ただちにタワーを止めてください!』
「ツバメさん!?」
「ツバメ……!」
『みなさん、この星のエネルギー資源はすべてタワーから供給されています。それが去ってしまったら……! いいですか、市長の計画はあなたがた人類を――』
ツバメは懸命にうったえていた。俺も電力のことは初耳だ。けれど彼女がハッキングしてまで声をはりあげているんだ、真実なんだろう。観衆も信じてくれたら――。
「ご主人……ダメだ……」
「オーナー……」
「……くそっ、くそぉぉぉぉぉぉ!」
人々の返答はブーイングだった。
わけわかんねーよ!
お前ニューリアンだろ!
よけいなお世話だ!
そっちこそここから出ていけ!
帰れ!
帰れ!
帰れ!
帰れ!
『おねがいです! みなさん、信じてください! わたしはニンジャコーポレーションにいます! 対処を要請します! どうかご協力をお願いしま――アアアアァァァァ!!』
「ツバメ! どうした、ツバメ!」
甲高い不快な音がひびいた。ホログラムが乱れ、無作為な光の束になってしまった。
『こちら平和局。平和条令第103条にのっとり情報犯を制圧した。全人類に告ぐ。平和局は市長を全面的に支持するものである。タワーの打ち上げは遂行されなければならない。くり返す。こちら平和局――』
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