第17話 スワロウ・テイル

『はじめまして、ミスター・セイジ』


 俺は着信に応答しなかった。にもかかわらず通話が勝手にはじまり、ノイズのかかった音声が車内にひびいた。


『すまないが君のVグラスにおじゃまさせてもらった。どうやら緊急事態が起きたようだからね』

「……お前はだれだ?」


『そうだな、スワロウとでも呼んでくれ。君のことは以前からマークさせてもらっていた。ワーキングボックスで桁違いな処理速度を出しながら、ウォレットの新規発行をしたスーパールーキー……じつに興味をひく存在だ』



 実際にあそこで作業したのはアノヨロシだ。確かに、並外れた稼ぎを叩きだしたが……まさか追跡してくる人間がいたとは。


『ニューリアンがいるんだろう? ひょっとすると、アノヨロシという名前かもしれないな』

「……なぜそう思う?」



 スワロウは質問が聞こえなかったかのように話をつづけた。


『ニューリアン選択購入会は、武装グループの襲撃をうけた。平和局は、現場から逃走した車両をさがしている……つまり君は容疑者だ』

「なんだって!?」


 俺が容疑者? 冗談じゃない!

 ワーキングボックスで稼いだあとの記憶がよみがえる。暴れる男たちを即射殺した平和局……。


 シティの上空を飛ぶドローン群が、すべてこっちを見ているようにさえ思えてきた……!


「……なぜ接触してきた? あんたは平和局なのか?」

『ちがう。わけあって正体は明かせないが、信頼できる人間をさがしている。その候補として、君に目をつけた……といったところかな』


「俺に死なれては困ると?」

『そのとおり。Vグラスをかけてくれ。逃走ルートを指示しよう』



 バックミラーから後部座席を見る。気づいたアノヨロシとミナシノがうなずいたので、俺も同じように返した。


「……わかった、信じる」

『うれしいよミスター・セイジ』



***



 俺たちの車は、巨大な地下トンネルのなかを走っていた。列車でもこんなにスペースをとる必要はないと思うが、いったい何がとおるものなんだろう?


 ヘッドライトの明かりすら飲みこんでしまいそうな、漆黒の闇。前方になにがあるかわからない。ゆっくりとしたスピードで進む。

 後ろのアノヨロシとミナシノはサイドを見張り、なにかあれば、すぐに対応できるだろう。


「地下にこんなトンネルが通ってるなんて……教育プログラムにはありませんでした」




「……スワロウ、Vグラスの電波がギリギリだ。もうすこし進んだら、通話が切れるかもしれない」

『わかった、ではそろそろ失礼しよう。直進すればバッドランズに出られる。君も疲れただろう? また後日に連絡する』


 通話終了。

 Vグラスをはずし、座席にもたれかかり、手の汗を拭いた。

「ふぅ……」


「なんとか生きのびられそうだな。スワロウは何者だとおもう?」

「キミに心当たりがないなら、アタシにはわからないな……」

「信じるしかありませんでしたね……」


「しかし平和局はなにやってたんだよ。俺たちを追うより、そもそも事件が起きないようにすべきじゃないのか」


 ハンドルをかるくたたく。

 アノヨロシは不安げにうなずき、ミナシノはずっと外を見ていた……。



***



 トンネルをすすむと、円形の巨大なゲートらしきものに突きあたった。これもまた大きい……直径10メートルはかたいぞ。


「……開くの、これ?」

「オーナー、左側をみてください! 車両用のゲートがあるみたいですよ!」

「おおっナイスだアノヨロシ」


 全体的にサビがひどいものの、力をあわせて開けることができた。




 スワロウの言うとおり、トンネルを抜けたさきはバッドランズだった。ただの荒野とはちがう、真っ平なコンクリートがひろがる場所。


「これは……道路? でも、広すぎるような……」

「空港だよ」


 口をひらいたのはミナシノだった。


「ネオ東京シティの宇宙港……廃港になっておよそ50年。そう教わった」

「でもトンネルのことは教育プログラムになかった?」

「うん。地下の路線図まで刷りこまれるわけじゃないから……場所だけ記憶にさせたんだと思う」


「……ちょっと待って、『刷りこまれる』ってどういう意味? まさかプログラムって……こう、データを脳にインプットする感じ?」

「そうだよ」




『もともとはニューリアン用の学習装置だ。人間に使ってこの結果なら、うまくいったほうだろう』

 施設で聞いた話を思いだす。俺が変わりはてた日本語を読める理由が、なんとなくわかった気がする。




 振りかえるとタワーがはるか向こうにうっすらと見えた。ここから俺たちの宇宙船へ向かう目印になりそうだ。Vグラスを起動して地図のホログラムを出す。

「アノヨロシ、今どのあたりにいるかわかる?」

「えっと……」



***



 俺たちは無事にもどることができた。到着するころには夜になっていた……とても長い一日だったと思う。宇宙船のなかに入ったとたん、どっと疲れが押しよせてきた。



「オーナー、ミーナを案内してもいいですか?」

「もちろん」


 アノヨロシがミナシノの手をひいて、パタパタと去っていった。




 俺はボトル水をもって、テラスへ足をはこんだ。角度のひろいイスに寝そべり、夜空を見あげる。



「はぁ……」


 気分が重い。

 おもわずため息が出てしまう。ミナシノの銃声が、爆発の音が、耳のなかによみがえってくる。追跡者たちはきっと死んだ。死んでなくても重傷にちがいない……彼らを平和局が見つけたらどうする……?



 撃ったのは俺たちのためで、自衛だった。向こうが先に撃ってきたのだから、正当防衛のはずだ。特にこの時代は人の命が軽い。

 それでも罪悪感をおぼえずにはいられなかった。俺の時代が平和だったのか、俺が考えすぎなのか……わからない。



 なにかを振り落とすように、水をゴクゴクと飲みほす。


「俺が大人だったら、お酒でも飲むところなんだけどな……はは……」




 ぼーっと過ごしていたところ、ふと視線を感じて体を起こした。


「ミナシノ……あれ、ひとり?」

「うん。ちょっと話があって……隣、いいかな?」

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