玉座で眠る、眠り姫?


 その人体実験は、魔導機械の起動実験だった。


 人体の高解析を可能にする装置らしい。3階まで吹き抜けの、だだっ広い無機質な場所へ連れてこられた。武器や防具、城塞用兵器がたくさん置かれている。


 実験場まで馬車に乗せられて来る間、雷と雨がすごかった。閉め切られているこの中でも雷の音が凄い鳴っている。街を嵐が襲っていた。


 早速僕は、石造りの、魔族の文字が所々に刻まれた丸い台の上に乗せられる。


 水晶が台の回りにいくつもあって、白衣姿の、W型の髭の人がたくさん僕の周りに集まって、各人が水晶を覗きだした。


「では、ぜったい、微動だにしないように!」


 たくさんいる白衣の人のひとりが僕に言った。それから水晶の前に居る白衣の人達に向かって、


「では、始めるぞ!」

「アイオーン問題なし」

「パイン準備完了です」

「魔導回路問題なし」


 実験が始まった。……僕は、一刻も早く牢屋から出るんだ。もう家族も、誰も僕を知らない場所に行って、ゆっくり暮らそう……。


「全機構、異常なし」

「よし、起動だ!」


 ポワンポワンと、丸い台の輪郭部分が光りだす。


「大丈夫か1029番! 気分が悪くなったりしてないか!」

「いえ、なんにもありません」

「これから本番だ! 君を今から機械に分析させる!」 

「はい」

「では始める! 生命力を多少奪われる、痛いの我慢して!」

「はい、わかりまし……へ? 生命力をなんですって?」

「大丈夫! HPが100前後減るだけ! 痛風ぐらいの痛みだ! 大人なら命に別状はない我慢しろ!」


 なんだって! 


「装置起動!」

「ダメです! 僕のHPは5才児――」


――ドガアァァァァァァン!! 


 耳をつんざく轟音が起こった。台の回りの水晶が激しく点滅しだす。


「なんだ!」

「雷だ! ここに落ちた!」

「魔導装置が異常に!」

「装置を止めろ!」

「駄目だ、もう起――」


――瞬間、あたりが真っ暗になった。


 空を飛んでいるような浮遊感、上方へ向け猛スピードで上がって行く感覚がする。耳がキーンってなる。


 やがて一点の光が現れる。僕はその光へと飛び込んでいった。


――ハッ。


 瞬間、あたりが滲んだように赤く発光する岩肌に変わっていた。


 同時に、強烈な違和感に襲われる。


「ゴボォッ……体の調子が……呼吸が……苦しいし……立ち上がれない……ゴボォッ」


 くそっ、ステータスを確認……。


 ぐっと目を瞑る。瞼の裏に浮かび上がったステータスには、


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

    リベルラ・ロッサ  18才  人間族


 LV:18

 HP :  1(101)

 MP : 12( 12)

 攻撃力:  1

 防御力:  3

 素早さ:  1

 魔力 :  4

 所持スキル:なし


 所属パーティ:マーベラス・マンヒ・パーティ

 前科:露出 天帝陛下に対する侮辱 名誉棄損

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 残りHPが、1しかしかない!


 超瀕死状態……だ……これでは……死ぬっ。それに、ここどこた? ゴボォッ、ああ……それより、今は、身の事を考えないと。回復しないとゴボォッ。


 ここは、どこかの洞窟か? 辺りを見渡すと、赤く発光する岩肌は頭上にもある。上下左右に岩肌が迫っていた。


 どこかの、地下空間にいるらしい。しかし、どこの洞窟だ。そして洞窟のどこにいるんだ……何かもわからない……どっちに行けば外に出られるのか分からない。


 ……こんな所を、モンスターに襲われたら……。


 でも……だいたいこんな状態で、外に出たところで、助からないんじゃ……。


 残りHPが1だ……なんて……モンスターどころか、躓いて転んだら即死の領域だ……。


 ……うがぁぁ、考えたって、臆病になったってどうしようもない! 進むしかない! ここに居ても始まらない!


 ぐっと足に力を入れ立ち上がる。ワハハハと、膝が笑って歩けなかったので四つん這いになって洞窟を進み始める。


 とりあえずモンスターとエンカウントしないよう祈るしかない。そして進んでいる道が出口につながることを祈るしかない。


 とがった小石を手で踏んでしまっても死んでしまうかもしれないこの身に気を配り、赤く発光する洞窟内を進んでいく。


 ……いろいろ思い出す……家族の事、マンヒの事、冒険者としてやってきた今までの事……死ぬ間際だからかな……。


 這い進み、細い道を進んでいく。


 すると、ドーム状に大きく開けた場所にでた。奥の、一段高くなっているところに、巨大なクリスタルが聳えている。


 空間の中央には、豪奢な玉座が置かれていた。そして、その玉座には人が寝ころんでいる……。


 ……寝てる?


 恐る恐る近づいていくと、


 ……凄い美人だな……。


 遠目からでもわかった。


 純白の一枚布の服を着ている女の人が寝ている。とんでもない大きな胸が呼吸と共に上下していた。それも遠目からでもわかるほどだ。


 ちょっと待て。こんな所にいるって、どんな人なんだろう……怪しい……。だいたいここはなんなんだ。玉座……だよなあれ……あんな金ピカでふかふかの椅子、他にないよな……。


 少し迷ったが、ここで助けてもらえないなら、なんにせよ僕の命はない。


「すいません、助けて、ください」


 声も、そんな大きな声は出せなかった。カスカスの声を何とか張り、


「すいません、そこの人、助けて」


 助けを請う。


 叫びながら玉座へと這い進んでいった。


 全く起きる気配すらない……ぐっすり眠っているらしい……くそっ、もっと近づいて……。


 玉座へと辿り着いた。命がけだが、僕はひじ掛けを支えに立ち上がり、女性を間近で見る。


 長い髪、きめ細やかな白い肌、鼻筋が通って、少し口を開けていた。服を乱して、だらしなく無防備に寝ている。……やはりぐっすり寝て居たんだ。


「すいません、起きてください」


 女性の肩をゆする。


「すいません、起きてってば」


 くそっ、全然起きやしない。女性の肩を激しくゆする。礼儀なんて考えてる場合じゃない。肘かけを支えに立っているが、もしバランスを崩してこけようもんなら、

こっちは即死なんだ。早く起こして寝転がろう。


 乱暴に女性の肩をゆする。


「すいません! もしもし、助けてほ――」


――激しくゆすっていた手が滑った。


 しまった――バランスを崩し、僕は寝て居る女性の上へと上体が落ちる。


 死んだ!?


 ぐっと目を瞑る。


 ……、……あれ生きてる?


 パッと目を開けると、女性の顔が目の前にあった。


 ……ああ、ああああ……。


 玉座で寝転ぶ女性に覆いかぶさるようにして倒れ、僕は、偶然にも女性にキスしてしまっている。


 瞬間、女性の目が開かれた。


 僕を驚いた眼でじっと見つめ、それから目だけを動かして、僕が何をしているのか、自分が何をされているのかを確認していった。

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