僕は指導者にはなりません 後編


「ちょっとリベルラ様!」


 ロザリンドさんが肩をぐいと掴んで引っ張り、僕の顔を正面に向けさせる。


「何を、おっしゃてるのですか! ガメーガンを倒してくるなどとーーーーーーーー!」


 ギルド長みたいに怒ってきた。

  

「だって、ほっとけないよ。いっぱい死ぬよこれじゃ……。僕ならあのデカいのを倒せるのなら、行かないと……」


 ロザリンドさんは眉がハの字になって、頭を傾ける。僕の言葉の意味を推測しかねていた。


 この話……こんな時になんだけど……ちゃんと言わないと……ここで言おう。


「ロザリンドさん、僕は魔族の指導者になるつもりはありません」

「……、……何を、おっしゃってるのですか?」


 ロザリンドさんは、キョトンとした顔で僕を見てきていた。


 しっかりその両目を見つめながら、


「ただ偶然に、ホントに偶然にあなたの元に来てしまっただけなんです、魔族の指導者になるつもりなんてありません」


 早口で言った。そしたら、


「ほほほほ、ほほほほほほ」


 ロザリンドさんは呆れたように笑って、


「偶然でこんな所に来られるなんて、あるわけございません。ほほほ。リベルラ様は予言で示された、我らの指導者なのでございます」


 強い語気で、断言してくる。


 少し重い息を吐いて、


「……その予言っていうのは、何なんですか?」


 とりあえず尋ねた。


「お父様が出陣なさる時に残していった、お付きの予言者の予言でございます」

「そんな予言なんて……」


 予言なんて、と吐き捨てるように言う僕を、ロザリンドさんは眉を吊り上げ、腰に手を当て、睨みつけてくる。


「的中率8割の予言者でございますよ!」

「8割……」

「お父様はその予言に賭け、予言通り、妾をここで眠らしたのでございます。そしたらば、いつの日か魔族を救う者が妾をキスで起こす、と。そして――」

「――外れました」

「はい?」

「予言、外れました」

「何……言っているのですか? 【覇王の紋章】を持った者がこうして、ちゃんと現れたのでございますよ?」

「僕は、人間相手に戦うなんて、できません……だって殺せという事ですよね」

「そうしないと、世界は我らのものになどならないではありませんか。人間族は全滅にいたしましょう! 我らにそうしたように!」

「できません」


 力強く、首を横に振る。


「そんな事できません。この【覇王の紋章】は、使うのならば皆のために使います」

「何言うてまんねん!」


 ロザリンドさんが、僕の両肩を引っ掴んできた。


 僕はその白く細い手を取って、


「しかし、その皆というのに、魔族も入ってます。もう戦争は終わった。これからは人間と魔族、そんな種族なんて考えないで、共存して暮らしていくべきと考えてます」

「……あ……あの……え……あ……」


 ロザリンドさんは、何か言おうとしているが、ただ口をパクパクしているだけになってしまっている……。


「悲しいかな、今の世の中でも魔族と判明すれば即殺されます。行くところがないなら一緒に暮らしましょう。過去は忘れて、ね?」

「……ああ……そうでっか……」


 悲しい目をして空を見つめだした……。納得してくれたんだろうか。もっと取り乱したり、反論が来ると思ってたが……。


 ロザリンドさんの目に涙が溜まりだした。


「うえーーーん!」


 泣き出した。


「おとん言ってはりましたわ……」


 と思ったら泣き止んだ。


「わしは、残念やが、あのハゲには勝たれへん。自分が起きた時、わしは死んどるやろうが……予言通り、眠ってる自分を魔族の新たな指導者が起こしに来る、安心し、魔族は不滅や……って、微笑んどりましたわ」


 なんか語りだしてきた……。


「……お前守るためにエサで釣ってきた炎竜を倒したということやからな、めっちゃ強い奴やでっ、そいつと必ず共に魔族を再興してくれ……って、そう言って死んでいったんですわ」


 感情に訴えようとしているのか……?


「もう、いがみ合うのはやめてください。戦争なんて何も生みだしませんよ……多分……」


 虚空を見つめていたロザリンドさんの目が、すっと動き僕を捉えた。


 うるんだ瞳でじっと見つめくる……。


「……本当に、人間共と戦わないと言ってるのでございますか?」

「はい」

「本当に?」

「はい」

「本当に?」

「くどいです、ロザリンドさん」

「……。……リベルラ様。ひとつ、教えてくれへん……?」


 うっ……。


 涙声で、すがるように尋ねてきたロザリンドさんの、ちょっと艶めかしい聞き方にドキッとしてしまう。


「な、なんですか……」

「なんでキスを? ウチになんでキスをしたんぅ……?」

「……偶然です。こけてしまって、たまたま……ほんとにすいません」

「ほんなら、ウチは、ただのヘンタイに、初キスを奪われ……」


 ロザリンドさんの目に、再び涙が溜まる。


「うえーーーん!」


 また泣き出した。


「泣かないでくださいよ、ヘンタイじゃないですし」

「やかましい! 誰のせいやおもとんねん!」

「すいません」

「うえーーーん! うえーーーーーん! ウチはこれから、どないすりゃええねーーん!」


 ロザリンドさんは泣き崩れ、濡れた地面を何度もつかんだり、叩いたりしだす。


「うえーーーん! うえーーーーーん! うえーーーーーーーーーーん!」


 手に負えなくなっちゃったな……。

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