第25話 サムライエンターテイメント社

 数日のあいだ、俺はVグラスと格闘していた。


「きた……!」


 メールボックスの新着メール。送り主は『サムライエンターテイメント』という会社だ。すべては『御社のマンガをドラマ化したい』という連絡からはじまった。いまの俺はスター・セージ社のトップといえど、ちょっと前までは普通の高校生。ビジネスのノウハウにとぼしい。

 みんなのサポートを受けてもなお、プレッシャーと頭脳労働でクラクラしてくる。俺は7杯目のハーブティーを飲み干し、意を決して返信した。


 ついに、正式な契約をむすぶことになったのだ! 祝・ドラマ化決定!



 契約といえばハンコかサインをするイメージだ。2333年ともなればデジタルサインでサッと済ませられる。そう思っていた。

 けれど、シティでは大型契約をむすぶなら『アグリーメントルーム』で行う法律があるらしい。市長と平和局が立ち会って、契約書を承認・記録するのだと。にわかには信じられなかったが、ツバメに確認したところ本当だという。

 彼女はコネを通して、テロ事件の容疑をはらしてくれていた。シティへの出入りは問題ない。



「よし……あとはサインするだけだ!」

「オーナー、おめでとうございまーす!」

「ちょっと早いかもだけど……よかったね、ご主人」


「ありがとう。まあ実際はマンガを翻訳したってだけなんだけどね。翻訳スピードはアノヨロシのおかげだったし」

「これの売り上げでご主人がアタシを買えた。アーノには感謝してる」

 えっへん、と胸をはるアノヨロシ。


「このままどんどん売っていきましょうね!」

「……いや、それはむずかしいと思う」


 不思議そうな顔をするふたりに説明する。


 エンターテイメントの質が落ちていたこの時代。『旧日本語』と『新日本語』を知っているのは俺だけが、かつての名作を復刻できた。しかし、新旧の日本語はあくまで文字が置きかわっているだけだ。多国語みたいに文法や文字数の違いはない。『あいうえお』は『あいうえお』であり、『こんにちは』は『こんにちは』なのだ。

 すでに200巻をこえる電子書籍を販売した。これはいわば翻訳データだ。事実、アノヨロシは旧日本語をほとんど読めるようになった。ニューリアンの頭脳をもってすればすぐに習得できるということだ。もう俺だけの知識じゃない。


 売れるとわかれば他の会社も手をつけるのがあたりまえ。大企業が多くのニューリアンを動員して同じ商売をすれば……あっという間にシェアを奪われてしまうだろう。

 だから実写化のオファーを受けた。新しい事業をみつけるきっかけになればいい。


「なるほど……ご主人もいろいろ考えてるんだ」

「手さぐりだけどね。ふたりも思いついたことがあったら教えて」


「はい!」

「アノヨロシ、どうぞ」

「私はですね、自分の書いた小説を映像化したいです!」

「お……!」


 目から鱗がおちる思いだった。ついこのあいだ『作家になりたい』と聞かされたとき、どうして思いつかなかったんだ俺。たしかにオリジナルコンテンツを持っていれば強みになるぞ。

 アノヨロシの創作技術をみがくため、努力を惜しむつもりはない。アーカイブにはいい手本がたくさんあるし、ピックアップしてみるか。

 


「はい」

「ミナシノも? どうぞ」

「主演やりたい。アーノが原作の作品で」


 なんとミナシノから出演志望がとびだした。赤髪とセクシーボディ……男性ファンがたくさんつきそうだ。役得としてファン第一号は俺に……むふ。

 いやまてよ。営業のためにあんなことやこんなことをさせられる危険がある。もしラブラブなシーンがある作品だったら共演者と……あんなことやこんなことが!?


「くっ……でも、ミナシノがはじめて自分からやりたいことを言ったんだ。応援しないわけには……くぅぅぅぅ!」

「……どうしたの、ご主人?」

「なんでもない……そのときはがんばってくれ……!」

「えっ。ご主人もがんばるでしょ」

「ん?」

「ご主人がパートナー役じゃないと出ないし、アタシ」

「そ、そっか……」


 気持ちはありがたいけど、なかなか難しい女優さんだ。俺も演技の練習をしなきゃいけないかもな……。



 日が暮れるまで和気あいあいと三人で夢をかたりあった。はしゃいで、笑って、楽しい時間。スター・セージ社の雰囲気は良好だった。



***



 契約をする約束の12月24日がやってきた。クリスマスの時期に重要な予定があるとは、なんて忙しいんだろう。なんて、いつも出勤時間ゼロだし普段が楽すぎるか。いつもの車に乗ってシティへ向かう。



『サムライエンターテイメント。ニンジャコーポレーションにならぶ二大巨頭『サムライグループ』の系列会社よ。ジョージ・カーシュナー市長もこのグループの出身ね」


 事前にツバメから情報をもらっていた。ニンジャコーポレーションの名誉会長に仕えたニューリアンだけあって詳しい。


『ま、わたしにとってはライバル会社だけど、悪質な契約といった話はまったくきかないわ。機械的すぎるくらいに淡々とやる感じね。その点に関してはミスターも安心していいわ』

「わかった……おっと、いまゲートについた。また連絡する」



 平和局の職員たちがちかづいてくる。黒い制服とゴーグルは相変わらずの威圧感だ……額の汗をぬぐう。もうテロ事件の容疑は晴れた……堂々としろ、セイジ。


「シティに来た目的は?」

「アグリーメントルームで契約をむすぶためです」


 Vグラスのホログラムを起動し、証明書を表示する。職員はややおどろいた様子で顔をみあわせた。


「失礼しました。お話はうかがっております、ミスター・セイジ」



 軽い敬礼に見送られながらゲートをくぐった。

(検査もせずに通すなんて……)

 拍子抜けするほどにぬるい対応に、サムライグループの力を垣間見た気がした。

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